38 / 39

エンド後:氷谷桃李の愛の在り方2

  「吊り橋効果ってあるだろ。吊り橋を渡っていてドキドキしてそれを恋と勘違いする。朝比奈会長に助けられた氷谷も同じ状況になったんじゃ――」 「なら! りうは別にあずみを好きってわけじゃない!! 勘違いしてんじゃねえか!!」    そうだ、作られたドキドキ感にりうは勘違いしてる。  どこか抜けてて単純なところがあるからきっとうっかりしたんだ。  りうは別にあずみを好きじゃない。そう思うと身体に活力が湧いてくる気がした。   「氷谷はだからすぐに結論を出さなかっただろ。……あのあとに二人の空気は変わったけどな、付き合ってねえじゃん? それは正しかったと思ってる。結論を急がなかった氷谷を信者どもは評価してるみたいだし、ゆっくりと関係を深めることで朝比奈会長も満足してるみてえだからな」    副会長は目を細めて「だから、標的がおまえになった」と俺の傷を撫でる。  ガーゼ越しとはいえ触られるとひりつく痛みがある。   「今日の朝に会長から目障りだから近づくなって言われただろ」 「……ひでえよな、あずみの奴」 「あれは周囲への意思表示で制裁許可だ」 「は?」  制裁というのは親衛隊がするものじゃないのか。  俺に対して嫌がらせのようなものが制裁だと風紀委員長である重蔵から教えられた。  制裁がおおやけになれば困るのは俺じゃなくて動いてる側。  停学や下手をすれば退学などになる。警察の介入はせず内々に済ませるようだが家から汚点とされて絶縁されたり、家自身が落ちぶれたりする。学園の中で問題を起こすというのはハイリスクでリターンはほぼない。 「朝比奈会長はおまえの存在を切り捨てた。何があっても関知しないと周りに告げたんだ。朝のあの一言で」 「なんだよ、それ」 「今まで氷谷桃李に何かあれば氷谷りうが悲しむだろうからと朝比奈会長はおまえに対して何のリアクションもとらなかった。それが今日は拒絶の、排除の意思を示した。狂信者たちは喜んで動き始めるだろうよ。たとえ褒められることがなくても会長から指示を貰ったことで有頂天だ」 「意味わかんねえ……なんだよ、どうなってんだ」 「朝比奈会長のためなら殺人犯になれる奴がこの学園にはいるって話だ。普通は加減ってものがある。イジメでも何でも、ここからはセーフ、ここからはアウト。勝手な線引きだけどな。……狂信者は愛を理由になんだってする。朝比奈会長と氷谷が付き合うなら氷谷が危害を加えられることはねえけどな」    どうしても理解できない。  あずみに恨まれる理由が俺にはない。   「朝比奈会長は人間が好きじゃないタイプの人だ。他人というものをノイズだと思ってる。いらないものだと思ってるから親衛隊でも信者でも何をしてもあの人の視界に入ったりしない」  俺からするとあずみはりうを好きなのに手を伸ばせなくてやきもきしている奴だと思った。  ある意味では安全だと感じるほど自分から欲しがらない。  風紀委員長である重蔵に負けを認めているあずみは自分から動くこともしない臆病者だ。  だから、今のような展開になると思わなかった。  重蔵とりうが一緒にいて、そしてそこに俺がいる、それが妥協案。  ふたりが仲良くしている姿にりうの裏切りをなじりたくなる気持ちがあるが重蔵は周りをよく見ていて人に自然に手を差し伸べられる人間だ。朝比奈あずみは違う。目の前で人が無残に殺されようともそれが自分に関係のない相手なら眉一つ動かさない冷たさがある。見た目だけの問題じゃない。あずみはどこか冷たい。    それが格好良く見えて超然的で学園の中で異様に持ち上げられるのかもしれない。  りうへの執着だけはドロドロとして灼熱。  自分も周りも焼けつくすような熱を持ちながら涼しい顔をしている。  りうの前以外であずみが表情を変えるのを見たことがない。 「氷谷は別だ。朝比奈会長は氷谷を愛してるし、それを隠しもしない。氷谷に告げていなかった今までは良かった。信者は野暮じゃないから会長の気持ちを無視して氷谷に働きかけたりしない。親衛隊は風紀委員長と付き合っていた氷谷に何の動きも見せない。アイツ自身、周りから嫌われないタイプだったしな。今までずっと……微妙なバランスだったんだ」    転入生である氷谷桃李、俺が来たことで保たれていた均衡が壊れた。  遠回しというか直接的に副会長はすべての原因は俺だと言っている。  わかっていたことだ。  氷谷りうを不幸にしているのは他の誰でもない俺自身だ。

ともだちにシェアしよう!