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第1話
『たった一人の、運命の相手を見つけなさい』
その言葉は、昔まだ自分が幼少期で魔界に住んでいたころに祖母から言われたものである。
吸血鬼にとって、血を吸うという行為は普通、人間を相手に行うものである。
だが、その場合はある程度の加減をしなければ相手を殺してしまう可能性があるのだが、そんな心配をしなくてもすむ相手が同じ魔界に住む住人だ。
同じ魔界の住人なら、多少は無茶な吸血行為を行っても殺してしまう心配はないが、そもそも異種族の相手に自分の血を与えてくれる奇特な者は、弱肉強食の世界である魔界では少ない。
いくら死なないとはいえ、一時的な体力低下など身体に全く影響がないわけではないからだ。
それでも、運良くそんなパートナーと呼べる相手を見つけることが出来れば、吸血鬼は本来の能力をより長く維持することが出来る。
そして、世界にたった一人だけ『運命の相手』が存在するらしく、その相手と出会えた時は吸血鬼本人もパートナーである相手も、お互いに本来なら眠っているはずの未知の能力に目覚めることが出来るという吸血鬼の一族のみが知る言い伝えがあった。
(本来なら眠っているはずの能力……それって、どんなものなんだろう。俺にもいつか、そんな相手が見つかるのかな)
そんな淡い希望を捨てずにいるのは、魔界では吸血鬼の一族に属している赤星葵 。
王家に仕えるエリート家系の生まれで、その王家からの命により、七年前から正体を隠して人間界で暮らしている。
意外にも地位や能力が高い者ほどその特殊な力を上手く隠し、実に自然にこの人間界へと馴染んでひっそりと生活しているのだった。
もっとも、葵はこの能力とは関係ないが、決してひっそりと言えるような生活を送ってはいないわけだが……。
◆ ◆ ◆
「葵ちゃん! もう、いい加減覚悟決めて飛んじゃいなって」
無意識に現実逃避をしていたのだろうか、なぜか子供のころの祖母との思い出を振り返っていた葵はそんな他人事のような言葉で現実に意識を戻された。
「うるせー! 他人事みたいに言うな」
相手からしてみれば、まったくの他人事なのだが、その当たり前のことにすら気づく余裕もなく葵は背後に向かって怒鳴り返す。
今、葵達がいるのは遊園地の絶叫アトラクションの一つ、バンジージャンプの上の所。特に葵は飛び込み台の上に立っているのである。
なぜ、そんな状況になっているかというと、葵は人間界ではデビュー四年目を迎える五人組アイドルグループ・Monsterのメンバーで、自分達のレギュラー番組内での対決に負けてしまったからだ。
罰ゲームを敢行すべく、開園前の遊園地を貸し切り何台もの定点カメラやCCDカメラなどをセットし、葵が飛び込み台に立ってから約三十分……そろそろ覚悟を決めなければならない。
「…………」
葵は恐る恐る端へと進み、下へと顔を向ける。
(あ~、やっぱ無理! 何だよ、この高さ~)
つい、後退りして顔を背けてしまった葵の背後から責めるような声が聞こえる。
「葵ちゃーん! 早くしないと、次の現場遅れちゃうよ」
「純、お前後で覚えてろよ!」
葵は八つ当たりのせいもあり、ついつい相手に怒鳴り返してしまう。
だが、この人物こそ葵がこの罰ゲームをやることになった原因でもあるのだった。
葵が吸血鬼のくせに高所恐怖症だということを知っていたうえで、あっさりと対決に勝ってしまったのは葵と同じMonsterのメンバーで、事務所の後輩でもある早緑純 。
もっとも、純としては別に葵を負かそうとしたわけではなく、対決ゲームで盛り上がってテンションがあがった挙句、いつも以上の能力を発揮して圧勝してしまったのだ。
「大丈夫だよ、ただ落ちるだけなんだから」
「だったら、お前がやればいいだろ!」
何の慰めにもならない純の言葉に対して、葵の返事もまるで子供のような言い分だ。
だが、ここは少し純の方が大人だったようである。
「それじゃ、対決した意味ないでしょ」
正論を返され葵が黙ってしまうと、純は今度は励ますように葵へと声をかける。
「一、二……三! で、俺が押してあげるから頑張ろうよ! 葵ちゃん」
「……うん」
さすがにこれ以上はスタッフに迷惑をかけられないと判断したのか、葵は純の言葉に素直に頷いた。
それを合図に純が葵の背後へと近づく。
「じゃあ、いくよ」
「お、おう」
葵が覚悟を決めて目を瞑ると、純の手が葵の背中へと添えられカウントが始まる。
「一……二」
次の『三』という掛け声で押されると、葵が覚悟していたその時だった。
葵の中で予想していた掛け声よりも早く背中へと衝撃があり、油断していた葵の体重は前へとかかってしまう。
「バカ、お前、二で押し……ぎゃあぁぁ~!」
普段、どちらかと言うと二枚目路線の姿からは想像出来ないくらいの情けない悲鳴をあげて葵は地上へと向かって落下していった。
その葵の姿を見て、純はやっぱり楽しそうに盛り上がってしまい、下で合流した時には拗ねた葵に口をきいてもらえなくなってしまった。
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