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第11話

艦艇への攻撃は、四方から現れたウォレンからの砲撃だ。爆撃用装備を抱えるウォレンを優先的に攻撃する隊が出撃している光景を見据えながら、カンナはその戦場を駆け抜けた。 「こちら第五十四作戦部隊、隊長のカンナだ! 部下は今どこに!?」 『こちらCIC。スバル二等兵の機体は既に撃墜が確認されている。パイロットはMIA』  MIA。作戦行動中行方不明、と言う意味だが――プロスパーに搭乗するパイロットの場合、大抵は戦死を意味している。 「最後に撃墜が確認されたポイントは!?」 『艦前方距離五百。そこに例の死神がいると思われる』 「了解。そっちが手薄だ。そっちに回る」  交信を終了し、カンナはヘルメットを脱ぎ捨てて、顔にかかる汗を全て振り落した。 「セルン……!」  敵の名を呟き、そして機体を走らせると―― そこには、二機のプロスパーがあった。 一機のプロスパーはウォレンだ。頭部ユニットは無く、手にはタスク用のアサルトライフルを握り、また肩部に搭載された四連装ミサイルランチャーも、同様にタスク用のものだ。 ただ立ち尽くし、装備の確認を行っている。機体のコックピットは開け放たれ、ヘルメットを被るパイロットが見える。カメラが見えない不利を解消しているつもりなのだろう。 一機は――地に体を預け、起き上がることは無い。セバルタのプロスパーであるタスクだ。タスクはコックピット部分を破壊されており、カンナはその部分をカメラで録画、拡大した。 パイロットが見える。だが動かない。 死んでいる。彼の部下である、レン・スバル二等兵が。カンナの――最愛の部下が。 『カンナ、でいいか』 「ああ……そうだよ」 『ようやく会えた。貴方の部下には、悪い事をした』 「これは戦争だ。そういう事もある」 『でも、貴方の事を、傷つけてしまった』 「そう、だな。俺、今涙が止まらないよ。お前を、殺したくて殺したくて、堪んない」 『ボクは――貴方に、涙を流してほしくなかった。だから彼にも、ミューレに来いと言ったんだ』 「応じなかっただろ。そう言う人なんだよ、レンさんは」 『レン、と言うのか。覚えておく』 「なぁセルン――お前はさ、作戦中にプロスパーが行動できない状況に陥ったら、どうする?」 『状況による。敵の捕虜となる可能性があるのならば、自害する様に命令を受けている』 「それを、お前は良しとしているのか」 『そうだ。それがボクの常識だ』 「そうか。じゃあ、仕方ないな」 『仕方ないのかどうかは、ボクには分からないけれど、カンナの声は、怒っているように聞こえる』 「お前には、怒ってない。でもミューレに対しては、怒りを通り越して、失望すら感じてる」 『そう。……ボクには、よく分からない』 「セルン、お前は俺に、色んな事を教えて欲しいって言ったよな」 『その通りだ。ボクは貴方に、色んな事を、教えて欲しい』 「じゃあ――これが、最後の授業だ」  右腕部に装備したアサルトライフルを構え、その引き金を引いたカンナの駆るタスク。 その動きを見据えたように、ホバークラフト走行を開始し、その銃弾を全て躱したセルン機のウォレン。 タスクからの銃撃が止むと同時に、ウォレンが動いた。 ウォレンの右手に装備されたアサルトライフルの銃口から銃弾が放たれる。その銃弾を避けながら接近を仕掛けるタスクと、ウォレンの左腕と左腕が、今ぶつかり合った。 揺れる機内。だが二人は互いに距離を取った上で、四連装ミサイルランチャーの弾頭を、互いに放った。 「お前を殺すよ、セルン」 四発中の二発が空中で接触し、爆ぜる。 残る二発の弾頭は互いの機体に向けて飛来するが、それをアサルトライフルの銃弾で撃ち落とした事を確認すると、再び二機が接近を仕掛けた。 互いの左手に装備された、ダガーナイフによる斬り合いが、二撃、三撃と行われると。 またも互いに、アサルトライフルのグリップ部を用いて、殴りつけた。 頭部を破損していたウォレンは、開閉させていたコックピットハッチをえぐり取られ。 タスクはその頭部にグリップを叩きつけられ、頭部が砕け散った。 カメラが見えなくなる。ウォレンと同じく、タスクのコックピットハッチを開き、肉眼で目の前を見据えながらアサルトライフルの銃弾を、可能な限り撃ち尽くす。 その乱射された銃弾は、数発がウォレンの機体に着弾するが、どれも致命傷とはいかない。 銃弾が切れた事を確認すると、アサルトライフルを放棄したタスク。タスクは両手にダガーナイフを構え、接近をしながら装填の完了した四連装ミサイルランチャーを、再び放った。 三発はウォレンにより撃ち落とされ、一発はミサイルランチャー部に着弾。急ぎランチャーを放棄し、アサルトライフルの銃口を向けようとしたウォレンだったが、いつの間にかゼロ距離まで接近していたタスクのダガーナイフに、その銃口が切り裂かれた。 「セルン――ッ!」 「カンナ――ッ!」  互いに、互いの名を叫ぶ。 殺意を秘めた、カンナの叫び。 想いを込めた、セルンの叫び。 ウォレンも、両手にダガーナイフを構えた上で、タスクとの斬り合いに再度発展する。 ギン、ギン、と……ダガーナイフとダガーナイフの弾き合いが、どれほど繰り返されたか。それも分からない。 もうすでに、理性的な行動など、二人には考える余裕も無かった。 カンナはセルンを殺す為に、理性を捨て。 セルンはそのカンナの力量に圧され、殺されないよう全力を出すしかない。 とにかく、相手を倒すことだけを考えた一撃一撃は、見る者を魅了するような、そんな綺麗さすら感じさせる。 だが――体力に限界は来ると言う物だ。 タスクの右腹部を切り裂くダガーナイフ。 ウォレンの右腕を切り裂くダガーナイフ。 一瞬、動きを緩めたタスクの胸部に、ダガーナイフが差し込まれる。 セルンは勝利を確信し、それ以上の攻撃を加えないようにした――その時だった。 「まだ――だあああっ!!」  まだ機体は――タスクは動く。 カンナは、ウォレンの胸部に向けて、ダガーナイフ一対を、胸部に突き刺した。 その衝撃で、さらに押し込まれる、タスクに差し込まれたダガーナイフ。 それが致命傷となり、互いの機体と機体が、機体関節部から段々と爆ぜていく。 セルンは機体から体を出して、カンナもゆっくりと、コックピットハッチから体を出した。 「カンナ!」  セルンが叫ぶ。 だが――彼の頭部にヘルメットは無く、その大気内に素肌を出していた。 「マズイ……っ」  この地帯は、RV放射能の汚染レベルが高い。急いでヘルメットを着けないと、放射能汚染によって、彼が死んでしまう。 機体コックピットから思い切り飛び跳ねて、カンナのいるハッチへと着地する。 そして、彼の体を抱きしめたまま――思い切り機体から飛び降りた。 三メートル弱ある位置から飛び跳ね、着地する事に成功したセルン。 まず彼は、RV放射能の汚染レベルが低い地点を探そうとした。 だが見当たらない。見渡す限り、RV放射能の視認できる紫煙、紫煙、紫煙――。 「カンナ……カンナ……っ」  彼の体を引きずりながら、歩き出すセルン。だが、彼の行く手を、カンナの手が拒んだ。 「いい……どうせ、もう手遅れだ。身体が痺れる様に熱い……この霧、吸い込むと毒みてぇだな……」 「いやだ。ボクは貴方と共にいると決めた。貴方が先に逝く事は、許さない」 「許す、許さないじゃ……無いんだ。人間なんてのは、そんなもん……逝く時はぽっくり……自分の意思なんて、関係ない……」  背後で、爆風が舞った。 二機のエンジンオイルが引火し、その威力を内包した爆発として顕現したのだ。 飛び散る破片。ただ見据えるしかしない二人。 二機のプロスパーが、消えていく。 僅かな亡骸を残し――消えていく。 「なぁ、セルン……最後に、いいかな、ワガママ……」 「最後なんて、言わないで」 「いいや、言わせてくれ……最後は、レンさんの、近くで……」  セルンは、その願いを、ただ茫然とした様子で聞いていたが。 ――最後には、コクンと頷き、彼の体を、今やなきレン・スバルの元へと引きずった。 沈黙する、レンの駆っていたタスク。 そのコックピットから一人の亡骸を持ち上げ、亡骸をカンナの元へ。 彼の隣に、横たわらせる。 「……最後は、笑顔で、逝けたんだ。レンさん……」 「最後まで、貴方の名を、呼んでいた」 「嬉しいなぁ……少しは、生きた意味、あったんだ……」 「生きた、意味」 「ああ……そうだよ」  カンナが、ゴフゴフと咳き込んだ。その喉から多くの血を吐き出しながら。 RV放射能は、一定量体内への侵入を許すと、内臓から汚染させていく。そのスピードは速く――侵入した後の対処法は無いとされている。 「なぁ……セルン。お前、生きるって、何だと、思う……?」 「生きる事……ただそれだけだろう」 「いいや、違う……生きるって、誰かに何かを、伝える事、なんだと思う……」 「誰かに、何かを、伝える事」 「そう……俺は、レンさんに……俺の全てを、伝えた……レンさんは、俺に想いを、伝えてくれた……好きって、愛してるって……その、ただ一つの愛を、伝えてくれた……」 「愛――それは、なんなんだ」 「人を想う、気持ちの一つだよ……お前が、俺に抱いてくれてる、気持ち……だと思うよ」  ハハッと苦笑したカンナが、震えながらセルンへと、手を伸ばした。 「セルン……オレが最後に、お前へ教えられる事は……この位だ」 「カンナと共に歩めないのなら、ボクもここで死ぬ。どうせこのままでは、捕虜になるだけだ」 「それはダメだ……俺は、お前に……生きるって事、伝えたいんだ」 「生きる事、伝える……」 「なぁセルン、最後に、キス……させてくれ……」  セルンのヘルメットを掴み、彼の小さな体を抱き寄せたカンナ。 カンナは、震える唇を、セルンのヘルメットへと当て、触れるだけの口づけをした。 ヘルメットから伝わる、ただ無機質な冷たさ。 最後位は――唇の温かさを、感じたかったのに。 「お前は……生きろ、セルン……ミューレの常識でも、セバルタの常識でも……誰の常識でも無くて……生きて、俺たちの事を……誰かに、伝えて欲しいんだ」 ――俺たちが生きた、証しとして。 そう言ったカンナは。 もう二度と、動く事は無かった。 「カンナ……カンナ」  彼の体を揺らしても、反応は無い。 ただ、その場で眠るように、彼は死んだ。 それでも彼の亡骸は、とても安らかだった。  今、セバルタの艦艇を襲っていた、全ウォレンが撃墜されたらしい。 爆撃の音は止み、また艦艇はその場で立ち止り、慌ただしく状況確認をしているように見えた。 ――カンナとレンが守ろうとした艦は、守られたのだ。 しばし、その場で放心していたセルンだったが――ゆっくりと立ち上がり、そして、呟く。 「ボクは、生きる。……伝える。カンナと、レン……二人の男が、居た事を」  彼らが生きていた証しを。 カンナが教えてくれた事を。 ボクは伝えていかねばならない。 それが――カンナが最後に教えてくれた事だから。 「生きる。ボクは――生きる」  最後に。前を見据えて歩き出すセルン。 セバルタの艦に向けてでも、ミューレの方角へでも無く。 ただ彼は。 前を向いて、歩き出した。

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