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第9話

カンナとレンに与えられた、第五十四作戦部隊としての最後の作戦は、何とも味気ない『オアシスの調査』と言う簡単なものだった。 RV放射能の影響で、飲める水は限られている。浄化処理を行うか、人間が飲める程度にRV放射能の濃度が低い飲み水を入手するかと言うもので、発見されたオアシスの水が飲めるのならば、それを本国に帰投するまでの補給としても良い。 カンナは【トール】の進行方向とは逆方向のオアシス調査。レンは【トール】の進行方向にあるオアシス調査。それぞれの調査が与えられた。 最後の任務を、隣り合わせで行えない現実を悔やみながらも、カンナは自身の機体コックピットに座り、武装のチェックを開始した。 先日より確認されている敵プロスパーの影響もあり、調査を目的とした任務であっても、武装はクラスワンの装備を義務付けたトールの判断は間違っていない。むしろ、カンナにとっては万が一の際に攻撃行動に仕掛けられる現状が好ましいとすら考えていた。 「レンさん、武装はよく確認してね」 『大丈夫です、ハイ』 「セルンが現れたら、真っ先に俺に通信して。もう傍受とか考えなくていい――俺が、セルンを止める」 『心配性ですね。――そろそろ作戦時間です。ご武運を、ハイ』  一方的に通信を切られて、カンナは「あ……」と呟きを漏らしながら、レンの言葉を聞けなかったことを、少しだけ残念に思っていた。 「……俺、嫌われちゃったかな」  上官として、部下の命を守る。 その為に彼は、自分だけが最前線送りにされる事を望んだ。 だが部下はそれを望んでいなかった。 自分がしたことは、ただの独り善がりだったのだろうか。 そう考えながらも、答えは見つからない。見つかる筈もない。 人の気持ちなど、別の人間である者に、全てを察する事など、出来る筈もないのだ。 艦艇のハッチが解放され、カンナの駆るプロスパーであるタスクの脚部をホバークラフト走行で稼働させる。その後ろにはレン機もついてきたが、多少機体の腕部で会釈をするだけで、二機は散り散りとなる。 カンナは、艦艇の反対方向にあるオアシスへと向かい。 レンは、艦の進行方向へと機体を動かした。 レンが調査を行うオアシスは、そう離れた位置に無い。 艦艇の進行方向にあるオアシスの一つに辿り付いたレンは、機体を降りて、そのオアシスに指を一本つけた。 ヘルメットから警告が鳴り出す。このオアシスの水は、人間が飲める許容値を超えていると言う事だ。浄化装置で飲める程度まで調整できるだろうかと考え、センサーの調整を行う。指をつけ、再び警告が鳴り出した。 あまりに濃すぎる。これでは使い物にならない。 チッと舌打ちをした上で、艦へと通信を取る。 「こちらレン。こっちはダメです、ハイ」  ――だが、通信が届いていないようだ。ガガッとノイズが耳元から聞こえて、レンは顔をひそめた。 「……RV濃度が濃すぎる」  RVの放射線には、電波や赤外線を遮断する効果がある。音声通信を行う電波や旧世代のパケット通信すらも阻害する事もあり、通信を行えない事は、珍しい事ではない。 仕方なく、機体へと戻った上で通信を取る。機体の通信機はヘルメットに搭載されている通信機より精度が高いので、届くかもしれない。  ――だが、その直前に。 レンは一つの殺気を感じ取ったのだ。 「――っ!」  機体を稼働させる上で不必要なプロセスを全てキャンセルし、無理矢理ホバークラフト走行を開始。その場から退避を始めると、四連装ミサイルランチャーの砲撃が、その場に襲い掛かる。 それらを全て避ける事に成功したレンは、自身でも冷静に行動できたと、自分で自分を褒めていた。 だが、それをいつまでも誇っては居られない。今の四連装ミサイルランチャーは、タスクのクラスA装備のランチャーだ。それを攻撃に使われたと言う事は―― 眼前に迫る、一機のプロスパー。それは、ミューレのウォレンに他ならないが――その機体は、まるで『全部乗せ』と言っても差支えない程、武装を乗せていた。 通常のウォレンが装備するサブマシンガンに加え、恐らくタスクから奪い取ったのだろう四連装ミサイルランチャーを肩部に、アサルトライフルを尻部に搭載しながら、急激に接近する。 装備が重たい状況で、不利を感じさせない操縦――それはまさしく、エースパイロットの操縦と言える。 「お前が、セルンか……っ!」 『お前は、カンナでは無いな』 「ああそうだ……! お前を、お前を殺す、セルンッ!」 『カンナはどこだ』 「自分の物だ……隊長は、自分の物だ……隊長は、カンナは、カンナは、カンナはカンナはカンナはぁ……!!」  目を見開き、憤怒の表情を浮かべながら、レンは四連装ミサイルランチャーを開閉。今その引き金を、引いた。 タイムラグを経て、放たれるミサイルの雨を、そのウォレンは冷静に回避しながら、中距離へと接近した事を確認し、そのサブマシンガンの引き金を引いた。 ランダムにホバークラフトを行いながらそれを避けるタスクと、銃弾を撃ち続けるウォレン。 二機が交差すると、その右腕部に格納されたダガーナイフを取り出し、その切先と切先と重ね合わせた。 「お前がいるから、カンナは前線に向かう事になる。お前がいるから、カンナが悩む……お前が、カンナを、たぶらかす……っ!」 『たぶらかすとは、何だ』 「自分が教える義理は無いっ!!」  ダガーナイフ同士の斬り合いに発展した二機。だがレンは気づいていなかった。 彼らの後方。彼の帰るべき艦である【トール】が、一斉攻撃を受けている事に。 ** 除染必要は無し。そのままでも水が飲めることを確認したカンナは、艦に向けて補給部隊の要請を出そうとしたが、あまりにノイズが酷いと感じ、機体へと戻っていく。 機体コックピットに座り込み、通信を取ろうとした所で、艦からの救援要請が来ている事に気が付いた。 「攻撃を、受けてる……!?」  急ぎ、タスクの機体を制御してホバークラフト走行を開始する。艦までの移動時間は大体十五分。それまでに艦が撃墜されないように祈りながら、行動を開始する。 進路上に、二機のプロスパーを確認。ウォレンだ。 「セルンは――いない!」  操縦の覚束ない動きを見据えながら、一瞬で把握したカンナはアサルトライフルの砲身を二機へと向け、引き金を引いた。 一機ずつ、冷静にその機体脚部を撃ちぬき、作戦行動が出来ないようにすると、そのまま通り過ぎて行くカンナ機。 だが余りに呆気なさ過ぎる――と、機体を前進させながらもカメラを後方へ向け、破損させた機体を見据えると。 コックピットから出てくる、二人の子供。 それはセルンより小さい、本当に幼子と呼べる子供たちだった。 子供たちは二人して機体から顔を出して、パイロットスーツに備えていた小型拳銃を取り出し、そして。 「止め」  互いに銃口を向け、互いに引き金を引いた。 タスクのコックピットには、その銃声を聞き届ける程の集音装置は無い。 だが、互いにその場で倒れる子供たちの姿を見据えて、カンナは自然と、涙が出た。 「何で……何でこんな事……こんな事が、許される……!」  操縦桿を強く握りしめ、フットペダルを強く踏み込んだ。 ――子供たちが、自ら命を落としていく光景。 ――そんな光景、あっていいはずがない。 「やらせるもんか……! そんな奴らに、あいつを、セルンを利用させて、たまるか!」  フットペダルの踏み込みに呼応して、腰を落とし、速度を上げるカンナ機。 戦場はすぐそこだ。

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