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前編

「石黒~。これ頼んでた資料らしいヨ」 研究室に入って来た真葉がそう言って手に持った資料を掲げる。 「……その辺に、置いておいて下さい」 石黒はそれを一瞥すると素っ気なく返事をし、また研究に没頭した。 「ん、了解~。…しかし明紫波もヒデーよな。ちょっと屋上に行こうとしただけなのに、使い走りだヨ」 真葉は資料を机の上の空いてるスペースに置くとブツブツぼやきながら、その辺のモノを見て回る。 すると綺麗な色の液体の入った小瓶を見つけた。 「なんだこれ?キレーな色してんナ」 真葉はその小瓶を手に取り軽く振りながら石黒に聞く。 「なあ石黒、これ何?飲んでいいヤツ?」 真葉に話かけられ、めんどくさそうに振り返った石黒はぎょっとする。 「そ、それはダメです。それは後で、明紫波に飲ませ…」 慌てて真葉の手からその小瓶を奪い返そうと手を伸ばすが、すんでの所で真葉がその手を避ける。 「ん~?明紫波が、何だって?」 人の悪い笑みを浮かべる真葉に、しまった、と言う顔をする石黒。 「………。」 「話さないなら、この小瓶の中身、流しに捨てちゃうヨ」 石黒が話すのを躊躇っていると、真葉は流しの方にフラ~ッと歩いて行き、小瓶のフタを開けようとする。 「待って下さい、真葉!話します。話しますからっ」 バレた相手が悪かった。石黒は観念してその小瓶の中身について話し出した。 「それは疑似的に獣症を体験出来る薬です」 「……は?…獣症?」 突拍子もない事をいきなり話し出す石黒に、真葉は唖然とする。 「症状としては、獣耳と獣尾が出ること。特定の相手にだけ発情することですね」 「…それって徳川が獣症だった時の…」 「ああ、そうですね。徳川の時の症状に似てます。疑似なので症状が出るだけで実際に獣症になる訳ではないですけどね」 「…で?それを明紫波に?」 「ええ。せっかくですから獣耳と獣尾の生えた明紫波が発情するところを見てみたいと思いまして…」 淡々と話していた石黒だったが、後半は少し興奮気味だった。 それを大人しく聞いていた真葉も、目の奥に妖しい光を点す。 「…いいナ、それ。じゃあ俺がコレを明紫波に飲ませて来てやるヨ」 「何言ってるんですか!ダメですよ!それは飲んだ直後に見た相手に発情するんです。貴方が飲ませたら貴方に明紫波が発情してしまう」 「…へえぇ~?」 「…あ」 いい事を聞いたとニヤつく真葉に、またしても、しまった、という顔になる石黒。 「…と、とにかく返して下さい。」 「やだヨ。そんな話を聞いて、はい分かりましたって返すヤツはいねえだろ?」 真葉が小瓶を持った手を頭上にあげ、石黒がそれに向かって手を伸ばす。 二人が小瓶を取りあっていると、急に研究室の扉が開いた。 「石黒いるか?もう1つ届けもんあったわ。さっき気づいてりゃあ、真葉に押し付けられたのに…」 そう言って部屋に入って来た明紫波が石黒の背中にぶつかる。 石黒はそのまま押されるように真葉に体当たりし、その振動で弛くなっていた小瓶のフタが開く。 フタの開いた小瓶の中身はそのまま真葉に降りかかった。 「………マジかヨ」 呆然とする真葉だが、その目は明紫波と石黒、両方を捉えている。 「…わりぃ、真葉。大丈夫か?」 「…明紫波。…逃げましょう」 自分のせいで濡れた真葉に謝る明紫波。その明紫波の腕をとり後退りする石黒。 だが、そんな二人の前で真葉の様子が変化する。 「…う、…はぁ」 紅潮した顔、荒い息遣い。 一瞬、真葉の顔が苦しそうに歪んだかと思えば、突如、真葉の頭に獣耳が現れた。背後では獣尾も揺れている。 「…え?…獣症?」 「俺の薬で一時的になったものです。襲われる前に逃げますよ」 石黒が再度、明紫波にそう促すが、混乱した明紫波は動こうとしない。 「…は?テメーまた、何作って。…いや待て、それより、あんな真葉、置いて行けねえだろう」 「そんな事、言ってる場合じゃ…」 「……真葉?」 いつの間にか石黒の後ろに立った真葉が石黒を抱き締め口づける。 …コクリ。 何かを口移しした真葉が石黒を解放しニヤリと笑う。その手にはさっきの小瓶が握られたままだった。 「どうせなら、一緒に楽しもうヨ♪」 「…貴方、俺にまで薬を飲ませましたね」 真葉を睨む石黒だったが、ふらつきすぐ側の机に手を着く。 「テメー真葉、石黒に何してんだ!大丈夫か、石黒っ」 心配した明紫波が石黒の体を支え顔を覗き込むが、その体は熱を帯びていき顔も次第に紅潮していく。 「……石黒?」 「…く、…はぁ、…明紫波」 すがるような目を明紫波に向けた石黒だったが、その目が閉じ苦し気な表情になると、真葉同様、獣耳と獣尾が現れた。 「…石黒まで…」 「大丈夫だヨ。光秀だけ仲間はずれにはしないヨ」 いつの間にか明紫波の背後に立つ真葉。 明紫波もまた、真葉に口移ししで薬を飲まされたのだった。

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