その後の戦争は、あまりにあっけない物だった。 一年も経たぬ内に停戦となった両国の戦争。停戦後すぐに終戦協定が定められ、両国の戦争は終わりを告げた。 戦争の結果は、最終的に地球領土の七割はセバルタ国の領土となり、残る三割をミューレの領土とする終戦協定が定められたと言う事だけだ。 　実質的な、ミューレの敗北。 ミューレには、戦う為の力――プロスパーの生産技術は高くとも、それを操る力量を持つパイロットがいない。 また、子供を戦場に出し、教育を与える事無く、洗脳ともいえる無慈悲な価値観を植え付けていた事が指摘され、隊を率いていた第三作戦部の部隊長、マーク・ジョルジュは、終戦後に銃殺刑が決行された。 RV放射能についての調査は両国調査団によって実施され、後十年近くの年月を経れば、全ての除染が完了する事となる結果が公表された。 だが――荒廃した地は、自然には戻らない。 誰もが希望を持たず、ただアンダーグラウンドの地で生きようとしていた。 アンダーグラウンド【セバルタ】――その第三区画は、通称スラム街と呼ばれる場所である。 戦争にいく事も無く、そして普通に働く事も出来なかった者達が最後に行き着く場所であり、働く事の出来ない老人やこの世に希望を持てない若者が、そこで暮らしていた。 政府の人間が立ち入ると暴動が起こる為、路面整備も行われず荒れ果てたその街に、少年と言うべき小さな男が辿り付いた。 彼は、その綺麗な黒髪をひらめかせながら、前を歩く。 このスラム街では、彼のような少年や老人などは、格好の餌食だ。 金目の物を奪う為に、彼に襲い掛かる一人の男。 だが、男の動きを見切っていたように、その者の腕を引いた少年は、足を引っ掛けて地面に倒した後に、自身の体を乗せ、争いを制した。 「貴様は知ってるか」 「な――何、を」 「カンナと、レンと言う男の事だ」 「知らねぇよ、さっさと離――」 　掴んでいた腕を引き、関節部を折るように、本来曲がらない方向へと曲げる。 「いででででっ……ほ、ホントに知らねぇんだ……！」 「そうか。なら伝える。心して聞け」 　少年は、息を吸い込んで、そして語り始める。 二人の男の事を。 少年の口から放たれる戦争の話を。 いつの間にかスラム街に住む者達全員が聞いていた。 荒くれ者から、老人まで。 少年から語られる、二人の男の話を。 切ない物語のような――戦争の話を。 彼らはただ、聞いていた。 語り終えた少年は、襲い掛かって来た男から離れ、ペコリとお辞儀をしながら、その場を去って行った。 ――彼・セルンは、語り部が今の仕事だった。 ＊＊ 地上――RV放射能の濃い場所に。 二人の調査隊員が、その亡骸を見据えていた。 『安らかに死んでるな』 『ああ』 　二人が目にしているのは、本来は肉が崩れ落ちる筈の、戦争で死んでいった男たちの亡骸だ。 RV放射能は、内蔵こそ破壊するものの、その皮膚や頭髪を維持する性質があるらしい。 二人の男たちが、プロスパー・タスクの機体前で寝転がり、そして静かに死んでいる。 まるで、死んだ事にすら、気付いていなさそうだ。 『ここに、墓でも立ててやるか』 『そうだな』 　墓は、その地に人が居た、証明となる。 スコップを取り出し、墓を作り始めた、数人の調査隊員。 後ろで、二つの亡骸が微笑んでいた。 カンナ・アルジェ。 レン・スバル。 二人は手を繋ぎ――そして安らかに。 戦争の終わりを、その地で見届けたのだ。 ＊＊ 二人の事は、語り継がれていく。 十年後、五十年後、百年後まで伝えられていくのか――それはまだ、誰も知らない。 ……だがそれでも。 語り継がれれば良いなと。 セルンは、顔を上げて。 アンダーグラウンドの中で。 彼が出来る精一杯の微笑みを、浮かべた。 END