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エンド後:氷谷桃李の愛の在り方3

  「朝比奈会長の狂信者は朝比奈会長に危害を加えることはありえない。それが氷谷が無事な理由だ。いまでは氷谷の状態が会長の精神状態を左右するスイッチになってるからな。誰も氷谷を傷つけない。氷谷を守ることが会長を守ることに繋がるからだ」 「狂信者は……なんで」 「理由なんか知らねえよ。ただ引き寄せられちまうんだろ。あの見た目であの言動で、あの人の為に何でもしたいと思わせる。朝比奈会長が自分から他人に働きかけるなんてことはほとんどないから自然発生してんだろうが、この学園で朝比奈あずみに狂ってる人間は少なくない。あの人はそれをわかってるから言動は慎重だった……」    結局、副会長が言いたいことはりうに近づくことが出来ないようにあずみが自分の信者を使って工作をしているということだ。自分がりうを手に入れたという勘違いで驕り高ぶっている。    あずみはダメだ。りうをダメにする。俺を遠ざけて、解決した気になってる。そんなの違うだろう。   「俺はりうを諦めねえよ。……あずみになんか負けないっ」 「そうか。どうしても?」 「当たり前だろ。りうは勘違いしてるだけなんだ。あいつはいつもそうだ。考えればわかるはずだ。今までずっと一緒に居たりうのことを何でも知ってる俺を選ぶべきなのに――」    風紀委員長である重蔵と寄りを戻せとは言えない。  昔からの友達の前だからか建て前なんかない本音をぶちまけていた。  あずみがどうのじゃない。りうが俺の隣に居ないのがおかしい。あれは俺のものだ。その意識が消えない。    母親を愛しても俺を愛さず表面的だけ優しく接する父親とりうは似ていた。  伯父と甥の関係だから似ていて不思議はないのかもしれない。  俺のことを厭っている。好きじゃないけど不快だとは顔に出さない。それが大人の対応だから。  それを見抜きながら俺は甘えるのだ。俺を好きじゃない相手に好きになってもらうために努力する。  努力が実らなくても努力し続ける。りうは父親よりもずっと優しく親切で割り切り方がへたくそだからいつか折れて俺を愛して俺だけのものになる。それが幸せだから。りうを誰より理解する俺と共にいるのがいいに決まっている。    重蔵もあずみも途中経過に過ぎない。  血の繋がり、家族の繋がりがある俺が一番りうに近い。  離れられない、逃げられない。最後には俺だけの氷谷りうになる。    その確信を口にする前に意識がゆらぐ。  腹に感じた熱さと急激に冷えていく身体に理解が追いつかない。   「風紀委員長を呼んでおくから看病してもらえ。面倒見がいい人だから楽だろ。甘えるのは得意だから相性いいよな」    俺の腹を刺したナイフをハンカチでふきながら副会長はそんなことを言いだした。  何か気づいたようにナイフから俺に視線を向けて「傷口は深くねえけど手で押さえて止血しといた方がいい。昔よく馬鹿してた奴らにやってただろ」と笑う。今まで通りの、いつもの笑顔。俺を刺した人間だとは思えない顔。   「なんで……なんで、こんな」 「スモモは言っても分かんねえじゃん」 「何がだよっ!!」 「怒鳴って詰め寄ればいいと思ってるだろ? それ、邪魔なんだよ」    服が血で汚れているのが信じられない。  熱い、痛い、寒い。今にも倒れてしまいそうだ。   「ちゃんと言っただろ? 朝比奈会長には人殺しになっても構わないって思ってる駒がいるって。仮にスモモが死んだら罪を償うよ。ちゃんと自首する。『殺すつもりはなかった。興奮した友人をなだめようとしたらナイフを持って暴れられたので押さえようとしたら友人の腹にナイフが刺さった。助けようとしてナイフを腹から抜いたら血が溢れてしまった』ってな。……生きてたら優しいスモモは友人をサツに売ったりしねえよな?」    副会長を警察につきだしたら俺は仲間を売った裏切り者になる。  俺に非がなくて被害者だとしても夜の街で生きていて友達はやんちゃな奴らが多い。  警察に良いイメージがない奴ばかりで俺と副会長の間に何があったかはともかくとして問題の解決方法に警察なんていう真っ当な組織を使うのがすでにありえないこと。   「俺に、泣き寝入りしろって? ふざけんなっ」 「違うって。訴えたいなら訴えていいんだ。意味がないだけだって。俺以外にだって朝比奈会長の信者はいっぱいいるんだよ。スモモには感謝してるよ。マジで良い友達持ったと思ってる。今まで駒ですらなかった俺たちがスモモのおかげで駒として動けるんだ。こんなに幸せなことはないねえ」    副会長は楽しそうに笑う。  狂っているのかもしれない。  そして、思うのはここまで誰かを狂わせておいてあずみはそれを放置しているんだろうということ。  りうが危ないんじゃないだろうか。   「安心しろよ。氷谷に手を出す人間は誰もいねえから。氷谷が居てくれるおかげでこれから朝比奈会長は幸せになれるんだから二人を祝福するのは当然だろ。スモモは友達だけど会長とは比べられねえよ」    肩をすくめて「夜の街はおまえのフィールドだったかもしれねえ。みんながおまえに救われたとありがたがって構いまくった。でも、この学園は朝比奈会長の領域だ。あの人が支配するあの人の場所。おまえが荒らして良い場所じゃない」    意識がおぼろげになる。血を失ったからか、ショックが大きいからか。  俺の耳元で副会長が「氷谷の友人の放送部員な、俺と付き合ってんだよ」と低い声で口にした。  それは俺が風紀委員長である榛名重蔵にくっついたりしなければ崩れなかったバランスの犠牲者の恨みだと言われている気がした。  りうが平和であればりうの友人だって怪我をしなかった。  狂信者も一枚岩ではないのだろう。それとも、あずみのために自分の恋人すら傷を負わせたのだろうか。    はじめて、夜の街で知り合った相手に恐怖した。  みんな淋しがりなんだと思ってた。チームを作って、絆を深めて、孤独を埋めて、仲間が増えていって平和に生きていくための土台作りをしているんだと思ってた。ひとときの反抗期。時間が経てば解決する悩み。    俺はあまりにも軽く考えすぎていたのだろう。  周りの人間の気持ちも、何もかも見えていなかった。  気に留めていないものに足を盛大に引っ張られて転倒する、そんな気分だ。 --------------------------------------------------------------------------------------- お読みくださってありがとうございます。 欲しいものが分かっていて、解決策も理解できているのに行動が出来ないあたりが不憫という感じの氷谷りうの話でした。 一旦完結します。 ストックが溜まったら次章「愛だけあれば人はいつでも夢心地」を掲載していきます。 朝比奈あずみの氷谷りうへの溺愛ヤンデレへたれなところがぎゅぎゅっと詰まったアホエロ話になります。 メインは睡姦です?

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