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第5話
「そんなこと言っても……そうだ、葵くんからもマサくんに言ってよ。せっかくのドラマの主演話渋ってて」
「そうなの?」
雅弥が全くそんな素振りを見せていなかったので、葵が驚きながら聞き返すとマネージャーは苦笑いを見せた。
「なんだ、葵くんにもまだ話してないのか……原作があるドラマだから、話もしっかりしているし、俺としてはいいと思うんだけど」
マネージャーの口からでた女性原作者は葵も知っている、恋愛物を書く今話題の人物だった。
「ってことはラブストーリーか」
「うん。マサくん、恋愛物の主演は初めてだけど新しいファン層を増やすにはチャンスじゃないかな」
確かに今までは学園物で青春系が中心だった雅弥が恋愛物に出るとなると、話題性は抜群だ。
(あいつも、そんな年齢になったんだな~)
どこかの親戚のようなことを思いながら、葵はマネージャーへと言う。
「わかった。それとなく聞いとくよ……新境地も大事だから」
「ありがとう、頼むよ」
実質、メンバーのまとめ役である葵の協力が得られマネージャーは安心した様子だ。
そして、ニヤリと笑うとカバンから大きめの封筒を出した。
「それから、新境地も大事だけど、地盤もしっかりしておかないとね……はい」
「何?」
手渡された封筒を見ながら葵が不思議そうに聞くと、マネージャーは笑顔で答える。
「今度の特番の台本」
そう言われて中を覗くと、まだ仮のタイトルらしいが、どうやら超能力や異常現象の映像を見ながらゲストとトークをする内容のようだ。
「超能力……ねぇ」
「安定の葵くんがメインMCで、サポートでマコもいるからよろしくね。中にマコの台本も入ってるから渡しておいて」
葵の呟きが聞こえなかったのか、マネージャーは上機嫌でそう言うと、ふと自分の腕時計へと視線を落とした。
「おっ、もうこんな時間。じゃあ、俺は一度事務所に戻るよ!」
そして軽く手をあげて挨拶をすると、その場を離れていった。
その後ろ姿を見送りながら、葵は小さくため息を吐いた。
知識や安定のトーク力で葵に司会の仕事が回ってくることが多く、葵自身もそれには不満がないが、この手の話題は少し苦手だったりする。
全くの他人事だと割り切って番組を進行すればいいのだろうが、なにせ自分自身が特殊な能力を使えるのだ。
ついつい、映像を見る時にそれが本物なのか、やらせなのかを警戒してしまう。
(だって魔界を統べる魔王様の一人息子が、人間界で正体を隠して修行中だぞ? 王子の周りに危険が及ばないように俺がしっかりしてなくちゃ)
そんなことを心の中で呟きながら、葵がみんなのいる楽屋のドアを開けた時だった。
突然、葵の目の前を何かがフワフワと横切っていった。
そして、それを見た瞬間、葵はほぼ無意識のうちに叫んでいた。
「王子! 必要な時以外に力を使ってはいけないと、何度言えばわかるんですか!」
葵の言葉に、それまで宙に浮いていた雑誌はバサッと床へと落ちて、楽屋の中の話し声が止み静かになった。
みんなの視線が葵へと集まる中、その葵に怒られた本人が静かに口を開く。
「葵くん……僕のこと王子って呼んじゃいけないって、何度言えばわかるの? ついでにまた敬語になってる」
「あっ、ごめん!」
呆れた様に悠陽に逆に注意され葵が慌てて謝ると、近くにいた純が楽しそうに言った。
「また葵ちゃん、罰金だ~!」
「はい、貯金箱」
そう言って誠がブタの形の貯金箱を葵へと差し出してくる。
それに対して、納得はいかないが葵は渋々鞄から出した財布のふたを開ける。
「これって俺のお金しか入ってなくない?」
「葵ちゃんだけだからね、何度言ってもリーダーへの敬語が直らないの」
小銭を入れながら葵がぼやくと、誠は当然かのように答えた。
葵からしてみれば、自分達の大切な王子にいきなり馴れ馴れしく接することが出来る誠達の方が不思議なのだが、みんながそれに対して何の疑問も持っていない以上、自分の方が不利なのは明らかである。
誠の言葉にうな垂れる葵の横にきた純は元気な声で言った。
「まあ、このお金で『血』を買うのも葵ちゃんだけなんだから、いいじゃん」
「馬鹿、はっきり言うなよ!」
葵は慌てて純の口を手で押さえる。
たとえそれが言葉通りの意味であり、葵達にとっては普通のことであったとしても『血を買う』なんて、普通の人間が聞いたら変に思うに決まっている。
それなのに純本人はまったく反省していないらしく言い返してきた。
「大丈夫だよ、今、ミヤいないし」
「そういう問題じゃない。何がきっかけで他にバレるかわからないだろ」
「まあ、魔界に関しては新人の純さんだから、仕方ないでしょ」
誠のその言葉に純は無邪気な笑顔で言った。
「魔界ってどんな所なんだろ。俺、全っ然、記憶ないからな~」
そう、実は純の正体も葵達と同じ魔界の者なのだが、誠が『魔界に関しては新人』と言ったように純は少し変わっていて、今までに一度も魔界を見たことがない。
純は本来、魔界の中では夢魔族に属する存在である。
夢魔族は別名・淫魔とも呼ばれていて男のインキュバスなら人間の女性を魅了して自分の子どもを宿らせ、女のサキュバスなら人間の男性を魅了してその精気を奪う。
同族同士での恋愛は禁止されているが、純の両親は同族同士で恋に落ち、真剣に愛し合った結果、純が産まれた。
そんな純は禁忌の子として、産まれると同時に人間界へと追放されていたようだ。
しかし、最近になって禁忌の子の持つ能力が普通と違うことに気づいた魔界は、今度は魔界から人間界へと見張り役を派遣させ純を探させた。
実は、それが誠が人間界へと来た別件というやつだったりする。
そして、誠に無事保護された純は今、誠と一緒に芸能事務所入りをして葵達と行動しているのだ。
「魔界には色んな種族がいるんでしょ? 中には肉食系もいるの?」
「肉食系っていうか……ある意味、肉食系なのは狼男とかかな。まあ、純さんもいつかは帰る場所なんだから、その時にわかるよ」
のん気に魔界の話をし出す純と誠に、葵は再度注意をする。
「だから、そんな普通に魔界の話をしちゃ駄目だって! 人間にバレたらまずいだろ」
「だったら尚更、葵ちゃんも気をつけなきゃ。リーダーを『王子』なんて呼んだらそれこそおかしいでしょ」
誠がそう言うと、悠陽と純もうんうんと頷きながら同意している。
「ちょっと待って。俺のことより、悠陽くんだろ! 雑誌を取るくらいで力使っちゃ駄目でしょう!」
足元に落下した釣り雑誌を拾い上げながら葵が言うと、三人は顔を見合わせた。
「だって、面倒だったから」
「葵ちゃん、母ちゃんみたい♪」
「じゃあ、リーダーも罰金払う? 葵ちゃんがああ言ってるし……」
誠が貯金箱を悠陽へと差し出すのを見て、葵は慌ててそれを奪い取る。
「悠陽くんにまで出さすなよ! 仮にも俺達の世界の王子だぞ」
「もう……結局、どうしたいの? 葵ちゃんは?」
誠に呆れたように聞かれて、葵は大声で怒鳴ってしまう。
「だから、俺達が普通の人間じゃないってことがばれたらまずいから、少しは自覚してってこと!」
葵がそう叫んだ瞬間、いきなり部屋のドアが開いた。
「そろそろ打ち合わせの準備みたいだよ……あれ、どうかした?」
突然の雅弥の登場に驚いて固まってしまった葵達を見て、雅弥が怪訝そうに聞いてきた。
(まずい……今のもしかしてミヤビに聞かれた?)
そう思って、一瞬動揺してしまった葵だが、いち早く反応したのは誠だった。
「何でもないですよ。葵ちゃんが俺達は普通の人とは違うんだから、もっと芸能人としての自覚を持ってってリーダーに怒ってたところ」
「なに、それって今さらの注意なの?」
誠の言葉を疑わなかったのか、雅弥は笑いながら言う。
この様子だと、さっきの葵の言葉は雅弥には聞かれていないらしい。
「葵くんは心配し過ぎなんだよ」
「ね~。もっと気楽に考えればいいのに」
(みんなが考えなさ過ぎるんだ!)
のん気な態度の悠陽と純にそう反論したかった葵だけれども、また余計なことを言って墓穴を掘るわけにはいかないので、その言葉を飲み込んだ。
そんな葵を見て、雅弥が慰めるかのように言葉をかけてくれる。
「まあ、それが葵くんのいいところでもあるんだからさ、気にしなくていいんじゃない?」
「……ありがとな、ミヤビ」
葵が礼を言うと、雅弥は子供っぽい笑みを見せて言った。
「そんなお礼なんていいって。それより、スタッフさん待たせてるから早く行こう。メイクは本番前でいいってさ」
そう言った雅弥に続いて、悠陽と純も部屋を出て行く。
優しい言葉をかけてくれる雅弥に隠し事をしていることに、葵が申し訳ない気持ちを感じていると、追い討ちをかけるかのようにまだ残っていた誠が葵のそばまでくると言った。
「葵ちゃん……はい、罰金。上手く誤魔化してあげたんだから、その分もね」
「……とりあえず小銭にくずさせて下さい」
葵専用と化しているブタの貯金箱を差し出され、葵は素直にそう言って誠に頭を下げた。
(ああ、きっと特番の時にも、こうやってマコにフォローしてもらうんだろうなぁ)
そんなことを思いながら葵はその時こそ、ちゃんと小銭を用意しておこうと心に決めた。
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