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第4話

「まあ、その真面目さが葵くんの良さでもあるしね。それより、葵くんも準備しなくていいの?」    悠陽からの問いに、葵は慌てて自分の上着を脱いでハンガーへとかけた。  普通の収録と違って、生放送に遅れるわけにはいかない。 「余裕を持って着替えてくるよ」    そう言って葵が楽屋を出て行こうとすると、そのドアが外から慌しく開けられた。 「おはようございます!」    突然、駆け込んできた相手に呆気に取られた葵と悠陽だったが、すぐに悠陽が返事を返す。 「おはよう、ミヤビ」    その落ち着いた声に「ミヤビ」と呼ばれた青年は少し不満そうに言い返す。 「その呼び方止めない? 俺の名前が本当にそれだと思ってる人、最近多いんだけど」    その言葉に、悠陽は笑いながらのん気に答えた。 「それっぽいからいいじゃん」 「よくないよ。俺の名前は、マサヤ! 至って普通なの」    そう言いながら、紫月雅弥(シヅキマサヤ)はふてくされたように鞄を床へと置いた。 「その派手な顔で普通って言われてもな~」 「派手な顔って何!」    何気に失礼な言い方をする悠陽に、雅弥は本気で怒った。  すると、メイク準備のために前髪をヘアピンで留めながら純も会話に入る。 「ミヤの顔って整い過ぎて濃いもんね~」    確かに年齢的にはメンバー内では末っ子の雅弥だが、ハーフかと思うくらいに目鼻立ちが整ったその顔は華やかで、一番大人っぽいかもしれない。 「濃いって言うな!」    別に自分の顔を嫌っているわけではないが、その言われ方があまり好きではない雅弥は純に対しても言い返す。  悠陽と純から言われ、本当に機嫌が悪くなっている雅弥の様子を見て、葵は申し訳なさそうに呟いた。 「お前がそう呼ばれるきっかけ作ったの俺だよな。悪い」    葵からの謝罪に、雅弥は今まで二人に対して怒っていたのが嘘かのように慌てて言った。 「そんな、葵くんのせいじゃないから気にしないでよ! むしろあの漢字を『ミヤビ』って読むなんて、さすが葵くんは頭がいいっていうか……」  あからさまに自分達への反応と違う雅弥のその態度に、悠陽と純はニヤニヤしながらお互いに顔を見合わせたが、雅弥はそんな二人を気にせず言葉を続ける。 「あっ、もしかして葵くん、衣装着替えにいく? 待って、俺も行く!」    そう言いながら、雅弥が急いで自分の上着などを脱ぎだしたので、葵はそんな雅弥へと声をかけてやる。 「待っててやるから、慌てるなって」    それでも雅弥が葵を待たせないように急ぐものだから、葵は小さく笑ってしまった。  雅弥は誠と数ヵ月違いの一番年下の二十二歳で、今の事務所に入ったのも純や誠とほぼ同じだが、一応少し後輩になる。  それでも、何となく事務所入りした他のメンバーとは違い、雅弥はこの道を目指して仕事の融通がきく高校を選んで通っていたほどプロ意識が高い。  グループとしてデビューしたころには、まだ高校生だった雅弥も今では立派に卒業し背もいつの間にか葵を五センチも抜いて、顔付きも多少は大人っぽくなってきた。 「純さん、持ってきたよ……あ、マサくん、おはよ」 「おはよう、マコ」    純の衣装を持って楽屋に戻ってきた誠は、慌しく荷物を片付けている雅弥の姿に気づき挨拶をする。  そして、まだメイクも何もしていない葵を見て、不思議そうに聞いてきた。 「あれ、葵ちゃん、支度しないの?」 「ん~、ミヤビ待ち」    そう答えて葵が雅弥に視線を移せば、誠もすぐに今の状況を理解したのだろう。  やたらと急いでいる雅弥に驚きもせず「なるほどね」と納得した様子だ。  すると、ちょうど雅弥が支度を終えて立ち上がった。 「お待たせ、葵くん」 「おう。じゃあ、行ってくるね」    みんなにそう声をかけると、葵は雅弥と一緒に楽屋を出て同じ階にある衣装部屋へと移動する。 「……最初、お前の名前見たとき、芸名だと思ったんだよな~。だからてっきりあの漢字でミヤビって読ませんのかなって」    衣装部屋のドアを開けながら、そう零した葵に雅弥は少し困ったように笑った。  すると室内にいたスタッフがハンガーから服を取り二人へと手渡す。 「赤星さんと紫月さんの衣装はこちらになります。着替えて不具合があったらおっしゃってください」 「わかりました」 「ありがとうございます」  各々で衣装を受け取り、簡易的なカーテンで仕切られている更衣場所へと移動する。 「だいたいさ、いきなり事務所に履歴書送るような素人のガキに芸名なんてあるわけないでしょ?」  服のボタンを外しながら年下に正論を言われてしまい、葵は恥ずかしさを誤魔化すかのように勢いよくシャツを脱ぎながら言い訳をした。 「いや、だってなんかお前、オーラみたいのが違ったし、社長もすっげえ推してたからさ」    確かに雅弥は最初から堂々としていて、その雰囲気や整った目鼻立ちは、まさに芸能界が似合う容姿だった。 (その見た目で、さらに本名が『紫月雅弥』なんて、かっこよすぎだろ)    実際、雅弥が事務所入りしたのをきっかけにMonster結成が具体的になり、それから一年以内にグループデビューを果たしてしまったのだから、かなりの逸材と言える。  年を重ねて可愛らしさを色濃く残す他のメンバーに比べ、雅弥は一番男らしく成長したかもしれない。  出会った当初はほっそりとしていた身体も、今では逞しく鍛えられている。 「そんなこと言うけど、俺がこの事務所を選んだのは葵くんがいたからだよ」    雅弥は自分の衣装に袖を通しながら、臆面もなく言い切った。 「大手からデビューしたと思ったら、いつの間にか事務所変わってたんだもん。まあ、そのおかげで俺も入りやすくなったんだけど」  そんな雅弥の言葉に、生活のために芸能界へと入った葵は複雑そうな表情を見せる。 「お前なら、もっといい所があるだろうに……勿体ない」 「いいの。今の事務所だからこそ、葵くんやみんなと一緒にデビュー出来たんだから」    そう言って笑う雅弥の笑顔は、成長した今でも変わらない。  葵も色々と言ってはみるものの、雅弥が大人になった今も前と変わらずに自分を慕ってくれることを嬉しく思わないわけがない。 「何だよ、おまえ……ここ、寝癖で跳ねてるぞ」  そう言って、葵が少し長めの黒髪の毛先を摘まむと、雅弥は慌てたようにそこを手で撫でる。 「えっ、マジで?」 「ふふっ、相変わらず朝は弱いみたいだな~」    兄貴風をふかせて言う葵の言葉に雅弥は少し照れたように反論する。 「今日はたまたまだよ。昨日、遅くまでマネージャーと打ち合わせしてたから……でも、そういう葵くんだって」 「ん?」    突然、葵へと伸びてきた雅弥の手が葵の着終わったばかりの衣装の首もとへと触れる。 「ネクタイ曲がってる。こういう不器用さは相変わらずだよね」    そのまま、葵のネクタイを真っ直ぐに直す雅弥に葵は恥ずかしさから真っ赤になって怒る。 「う、うるさい! ガキ扱いするな、年下のくせに」 「そんなに違わないじゃん」    言い返しながらも雅弥は大人しく葵から離れ、自分も衣装を着替え終える。 「俺、ヘアワックス取りにいくから葵くん、先に楽屋戻ってて」 「了解。じゃあ、先行くな」    そう言って葵が先に衣装部屋を出て楽屋へと向かっていると、後ろから声がかかった。 「おっ、ちょうど良かった、葵くん!」    振り返ると、そこには葵達のマネージャーがいた。 「何、昨日はミヤビと打ち合わせで遅かったんだって? お疲れ」    普段から自分達を気にかけてくれるマネージャーを労うと、マネージャーも親しげに言葉を返す。 「そう思うなら、みんながもっと売れてよ~。そうしたら、マネージャーをもう一人くらい増やせるんだからさ」 「そこはマネージャーの営業力だろ」    葵と悠陽に至っては移籍当時からの付き合いなためか、自然とそんな話も笑い話になる。

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