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第7話
「はい、カットー! 今日のロケはここまででーす!」
その声を合図に、一気にその場の空気が緊張から解放されたのを感じる。
「お疲れ様でした!」
「お疲れでーす」
周りのスタッフも口々に挨拶をして、周りの機材を片付け始める。
いくら慣れているレギュラー番組の収録とはいえ、やっぱり本番中は少なからずの緊張があるものだ。
「はぁ~、葵ちゃん、生きてる~?」
「なんとか~」
カットの声がかかると同時に、誠と葵は足元の芝生の上へと仰向けに身体を投げ出した。
久々に五人揃って外でのロケだったのだが昨日の予想通りに今日は朝から晴天で、想像以上に眩しい日差しが吸血鬼である葵と誠の体力をかなり奪い取っていたようだ。
「久々だと、やっぱきついな」
「そうだね」
日陰に移動する気力もなくして横になる二人の顔を、悠陽が上から覗き込む。
「大丈夫か? 二人とも」
パタパタと扇子で扇いでくれる悠陽を見上げながら、二人は力なく答える。
「ん~……駄目かも」
「リーダー、起こしてよ」
そう言って誠が悠陽へと両手を伸ばすが悠陽は嫌そうな顔をするだけで、その手を取ろうとしない。
「僕じゃ体格的に楽屋まで運べないし、純ちゃんに頼みなよ」
いくら局ビルのすぐ目の前だとは言え、自分と同じくらいの体格の誠を運ぶのは無理だと告げた悠陽のその言葉に、誠は大きく首を左右に振った。
「嫌ですよ。ただでさえ暑いのに、これで純さんの熱気なんて冗談じゃない」
すると、ちょうどそこへ手に氷袋を持った純がやって来た。
「ひどい、何それ! せっかくマコ達のために氷もらってきたのに……もう知らない!」
「あっ、ごめん。純ちゃん、謝るから!」
ふて腐れたように純がそう言って踵を返そうとするのを、誠は慌てて阻止する。
普段はめったに呼ばないちゃんづけで誠が呼ぶと、純の足がピタッと止まり、ゆっくりと振り返った。
「……反省してる?」
不機嫌そうな表情でそう聞く純に、誠は純が弱い甘えたような眼差しで答える。
「うん、俺が悪かったから。置いていかないで」
「あ~、もう! その捨てられた子犬みたいな目は反則だよ」
これも誠の計算だとわかっていながら、見捨てることの出来ない純は自棄になってそう叫ぶと、誠のもとへと戻ってきた。
「平気? 起きれる?」
「ん……ありがと」
差し出された純の手を取って誠が上半身を起こすと、純はその肩を支えて氷袋を誠へと渡す。
「お姫様抱っこで連れて行ってあげるから!」
「いや、さすがにそれは恥ずかしいからやめて」
本気でそうするつもりの純に、誠はやんわりと断りをいれる。
「肩貸してくれればいいから」
「ダメ、マコと俺じゃ身長差があるもん。お姫様抱っこが嫌なら……せめて、おんぶ!」
それ以上は譲らないというような強い眼差しで見つめ返され、誠は小さく息を吐いた。
「わかったよ。純さんには敵わないんだから」
「はい、じゃあ、乗って」
しゃがんで背中に乗るように促す純に、誠は観念してその身体を預ける。
「ほら。あんた、子供みたいに体温が高過ぎ」
「冬場にはいいでしょ?」
「今、冬じゃねぇし」
なんて、見ている方が恥ずかしくなるくらいの甘い雰囲気を振りまきながら純と誠は局ビルの方へと歩いていく。
「……あそこまでマコが恋愛に執着するとはなぁ」
誠と同じ状態なのに自分だけ置き去りにされたことを怒るよりも、逆に感心したように葵は呟いた。
魔界にいたころは、同じ種族だったためか誠とは仲が良かった葵だが、誠のこんな姿は見たことがなかった。
元々、その小柄な容姿で人に甘えるのが得意で人見知りも全くない誠は周りから可愛がられていたが、そこまで深く付き合いのある友達や恋人という存在は知らず、どちらかというと広く浅い人間関係を築いているような印象だ。
「マコの場合、恋愛に執着というよりも純ちゃんにだよね」
確かに悠陽の言うとおり、誠がここまで誰か一人に構うのは、初めてのことかもしれない。
「まあ、純も楽しそうだし……マコの幼馴染みとしては嬉しいんだけどね」
純の無邪気な性格のおかげで、どれだけ誠の毒舌が緩和されていることか……。
そう葵が素直な感想を零すと、悠陽にしては珍しく声に出して笑った。
「じゃあ、僕達も純ちゃんに感謝しなくちゃね……おっ、葵くんもお迎えきたよ」
「へ? お迎え?」
何のことかわからずに聞き返すと、悠陽はニコニコと笑顔で言った。
「僕じゃ葵くんは連れて行けないからね。ミヤビに付き添ってもらいな。じゃ!」
「えっ、ちょっと、悠陽くん!」
持っていた扇子を葵に渡すと、悠陽はそのまま雅弥とすれ違うようにその場を去って行ってしまった。
「うわ~、置き去りにされた」
「だ、大丈夫? 葵くん」
悠陽が倒れている葵を残していなくなってしまったので、いまいち状況を理解出来ない雅弥が不安そうに葵へと声をかけてきた。
「無理。日陰に行きたい」
「えっ、あ、ちょっと待って」
雅弥は手にしていた氷袋を葵へと渡すと、慌てて葵の腕を自分の肩へと回してその身体を支える。
「ゆっくり移動するからね」
「ん……」
雅弥はその言葉通り、葵へと振動を与えないようにゆっくりと木の下の木陰へと移動していく。
日差しから隠れたベンチに座り渡された氷袋を顔へと当てると、さっきまでの暑さがだいぶ和らいでくる。
「葵くん、何か飲む?」
心配そうに顔を覗き込みながらそう聞いてくる雅弥に、葵は無意識に『血』と答えそうになって言葉を飲み込んだ。
「……スポーツ飲料」
「わかった。今、持ってくるから!」
少し悩んでから答えた葵の言葉に雅弥は素早く反応して駆け出していった。
(なんか……忠実な飼い犬みたい)
本当は吸血鬼特有の貧血なだけなのだが、雅弥が熱中症か何かと勘違いしているようなので、説明を省くためにそのまま誤解させておくことにする。
ベンチに座ってぼんやりと涼んでいると、飲み物を手にした雅弥が戻ってきた。
「はい、葵くん」
「あ、さんきゅ……後で払うな」
「気にしないでよ、これくらい」
飲み物を受け取った葵が言うと、雅弥は笑いながらそう答えて葵の隣へと自分も腰を下ろす。
「気分、大丈夫?」
さっき悠陽が置いていった扇子で葵を扇ぎながら雅弥が心配そうに聞いてくるので、葵は笑顔を作って答える。
「暑さにやられただけだからな。だいぶ楽になったよ」
「そっか」
葵の言葉で、雅弥が安堵したのがあからさまに態度でわかった。そんな雅弥の素直な態度に葵はクスッと笑みを零す。
(そうだ、せっかく二人っきりなんだし……)
「なぁ、ミヤビ」
「何?」
さっきよりも明るいトーンの声で返事が返ってきたので、葵は少しホッとしながら本題に入ることにした。
「お前、主演ドラマの話きてるんだって?」
途端に雅弥の表情が変わり、気まずそうに俯いてしまう。
「……知ってたんだ?」
「この前、マネージャーから聞いた。せっかくのチャンスなのにって心配してたぞ」
「…………」
完全に黙ってしまった雅弥の様子を気にしつつも葵は言葉を続ける。
「お前が何で渋ってるのかは知らないけどさ。せっかくの主演を断るのは俺も勿体ないと思う」
「……ラブストーリーだってのも知ってるんでしょ?」
ポツリと雅弥から質問の声が零れた。
「ああ。お前、ラブストーリーは初めてだけど、新しいジャンルに挑戦するにはいい機会じゃないか。年齢的にもっと早く出てても……」
「葵くんは!」
雅弥にいきなり大声で遮られて肩を掴まれ、葵は驚いて雅弥の顔を見つめ返してしまった。
その表情はどこか怒っているような、辛そうな……普段、あまり見たことのない雅弥の表情だった。
「見世物みたいに演技で恋愛なんて出来るの?」
感情を無理に抑え込んだような雅弥の声に、葵は言葉に詰まる。
別に好き好んで恋愛ドラマに出たいわけではないし、やっぱりちょっと気恥ずかしさはあるが、それが与えられた仕事なら仕方がないことだろう。
慣れない人間界での生活のためにアイドルを続けている葵ですら、そう割り切っているのに、芸能界を目指して入ってきた雅弥がそんなことを言うこと自体、葵にとっては意外だった。
「……ごめん、いきなり」
驚いて何も言えずにいた葵の表情と、まだ片づけで残っていたスタッフ達が二人の不穏な空気に気づき始めたのを感じた雅弥は、そう呟いて葵から手を離した。
そして、そのまま俯き、また黙ってしまう。
そんな雅弥の横顔を見つめながら、葵はかける言葉が全く見つからずに困ってしまった。
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