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第10話
レンは幼い頃から、友人と呼べる人がいなかった。
先輩・後輩の関係がある仕事に就いても、人との関わりが好きであっても、それが長続きする事は無かった。
「ハイ」しか言わないからだ。
それ以上の事を言わない。拒否をしない。
レンの感情が見えない。
だから人はレンを訝しみ、誰も信用しない。
それでもいいと思っていた。
レンは自分の事を、悪く思われたくなかった。
誰かに、自分の良さだけを、見ていて欲しかった。
そんな中、軍の教育施設に入り、そこでも彼は「ハイ」しか言い続けなかった。
成績は良かった。だが誰も彼を信用しなかった。
感情を見せなかったから。
彼はとんとん拍子にカンナの部下となり、カンナの部下となっても「ハイ」と言い続ける事となった。
……だが、なぜだろう。
カンナはそれを受け入れてくれたのだ。
カンナには何もかも話せたのだ。
自分が女性恐怖症である事も。
女性恐怖症になった理由も。
軍に入った、愚かしい理由も。
それを聞いてなお、彼は笑顔を向けてくれた。
そして彼に毒されたのか、何時もは聞かない、人の過去まで聞いてしまった。
レンはカンナの過去を聞いて、彼を少し、愛しい人だと思った。
触れたら砕けてしまいそうな、繊細な人なんだと思った。
守らなければ、と思った。
そんな彼を襲い、傷付け――それでも彼は尚、レンの事を想い続けてくれた。
信用してくれた。
その思いを受け取り――自分には何が出来るのだろう。
そう思い続ける事によって――自分自身、推し測る事が出来ぬほどの愛情が芽生えていた事に、レン自身が気付いたのだ。
**
セルンが駆るウォレンのサブマシンガンが弾切れになりそれを放棄すると、今度は尻部に搭載していたタスク用のアサルトライフルを手に持って、弾倉確認を済ませると、引き金を引いた。
数発ずつ、コンスタントに放たれる銃弾を避けながら、レン機も同じくアサルトライフルの引き金を引いた。
互いに同じ武装を撃ち合い、接近を仕掛け、ダガーナイフとダガーナイフの斬り合いを一瞬行う。
そんな戦闘を何度繰り返した事だろう。
レンは、自身のパイロット能力がここまで高かったことに驚きを感じながらも、四連装ミサイルランチャーの弾頭を放った。
四発のミサイルは、それぞれがセルン機に誘導がかけられる。
一発をアサルトライフルの銃弾で撃ち落とし、残った三発は可能な限り自身に誘導を仕掛け、即座に急旋回を行う事で地面に着弾させたセルン機は、今度は自身の四連装ランチャーの弾頭を放った。
だが自軍の兵装だ。その対処法は既に勉強済みである。
レンはアサルトライフルの銃弾を可能な限りばら撒くと同時に、頭部に搭載されたバルカンをばら撒いて、その弾頭を全て撃ち落とした。
『なるほど。カンナの部下なわけだ。練度が高い』
「黙れ」
『お前が望むなら、お前もミューレに来い。カンナと共に』
「黙れと言っている! ミューレに与する位なら、お前を連れて地獄まで行ってやるっ!!」
アサルトライフルの弾倉を即座に交換しながら、接近を仕掛ける。向こうも弾倉の交換を行っているので、隙がある。
ダガーナイフの切先が、ウォレンの腹部をかすめる。それと同時にウォレンからも振り切られるナイフの切先を、紙一重で避ける事に成功したレン機は、タスクの頭部を思い切り、ウォレンの頭部に叩きつけた。
ウォレンの薄い装甲が、タスクの重たい装甲に砕かれ、レンは勝利を確信した。
カメラを落とした。つまり、視界を絶ったのだ!
「これが――お前の最後だ! セルンっ!!」
ダガーナイフを逆手持ちし、頭部が無くなった事による死角から、それを振り下ろそうとした。
そう、その時だ。
ウォレンは冷静に、その身を後方へと下がらせると、カメラが無い状況にも関わらず、アサルトライフルの引き金を、引いた。
一発の銃弾が、コックピット横に命中。
コックピットの内部を焼き落とし、破片がレンの体へと襲い掛かる。腹を、腕を、脚を切り、頭に破片が激突して意識をグワンと揺らし、目元に破片屑が入り込む。
微かに見えるカメラ映像を元に――レンは、ウォレンを見据えた。
小さな子供が、コックピットハッチを開けながら、ただ操縦席に座っていた。
カメラを破損した事によって前が見えないのならば――視界を確保すればよいと言わんばかりに。
「……お前、を……カンナの、所に……行かせるわけには、いかない……んだ……」
『なぜそこまで、お前もカンナの事を考える』
「お前に……言われたく、無い……子供のお前に……自分の……カンナへの想いを……」
『ボクは、カンナに色んな事を教えて欲しいと思った。何も知らないから』
さらりと答えた彼の言葉に、どこか親近感すら覚えた。
「……自分と、お前は……少し、似てるのかも、しれない……ハイ」
カンナは、何時だって前向きに、誰かの事を想っている。その想いが、誰かに何かを教える事になっている。
セルンには愛情を。
レンには信愛を。
セルンは愛情を覚え、そしてカンナを好きになり。
レンは信愛を覚え、そしてカンナを好きになった。
愛の形は違っていても、互いに教えられた想いを胸に、同じ人を好きになった。
だから――欲しくなる。
彼の事を、欲しくなるのだ。
「……なんで、お前なんだよ……お前じゃなかったら、自分は……俺は、あの人の、事……諦め、きれたのに……」
『偶然だ』
「そう……偶然……偶然、だよな……ハイ」
レンとカンナとの出会いも、あくまで偶然だ。
だがその偶然が――レンとセルンを、変えたのだ。
「……カンナはもう、俺の……俺の物だ」
『カンナは誰の物でも無い。カンナはカンナの物だ。――その自分をどうするか。それはカンナが決める事だ』
「……奪おうと、してるくせに」
『セバルタからは奪う。だが、どこに居ようとも、カンナはカンナだ。セバルタから脱した彼がどうしようと、それを選ぶのはカンナ自身だ』
――だけど、それでも、ボクはカンナを欲する。
そう言った彼の言葉に、レンは頷きながら。
「……カンナ、隊長……ごめんなさい」
小さく、謝る。
意識が遠ざかる。もう前も見えず、誰の声も聞こえない。
だが頭の中で、ニッコリと微笑む少年の姿が見えた。
レンは小さく微笑みながら、その手を伸ばす。
――俺は、ずっと貴方の部下では、居られなかった。
――でも、それでも。
――カンナは、変わらないでいてください。
――ハイ。
レンは、静かに意識を落とし。
もう二度と。目覚める事はなかった。
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