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第2話

「葵くん、純くん。次の現場までスタッフが送るから、少し車の中で待っててもらえる?」 「はーい♪」 「お願いします」    ロケ自体は終了し、スタッフが機材を片付けている中、現場リーダーから声をかけられ葵と純は素直に返事をした。  本来ならば、マネージャーに来てもらうところだがお世辞にも葵達の事務所は大手とは言えずスタッフの人数もまだ少ない。  五人グループに対して、マネージャーが一人しかいないので毎回送り迎えに来られるわけではなく、たまにこうして馴染みの現場スタッフの好意に甘えさせてもらっている。  二人が指定された車へと向かっていると、それに気づいた女性スタッフ達が小声で話だした。 「相変わらず、いい感じだよね、あの二人」 「うん。葵くんは礼儀正しいし、純くんも元気で現場を明るくしてくれるし」    基本、スタッフが現場でタレントの噂話をすることはないが、本人達に聞こえていないと思っているからか、少しミーハー的な会話がされている。 「はは……しっかり聞こえちゃってるんだけどね」  苦笑いを浮かべながら純が小さく葵にそう呟いた時だった。  彼女達の次の言葉で、葵の表情が凍り付く。 「でも、今日の葵くん、なんか可愛かった!」 「そう、いつものしっかりしてる雰囲気と違ってよかったよね」    その言葉も聞こえていない振りをして、純は慌てて葵を車の中へと押し込んだ。 「……俺、二十代ももうすぐ折り返しの二十四だぞ。可愛いって年頃じゃないだろ」    落ち込んだようにポツリとそう呟いた葵の言葉に、純は少し困ったように答える。 「う~ん……葵ちゃん、可愛いでしょ。メンバー一のパッチリお目め」 「……可愛くねぇ」    純から遠慮気味だがはっきりと言われ、葵はふて腐れたように言い返した。  身長は一七二でそれなりに筋肉もつき鍛えられた身体の葵だが、二重で大きな瞳にぷっくりとした唇は童顔なせいもあり、年齢の割には可愛らしい。  明るすぎない茶色の髮もふんわりとセットされ、彼の小顔を際立たせている。  実際、七年前に大手事務所からアイドルとしてデビューした葵は、当時身長が一六〇に満たなくて髮も背中まで長かったために、以前の事務所のマネージャーが女の子と間違えてスカウトしたことが芸能界入りのきっかけだった。  それをトラウマとしている葵は髮も首の辺りまで短くきりカッコイイを目指しているが、身長が伸びた今でも可愛いと言われることは少なくない。  遅い成長期のおかげでなんとか今の身長まで伸びたが、デビュー当時の体型のままだったら、きっと今でも葵は女の子に間違われていただろう。  それでも、メンバー全員が二重なのに自分だけが可愛いと言われるのは納得いかないようで、葵はむきになって言い返す。 「だいたい俺よりも可愛い奴いるだろ。お前だって」 「俺?」    葵の反論が予想外だった純は不思議そうに首を傾けた。  確かにその姿はとても二十三歳の成人男性とは思えないくらいに可愛らしい。  もっとも、いくら可愛いといっても純は身長が葵より八センチも高く、メンバー内では一番の高身長だ。  細身でスタイルもよく、雑誌の撮影などでポーズを変えるたびに明るい茶色のストレートの髪がサラサラと額で揺れる純の姿は、アイドルというよりもモデルのようだ。  でも、ひと度口を開くと途端に子供っぽくなり、はしゃぎ過ぎてレギュラー番組のセットを破壊させたことも片手では数えきれない。  そんな純の可愛さは外見がというよりも、内面からくる無邪気さがそう思わせるのだろう。 「でもさ、俺達って全体的に童顔だよね」 「こればっかりは成長期でもないし、今さらなぁ」    他のメンバーを思い浮かべながら言った純に対して、葵も同意しながら頷く。  さっきの撮影直後は機嫌が悪く口数も少なかった葵だったが、純の雰囲気につられていつも通りに戻りつつあった。  だが、その空気に安心して気が緩んだのか、純はまたもや余計な一言を零してしまう。 「それにしても、葵ちゃんが吸血鬼なんて嘘みたいだよね。高所恐怖症だし、人から血も吸えな……いてっ!」    葵にいきなり頭を叩かれ、純は痛そうな声を出した。  口よりも先に手が出てきた葵の態度に、純は自分が踏んではいけない地雷を踏んでしまったことに今さら気づく。 「あ、葵ちゃん……怒ってる?」 「…………」    恐る恐る聞いてみた純の問いに、葵からの返事はない。  せっかく会話が出来るようになったのに、またもや振り出しへと戻ってしまった。 「ごめんってば~、葵ちゃん!」    純が大声で葵に謝った瞬間、運転席のドアが開いてスタッフが顔を出した。 「お待たせしました……あれ、どうかしましたか?」 「何でもないです。気にせず出発してください」    車内の微妙な空気を感じたスタッフの問いに、葵は笑顔でそう答えた。 「葵ちゃ~ん」    再度、泣きそうな声で話しかけてくる純の言葉を無視して、葵は走り出した車の窓の外へと顔を向けてしまった。  多少、大人げない態度だと葵自身もわかっているが、どうしても触れられたくないコンプレックスが葵にはある。 (俺は吸血鬼として、まだまだ可能性を秘めてるんだ! 吸血行為さえ出来るようになれば、もっと能力だって高くなるんだから!)    そう心の中で反論する葵の最大の悩みは『吸血鬼なのに吸血行為が苦手』ということだ。  本来、吸血鬼には本能的に吸血欲求があり、その誘惑がまだ弱い幼いうちに周りの大人から吸血の仕方を学び、自然と人間相手でも大丈夫な力加減を身に付けていくものだが、葵はエリート家系に生まれてしまったばかりにその機会を逃してしまったのだ。  葵も一度だけ吸血の練習をしたことがあるが、その時の感覚に慣れることが出来ず、なかなかそれ以降の練習が出来ずにいた。  そんな時に、王家からの命で人間界に来ることになってしまった葵は、いまだに一度も人間相手に吸血行為を行えていない。 (だって……加減間違えて相手を傷つけたら恐いし)    いくら吸血鬼とはいえ、人間に対して危害を加えてしまうことは本意ではない。  そんな想いから、葵は人を襲うことの出来ない見事な「草食系吸血鬼」と化していた。 (こんな状態で、俺ちゃんと務め果たせてるって言うのかな)    少し落ち込みかけていた葵の意識は、運転をしていたスタッフの声によって現実へと引き戻された。 「あの、車着けるの正面入り口じゃなくて、地下の駐車場でいいですか?」    その問いに外の景色を見ると、次の現場であるテレビ局が見えてきていた。 「別に構いませんよ」    特に気にせず葵がそう答えると、スタッフは安堵の笑いを零しながら言った。 「良かった。ほら、見てくださいよ。あの正面入り口」    スタッフに言われ、葵と純が窓から外を覗き込むと、そこには二十代から三十代を中心とした女性の集団が出来ていた。  中には学生らしき制服姿までいて、平日の昼間だというのに、なぜこんなに集まれるのだろうかと思うが、皆一様におしゃれをしていて、どこか落ち着かない様子だ。 「うわぁ、すごい。なに? あれ」 「何、言ってるんですか?」    純の素直な疑問にスタッフは笑いながら答える。 「あれ、Monsterのファンですよ」    自分達のグループ名を告げられ、二人は驚きながらその集団へと再度、視線を向けた。 「あ、ほんとだ。あの子、葵ちゃんのウチワ持ってる」 「ファンの間の情報網は早いですからね~」    そう言いながら、スタッフはファンがいる正面から離れるように、地下の駐車場へと静かに入っていった。  そして、建物内への入り口付近へと止まる。 「それじゃあ、本日はお疲れ様でした」 「はい、ありがとうございました」 「お疲れ様でーす!」    スタッフと軽い挨拶を交わして葵と純は車のドアを開けて外へと降りる。  次の瞬間、今まで静かだった駐車場内に女性達の黄色い声が響き、正面ほどではないが小さな集まりが出来てしまった。  きっと、正面玄関前の場所取りに出遅れた集団が、せめてひと目でも彼らの姿を見ようと待ち構えていたのだろう。 「きゃー! 赤星くん、早緑く~ん!」 「こっち向いて、葵くん!」    それらの声に先に車を降りた葵は軽く会釈を返して入り口へと向かう。  そして、局の扉を開け入ろうとすると、一緒にいると思っていた純がいないことに気づき振り返る。 「純ちゃん、これ受け取って」 「あ、えっと……」    すぐ後ろにいたはずの純が困ったような表情で今にも女性陣に取り囲まれそうなのを見て、葵はさっきまで怒っていたことも忘れ、慌ててその場へと戻る。  純の腕を引き寄せて集団から救出すると、葵は完璧なアイドルスマイルで彼女達に言った。 「ごめんね、プレゼントは事務所宛に送って。ちゃんと俺達に届くから」    その笑顔に見惚れて一瞬周りが静かになると、今度は葵に助けられた純が安心したのか、これまた満面の笑顔を見せる。 「うん。いつも、ありがとうね」    さすがに葵と純のダブルスマイルには、彼女達も黙ってはいられない。 「可愛い~!」 「二人とも大好き!」    また一気にわいた歓声に、これ以上は危険だと判断した葵と純は今度こそ二人で建物内へと逃げ込んだ。

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