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第6話

 その日、葵は誠と二人で雑誌の撮影のため、都心から少し離れた撮影スタジオにいた。  まるで倉庫のような外観のスタジオの中には、その見た目とは正反対のなんともポップな光景があった。  バックに明るい緑のシートが広げられ、その前には白の四角い箱や大小様々なカラフルボールが転がっている。  そのセットの中央で葵は目の前のレンズに向かって、フラッシュが光る度にポーズを変えていく。 「いいよ、葵くん。もっと笑って」    カメラマンからの指示に、葵は見事なアイドルスマイルを返す。 「じゃあ、今度は誠くんも一緒に入ろうか」 「はーい」    カメラマンの言葉に返事をしながら、誠が箱に座る葵の横へと移動する。 「マコがいてくれて助かった。このセットに俺一人だと、なんか気恥ずかしくて」 「だいじょぶよ。葵ちゃん、十分可愛いから」 「…………」    カメラに笑顔を向けたまま、サラッとそんなことを言う誠に、撮影中だということを意識した葵は(お前には言われたくない)という言葉を飲み込んだ。  そのせいで、多少引きつってしまった葵の表情に気づいた誠はさり気なく葵の後ろへと移動して、その背中へと覆いかぶさるように抱きついた。 「ほら、そんな顔しないの」 「……誰のせいだよ」  さらには頬を指で突かれ、葵はふて腐れて唇を尖らせる。  そんな葵の態度に誠は小さく笑って小声で言った。 「でもね、葵ちゃん。早く終わらせないと、東京に着くのが夜中になっちゃうよ。ただでさえ、だいぶおしてるんだから」    その言葉に葵は今の状況を思い出す。  今回の撮影は元々が午後からのスケジュールだったのだが、移動とこの前にあったインタビューに思った以上に時間をとられギリギリのタイムスケジュールになっていた。 「そういえば明日って、久しぶりに外でのロケだよな?」 「運の悪いことに、晴天だって」    外での撮影日が晴れなんて本来なら喜ぶべきだが、あまりに強い日差しは吸血鬼である葵と誠にとっては死活問題である。  これは少しでも多く睡眠と栄養をとって、万全な体調管理で明日をむかえなければいけない。 「一分でも早く終わらせよう!」 「ですね」    同じ目的の二人は、その後の撮影をこれでもかと言うほど愛想を振りまいて、スピードをあげた。  それでも、やっぱり撮影を終えたのはすでに日が落ちて辺りが暗くなってからだ。 「お疲れ様でした!」 「ありがとうございます」    衣装も早々と着替えて荷物をまとめると、葵と誠は機材を片付けているスタッフへと声をかけて、スタジオ内から外へと出る。 「純さんが車で迎えに来てくれるから」 「マジで?」    都心からわざわざ来るなんて、と葵が少し驚いているとスマホを弄りながら誠が説明してくれる。 「あいつ、今日オフだから。それに、その方が俺も葵ちゃんも寝て帰れると思って」    確かに誠の言うとおり、自分達の状況をわかっている純のお迎えなら、少しは気を使わずに身体を休めることが出来るかもしれない。 (そうは言っても、誠のことだからきっと純が退屈しないように話し相手するつもりだろうな)    心の中でそう思いながらも、葵は素直に誠達の好意を受けることにした。 「だいぶ前に連絡しといたから、そろそろ着くころだと思うけど……あっ……もしもし?」    どうやら純からの電話のようで、誠は通話したまま「ちょっと見てくるね」と、葵に声をかけてその場を離れていった。 「…………」  一人その場に残された葵は、ふと明るい光を感じて空を見上げる。 (今夜は、満月か)    綺麗に空へと浮かぶ丸い月が、人通りの少ない夜道を少しでも明るく照らしているようだ。  魔界に浮かぶ赤い月とはまた違った魅力に改めて葵が見惚れていると、葵の立つ通りの先に見える大通りの向こう側に見覚えのある背格好を発見した。 「え……ミヤビ?」    黒っぽい服に全身を包み、深く帽子を被って俯き加減に歩くその姿は、だいぶ隠されてはいたが、どことなく雅弥の放つ雰囲気と似ている。 (いや、まさか……なぁ)    それでも葵は、自分の考えが信じられずに疑ってしまう。  確かにこの撮影スタジオは過去にも何度か使っているので、雅弥もこの辺りには多少の土地勘があるはずだが、こんな夜に訪れるような場所ではないはずだ。  そして、何よりも一番気になったのは雅弥らしき人物が一人ではなく……女の子を連れていたことだった。  腕を組んでいるわけでもなくただ並んで歩いているだけなので二人の関係性ははっきりとわからないが、その相手が連れだということはわかる。 (彼女がいるなんて……聞いたことなかったよな)    二人の姿を見失いそうになって咄嗟に追いかけようとした時、純を探しに行っていた誠が戻ってきた。 「純さん、向こうに車止めてるから……どうかした?」    葵の様子がおかしいことに気づいた誠が聞いてきたので、葵は今見た光景を素直に説明する。  だが、それに対して誠は複雑そうな表情で言った。 「人違いじゃないの? こんな時間にマサくんがここにいるっておかしいでしょ」 「それもそうなんだけど……」    誠の言うことは正論で、葵は自分の意見に自信を失くす。 (確かにミヤビっぽかったんだよなぁ)    すると、誠が気を使ってくれたのか優しく励ましてくれた。 「そんなに気になるなら明日のロケで本人に聞いてみたら?」    確かに明日のロケはレギュラー番組だから雅弥も当然来る。 (ドラマの話もまだ聞いてなかったしな)  前にマネージャーから頼まれていたことも思い出した葵は、ひとまず誠の意見を受け入れることにした。  せっかく迎えにきてくれている純をこれ以上待たすのも申し訳ない。 「そうするよ」 「じゃあ、行こうか」    誠に案内されて、葵は純の待つ車へと移動するためにその場を後にした。  多少の未練は残しつつも、純の運転する車のおかげで、葵達は日付けが変わる前に自宅へと帰ることが出来たのだった。

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