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第1話

 営業一課の凸凹コンビと言えば、伏見椋(ふしみりょう)御影悠希(みかげはるき)のことだということは、社内の人間なら誰でも知っているだろう。身長 166 センチの御影は数々の記録を樹立してきた凄腕営業マンであり主力チームのチームリーダー。身長 186 センチの伏見はそんな御影を支える三歳年下のサブリーダーだ。  二人が同じチームに所属したのは約二年前。入社三年目の伏見が栄転して本社の営業課へとやって来たときだった。  その頃のことを思い出して伏見が口の端を僅かに上げれば、真正面に座りビールを飲んでいた御影が訝しげにこちらを見た。 「なに、一人でニヤニヤしてんだ。気色悪ィ」  ビアガーデンに吹く夜風が営業マンにしては少し長めな御影の黒髪をサラサラとなびかせる。本当に黙ってさえいればモデル顔負けの美人上司なのだが、そんなギャップにも既に慣れてしまった。 「いえ、今月の売り上げも一位で良かったなぁって…」  咄嗟に適当なことを言ってみたが、上司にはお見通しだったようで「嘘つけ」と間を空けずに突っ込まれた。 「お前が今更それくらいのことで、んな顔するとは思えねぇな」 「えー、そんなにニヤニヤしてました?」  問いかければ、ポテトをつまみながら無言で頷かれ、伏見は「まいったな~」とわざとらしく困った顔を作った。 「聞かないほうがいいですよ」 「それは、フリか?…そう言われるとますます気になるだろうが」  焼き鳥を頬張った上司にさっさと吐けと促されて、伏見は仕方がないなぁと頭をかいた。御影の髪とは似ても似つかぬ硬い短髪の感触が手に伝わる。 「いやぁ、御影さんと俺ほんと仲良しになったなぁ~ってしみじみ思っていただけです」  開き直って語尾に♡をつける勢いで言ってみれば、予想していた返答と違ったからか、御影が突然ゴホゴホと軽くむせた。 「気持ち悪ィ。…寒気したわ」 「うわ!ひど!だから、言いたくなかったんすよ」  ビールを仰ぎながら「やけ酒だ」と言えば、「潰れても連れて帰らねぇぞ」と辛辣な言葉が飛んでくる。そんな上司の物言いに、そう言えば伝えたいことがあったんだったと、伏見は枝豆を咥えながら口を開いた。 「今日の昼休み、新人の子が御影さんのことすんげぇ怖いって言ってましたよ。俺と二人の時はいいですけど、周りにはもう少し愛想良くして下さい」 「…俺にこれ以上の優しさを求めるな。それに、お前がいるから大丈夫だろう。俺が鞭でお前が飴。いつもそうしてるだろ」 「そうですけど、勿体ないです。最近の新人って、怖い人にぶつかっていくって精神が欠けてるやつが多いじゃないですか。そうすると、せっかく御影さんがいる営業一課で働けているのに…残念だなって」  入社して5年、伏見は色んな営業マンを見てきたが、御影を超える人を未だに見たことがない。そんな御影の元で新人の頃から働けることは、とても光栄なことなのだ。間近でナンバーワンの営業を見られれば、自身のスキルアップにも当然直結してくるだろう。それなのに…と、伏見がいじけたようにしょぼくれた態度をすれば、対照的に御影はケラケラと笑い出した。 「伏見は案外貪欲だよな。お前の橋渡しのおかげで、俺は昔と比べて周囲と何倍も上手くコミュニケーションとれるようになってる。だから十分だ。だいたい、新人もなにも俺にガンガン意見言ってくるやつなんて後にも先にもお前だけだしな」 「それは、どうも。最初から言えてたわけじゃないですけどね。〝俺から逃げれば、お前はこれからも俺みたいな人間から逃げ続けることになる〟って言われて、プッチーンって切れちゃっただけですし」  あまりにも周囲に敵を作るような行動ばかりする御影に耐えかね、辞職覚悟でこれ以上はついて行けないと告げた時に返された言葉がそれだったのだ。にもかかわらず反省するどころか、開き直り脅すような態度をとった御影に、当時伏見は度肝を抜かれた。 「ふ…、その後のお前はすごかったな。積年の恨みを募らせた妻ってこんな感じなのかもなって思ったよ」 「爆発しちゃったんすもん。ま、そこで溜まってた不満をぶちまけて…」  そこまで言ったところで続きの言葉を御影に拾われた。 「〝御影さんは相手の気持ちにたって考えるってことした方がいいと思います〟とか〝努力する前から、俺はこういう人間だから無理とか言うの止めてください〟とか、他にも散々なこと言われたな」  確かに言った。その時はもちろん、必死だったのだが今となっては笑い話だ。 「そうでしたね。上司にこんなに物申せるんだって、自分でも驚きましたよ。だけどそれよりも驚いたのは僕が言ったことを御影さんが受け止めて、直してくれようとしたところですかね」  そう、当時御影を他人の意見を取り入れない自己中心的な人物だと思っていた伏見は心底驚嘆したのだ。そして、表面の部分しか見ていなかったことに気がつき反省した。向き合おうとしていなかったのは自分の方だったと。そして、決めたのだ。誰よりも仕事が出来て、我が儘で、不器用なこの上司を部下として、そして、サブリーダーとして支えていこうと。 「直してくれようと…って、全部直しただろうが」 「いいえ、まだ完全じゃありません。だから新人にももう少し…」 「あー、わかったわかった。愛想振りまきゃいいんだろう?努力はするが期待はするなよ」  観念したような様子の御影に、伏見が返答の代わりにニシシと歯を見せて笑う。子供のように喜んだその顔を見て、御影はやれやれと肩をすくめた。 「お前は本当、物好きだよな」 「どういう意味です?」 「俺みたいに面倒なのとよく一緒にいられるなってことだよ」  御影の何故だか投げやり気味の言葉に、伏見はハテ?と首を傾げた。物好きかどうかは置いておいて、好きか嫌いかで言えば答えは簡単だ。 「まぁ確かに御影さんのことは惚れてるレベルで好きですね」  当たり前のことだと言うように、伏見は淡々とした口調で言ったが、御影は解りやすく動揺した表情を作った。 「おま!…だからそういうことは、お前の遊び相手の女たちに言っておけばいいんだよ!」 「ええ~!?自分から話振ってきたのに…。それに、ちゃんと女の子には〝好き〟って言うようにしてますよ」 「そうかよ…。お前の好きは軽いな」  軽いかどうかは自分ではわからないが、確かに世間の恋愛の感覚と自分のそれは違っていることはなんとなく理解はしているので、伏見は素直に頷いた。 「そうですねぇ、本気になれる相手が見つからないので探し中です。社内は面倒なんで社外で」 「それ、去年も聞いた」 「あはは、マジっすか。じゃあ来年も言ってそうですね…ま、仕事してるのが一番楽しいんで」  これは、本心の言葉だ。女の子と適当に遊ぶのももちろん好きだが、御影と仕事をしているときの方が遥かに充実するし、満足感も得られる。だから、本気になれる女性とやらにも巡り会えないのかもしれない。そもそもそういう存在を本当のところ欲していないのだ。 「そんな、仕事熱心な伏見君に、支店長からメールが来てんぞ」  御影が指を指した方を辿ると、確かにスマホの通知ランプが電灯していた。しかし、この意味ありげな台詞と目線は…。嫌な予感を感じながらスマホを見ると、案の定よろしくない文面が目に飛び込んできた。 「げ!出張!めんどくさい…」 「おい、上司の前であからさまに面倒だとか言うな」  御影の大きな瞳が呆れたように半目になって、伏見を睨む。 「だってそうでしょ。しかも一人とか寂しいなぁ。…御影さん、一緒に…」  と、わずかな期待を込めて見つめてみたが、フン!と鼻を鳴らされた。 「馬鹿なことを言うな。今の時期、俺とお前が同時に抜けるのはまずいだろう」 「ちぇー」  出張や研修はすぐに押し付けられる。大抵どこのチームも出張に出向くのはチームリーダー単体か、リーダーとサブリーダー二人かのどちらかのパターンだと言うのに。チーム御影はいつもサブリーダーが各地へと出向く役目を強制的に担わされている。抗議はしてみたものの、今回も結論が変わらないことはわかっていた。  諦めた伏見が、御影にお土産の要望を聞けば、「いらん」と再び辛辣な答えが返って来て、伏見は「ちぇ」とまた頬を膨らました。

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