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第8話
(仕事が第一優先な奴だと思ってたのに……)
実際、今までの雅弥は学校よりも仕事を優先させ、ハードスケジュールの中でも文句を言わずに頑張っていた。
一番、年下なのに誰よりも熱心に番組の打ち合わせに参加して、堂々と意見を言っていたりもした。
初めてドラマのレギュラーがもらえた時は真っ先に葵のもとへ嬉しそうに報告しに来ていたのに……そんな雅弥がここまで嫌がるなんて。
(もしかして、ラブシーンを見せたくない相手がいる……とか?)
葵は、ふと昨夜に見た雅弥似の男のことを思い出した。
もし、あれが本当に雅弥だったとしたら隣にいたのが、たぶん彼女……とまではいかなくても雅弥が特別な想いを抱いている相手なのだろう。
わざわざあんなところで密会していたのは、マスコミにばれるとまずいから。
仕事優先の雅弥なら、それくらいの配慮は当然しているはずだ。
そう考えると、雅弥が今回のラブストーリーを渋っている説明がつく。
「ミヤビ、お前、昨日の夜……」
「えっ……?」
「あっ、いや、何でもない!」
雅弥が驚いたように顔をあげて葵を見つめてきたので、葵は咄嗟に『女の子と一緒にいなかったか?』という質問を誤魔化してしまった。
なぜだか、その質問をしてしまったら、今まで自分が知っていた可愛い後輩の雅弥がいなくなってしまいそうで怖かったのだ。
(俺もいい加減、後輩離れしなきゃ駄目だよな)
そんなことを思って自分自身に小さく笑いを零してから、葵は努めて明るい声で雅弥へと話しかける。
「……確かにラブシーンを人に見られるのって、ちょっと恥ずかしいけどさ、芝居を続けていくつもりなら割り切らなきゃだろ。演技は演技で、本当のお前は……大事な人にだけ見せればいいじゃん。相手だって、それくらいわかってくれるよ」
別に雅弥本人の口から特別な相手がいると聞いたわけではないが、葵はなぜか確信をもってそう雅弥にアドバイスをした。
それに対して雅弥は小さく「……考えてみる」と、だけ返事をした。
◆ ◆ ◆
「はあぁ~……」
雅弥と別れて局内へと戻ってきた葵は楽屋へと向かう途中で大きく溜め息を吐いた。
結局、あの後はずっと気まずい空気がなくならず、雅弥に『一人で考えたいから先に楽屋に戻ってて』と言われてしまい、あの場を後にするしかなかったのだ。
(なんとかしないと、これからの仕事がまずいよなぁ)
そんなことを思いながら、葵は楽屋のドアノブへと手をかけた。
「お疲れさ……」
「ちょっとマコ! ダメだって……んっ」
何も気にせずドアを開けた葵は中から聞こえてきた声に驚いて顔をあげた途端、慌てて室内へと滑り込み扉を閉めた。
そして、次の瞬間には叫んでいた。
「お前ら、何してんだ~!」
なぜなら、そこには上半身裸の純を誠が後ろから抱き締めていてその首筋へと顔を埋めていたからだ。
純のほのかに紅潮している頬や誠の手の動きが、明らかにじゃれ合いの範囲を超えている。
「あ、葵ちゃん。お帰り」
それなのに、そのまま葵へと顔を向けた誠は全く動揺していないどころか、平然とそう言った。
「うん、ただいま……じゃなくて、質問に答えろ!」
「あはは、葵ちゃん、ノリツッコミだ♪」
「うるさい、純バカ!」
さらには、裸で誠の腕に抱かれたままの純にまで無邪気にそう言われて、葵の怒りは限界をむかえる。
そんな葵の様子を宥めるかのように、すでに着替えを終えていた悠陽がのんびりとした声で言った。
「まあまあ、葵くん。落ち着きなって」
「だって悠陽くん。ここ、楽屋だよ? なのにあの二人ときたら……あんなことを……」
葵が必死に訴えると、悠陽は葵の頭を撫でながら説明してくれる。
「仕方ないよ。マコが食事したばかりだから」
「え……?」
その言葉に、もう一度二人の方へと葵が視線を向けると、すでに二人は離れていて誠が言った。
「久しぶりの外でのロケだったからね。我慢出来なくて、純さんに血を貰ったの」
そう言って開いた誠の口からは、確かに普段はないはずの八重歯のような牙が見え、よく見ると瞳の色も金に近い黄色に変わっていた。
「なんだ、そっか……じゃなくて! 楽屋でいちゃつくのも問題だけど、楽屋で力を使うのも大問題だから!」
事実がわかって少しホッとしたのもつかの間で、葵は再度、みんなに向かって言う。
(何度も何度も『注意しろ』って、前にも言ったのに、何でみんなはわかってくれないんだ)
葵は縋るように悠陽の両肩を掴む。
「悠陽くんも見てたなら、ちゃんと止めてよ! 何度も言うけどね、悠陽くんは俺達、魔界の者にとっては大事な後継者なんだから。悠陽くんがちゃんとしてくれないと、お供についてきた俺が魔王様に合わせる顔がないよ」
最後は半泣きになりつつも、葵が悠陽に訴えると、悠陽は優しい笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、葵くんはちゃんと役目を果たしてくれてるよ。僕が保証する」
「悠陽くん……」
少し感動しながら見つめ返した葵に、悠陽から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「でもね……せっかくの人間界なんだから、葵くんも悩み過ぎないで楽しまなきゃ。吸血鬼のくせに生き血が吸えないってのも克服しないとな~」
グサッ!
そんな音が聞こえてきそうなくらい、悠陽の言葉が葵へと刺さる。
「それ、言わないでよ……かなり気にしてるんだから」
悪気がないぶん、それが悠陽の本音なのだとわかって葵はさらに傷つく。
「ごめんごめん。でも、吸血行為が出来ないと、葵くんの能力にだって影響してくるんだから頑張らないと……それに葵くんは僕達の正体がばれないか心配しているみたいだけど、みんながいるんだから大丈夫! 安心してよ」
普段はのんびりとして、何を考えているかわからないことが多い悠陽だけど、こうして周りを安心させてくれる雰囲気は、さすが一国の王の血筋を引いているだけのことはあるのかもしれない。
そう思って、葵が尊敬の眼差しを向けたというのに……。
「じゃあ、そろそろ夜釣りに行く時間だから、僕先に帰るね」
今の真剣な表情はどこに行ったのかと聞きたくなるくらい、一気に空気が変わってしまった。
「やたらと着替えが早いと思ったら……そういうことですか」
「まあね」
呆れたように誠が言ったのに対して、悠陽は嬉しそうに自分の荷物を手にした。
魔界は人間界と違って天候があまりよくなく、その中にある池ではとても生物が生息出来る状態ではない。
そのせいか、人間界に来て初めて水の中を泳ぐ綺麗な魚を見た悠陽はすっかりそれの虜となってしまい、今では見るだけでは飽きたらず釣りまでもが趣味となっている。
そして、悠陽は釣り上げた魚を自ら捌くというところまで成長していて、事務所が用意をしてくれた隣同士で暮らす葵の部屋までそれらを届けてくれることも珍しくない。
「リーダー。気をつけてね」
「おう、ありがと。じゃあ、お疲れ~」
純の言葉に手をあげて応えると、悠陽はウキウキとした様子で楽屋を出て行ってしまった。
「さすが、我が国の跡取り……マイペースですねぇ」
悠陽の消えていった扉を見つめながら誠が呟いた。
「魔界には色んな種族がいるのに……あれで大丈夫かなぁ」
魔界には気性の荒いタイプだっている。
悠陽が魔界を継ぐとなると、そんな彼らも相手にしなくてはいけないのだ。
「まあ、あれくらいのマイペースじゃないと、逆に無理なんじゃないですか?」
葵の心配を、誠がそう言って慰めてくれる。
「魔界に色んなタイプがいるのは確かだよね。だって葵ちゃんとマコだって同じ吸血鬼なのに、全然違うもん」
いきなり純に言われ、葵と誠はお互いに顔を見合わせてしまった。
「俺と違って葵ちゃんは王家に仕えるエリート家系ですからねぇ」
「そういうマコは家系に関係なく、王家から直接、仕事を任されてるだろ」
純の件に関しても、魔界で知っているのはごく一部の者だけで、誠は極秘に王家から命じられたのだ。
「内部の者より使いやすいってことじゃないですか?」
「それにしたってすごいことじゃないか……それに比べて俺はエリート家系に育ったくせに吸血行為も出来ないし、高い所嫌いだし……」
そう呟きながら、葵はのろのろと服を着替え始めた。
「葵ちゃん、さっきのリーダーの言葉、そんなに気にしてたんだ?」
純に聞かれて、図星な葵は落ち込みつつソファへと腰を下ろす。
「やっぱり、なんとかしないと駄目かなぁ」
「まあ、焦る必要はないんじゃないですか?」
「そのうち出来るようになるって!」
葵の真剣な呟きに、誠と純も気を使ってくれる。
吸血行為が出来ない葵は今は人間界にある、魔界の者達だけが利用するショップで血を買っているわけだが、いざという時の保存食みたいなものなので、本来の生き血のような効果は弱い。
それが悠陽の言っていた『能力に影響する』ということなのだ。
「でも、あの牙が肉に食い込む感覚が恐いんだよな~……加減を間違うと大変だし」
「そっか、葵ちゃんは魔界で慣れる前にリーダーのお供で人間界に来ちゃったのか」
誠の言葉に葵は頷いた。
葵達の行う吸血行為は、加減をすれば相手には軽い貧血程度でたいして問題はないが、やり過ぎると死なせてしまう場合もある。
だから、人間を相手にする前に魔界でその力加減を学ぶのだ。
葵は牙を肉に食い込ませる感覚が恐くて吸血する前に断念してしまい、本格的な練習はそれっきりになっていた。
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