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第3話
「はぁ~……」
エレベーターに乗り目的の階を押した途端、二人は揃って安堵のため息を吐いた。
「葵ちゃん、ありがと。助かった……さっきはごめんね、余計なこと言って」
純がお礼とともに車での件を謝ると、葵は少し恥ずかしそうに答えた。
「まあ、そこは一応先輩としてな。でも、お前自身も気をつけろよ。一人のを受け取ったら、後がきりないから」
自分ばっかりが、いつまでもケンカを引きずっていてはあまりにも大人げない。
そんな葵の変化に純も気づいたのか、安心したように笑顔を見せた。
「うん。でも、平日なのにあんなにファンの子がいるとは思わなかった」
「まあ、感謝しなきゃいけないんだろうけどな」
しみじみと呟いた葵の言葉に純も大きく頷く。
葵達のグループは、デビュー曲が子供向け番組の主題歌だったためか、その当時はモンスター系のコスプレ衣装で先行きが不安だったが、今では自分達の冠番組も持たせてもらえるくらいに成長した。
最近ではメンバー個々の仕事も増えてきたし、若い女性を中心に幅広い層から人気を集めている。
「デビューした時、一年持てばいいほうだなって……正直、俺そう思ってた」
目的の階でドアが開きエレベーターから降りながら自虐的に笑って葵が言うと、純は拗ねたように言った。
「そりゃあ、葵ちゃんとリーダーはいいよ。前の事務所での実績があるから、ソロでもやっていけるけど……俺なんかMonsterが解散してたら無職になってたよ」
「そんなこと言うなって。デビュー当時、子供向け番組の番宣で、お前がかなりの戦力だったんだからさ」
実際、子供達とどう接すればいいか戸惑っていた葵達の中で、純は真っ先にその場の雰囲気に馴染んでいた。
そのおかげで、子供から母親世代までのファンを得ることに成功したのだ。
「だったら、もっと俺に優しくしてよ」
「十分してるだろ。お前は手のかかる可愛い後輩だよ」
「手のかかるは余計です~」
そう言って二人で笑いながら楽屋のドアを開けると、すでに中には二人のメンバーがいた。
「おはようございます」
「おはよう、マコ」
ソファに座って手元のスマホから顔をあげて挨拶をしてきた浅黄誠 に、葵は返事をしながら、その膝へと視線を移す。
「なに、寝てるの?」
誠の膝を枕にして完全にソファで横になっている人物を指差しながら葵が聞くと、それに気づいた純が不満そうに言う。
「え~、リーダーずるい! マコ、俺も」
楽屋に入るなり構ってモード全開の純に、誠は面倒くさそうに答える。
「お前はゲームの邪魔するから駄目。今、いいスコア狙えそうなんだから」
それだけ言うと、誠は手元のスマホへと視線を戻してしまい、隣では純が拗ねたように誠を睨んでいた。
その光景に葵は笑いを堪えながら、楽屋の端へと荷物を置く。
誠は純と一緒に事務所に入ってきた後輩で、その正体は葵と同じ吸血鬼。葵とはいわゆる幼馴染みの関係だ。
誠は別件で人間界へと来ていたのだが、すでに任務を終えて本来ならば魔界に戻っているはずなのに、何だかんだと理由をつけては人間界へと残り、今は芸能界で再会した葵達と一緒にアイドルをやっている。
年は葵と純よりも下の二十一で、身長も一六四とメンバー内でも小柄な方といえる。
それでも何でも器用にこなして、しっかりとした性格の誠は頼りになる存在だし、特に純に対しては保護者のようで口調にも遠慮がない。
だが、実はこの二人が恋人同士だということはメンバー内では公認となっていて、誠の純への素っ気無い態度も愛情の裏返しだろうと葵達は思っている。
すると、今までふて腐れていた純が何かに気づいたようで、急に誠に顔を近づけた。
「あれ……マコ、髪形変わった?」
その純の突然の質問に、葵と誠は驚いた表情を見せた。
何故なら誠の少年のような短い髪は、色・形ともに普段見ているものと変わらない。
表面には純と同じ明るめの茶色を染めているが、誠は内側を濃い茶色にしたため純よりも控えめな色になっている。
だけど以前、二人の髪の色が密かにお揃いなんだと嬉しそうに話していた純の横で、少し照れた様子を見せていた誠の姿は今とまったく同じだ。
「髪形が変わったというか……」
だが、どうやら葵と誠本人の驚きは別だったようで、誠は唖然とした様子で答えた。
「さっき、ヘアメイクさんに前髪と横を少しだけ切ってもらったけど」
それを聞いて葵はさらに驚いて誠の髪をじっくり見直してしまう。
それでも、ワックスでふんわりと整えられている前髪などは長さが変わったようには思えない。
つまりは、その程度の変化だったのだろう。
しかし、純一人だけは納得がいったようで満足げに誠を褒める。
「あ、やっぱり? マコは耳や眉がちゃんと見えてた方がいいよ」
恋人からの細やかな気遣いに、誠の機嫌に変化が見え出した。
「そ、そうかな?」
嬉しさを隠すように呟いた誠の声には、さっきのような硬さはすでに含まれていなかった。
「うん、こっちのが可愛い♪」
純が満面の笑顔で止めの一言を放った瞬間、誠の周りを覆う雰囲気が見事に変わる。
「可愛いより、カッコイイの方がいいんですけどね」
照れ隠しなのか、そう軽口を返した誠だが、やっぱりどこか表情が柔らかい。
そして、スマホをしまうと同時にいきなり立ち上がり、ご機嫌な様子で純へと言う。
「ほら、純さん。早くメイクとか済ませようよ。それから一緒にゲームしよ」
「りょーかい♪」
純が元気よく返事をすると、誠も一緒に二人仲良く鏡の前へと移動していく。
「あ、純さんの衣装、俺取ってこようか? ここで着替えちゃった方が早いでしょ」
「じゃあ、その間にメイクの準備しとくね」
「うん。すぐ戻るから」
そう言って、誠は純の衣装を取りにいそいそと楽屋を出て行った。
「…………」
あまりの展開に葵が呆然と二人の姿を見送っていると、いきなりボソッと声が聞こえた。
「相変わらずだねぇ、あの二人も」
「あ……」
声の方を向くと、さっきまで誠の膝で寝ていた青砥悠陽 が欠伸をしている。
「起きたんですか?」
「ん~……いきなりマコに退けられたから」
誠に退けられた時に痛めたのか、悠陽は首をほぐす様に動かしながら葵の問いに答えた。
悠陽はこれでもメンバー内で一番年上の二十五で、一応グループのリーダーを務めている。
しかし、グループ結成時に先輩である葵と悠陽の二人がリーダー候補に挙がり、葵からの熱烈な推薦によって決まってしまったリーダーなので、悠陽本人は特に自覚を持っているわけではないようだ。
最年長なのに身長は一六三と一番低く、のんびりな性格の悠陽はリーダーとしてみんなをまとめて引っ張っていくことはしないが、そのほわんとした笑顔でみんなを癒す効果は絶大である。
前の事務所から一緒にデビューして、今の事務所にも二人で移籍してきた葵は、悠陽のことを誰よりも尊敬しているが、それすら悠陽は気づいていないようだ。
「ところでさ……いつになったら葵くんの敬語は直るの?」
「あっ、ごめん!」
悠陽に注意され、葵は慌てて謝る。
「別に怒ってるわけじゃないけど。もう人間界に来て七年も経つんだから、いい加減直ってもよさそうなのに」
悠陽は鏡の方へと移動して、元々が少しこげ茶の短髪を弄りながら葵へと言った。
寝ていたせいで、せっかくのセットが乱れてしまったのだろう。
そんな悠陽に向かって、葵は少し言いづらそうに口を開く。
「そうは言っても……俺は悠陽くんのお供で来てるわけだし。本当は名前で呼ぶのだって緊張するんだよ」
葵がそう反論するのも無理はない。
なぜなら悠陽の正体は魔界の次期後継者……変身能力や物を自由に動かす念力など、とにかく潜在能力が高い(はずの)王子で、魔王の一人息子なのだった。
魔界を継ぐための修行として人間界へとやってきた悠陽のお供として、葵は一緒に人間界へときたのだ。
小さい頃から王家に仕える一族としての教育を受けてきた葵にとって、自分達の大事な王子に馴れ馴れしく接するなんて、未だに緊張するものなのである。
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