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第9話
「俺は純さん相手にしか今は吸血行為しないからなぁ。あまり力加減、気にしてないや」
人間と違って魔界の血が流れている純が相手なら、多少やり過ぎたとしても命の心配はない。
「俺も魔界のパートナーが見つかればなぁ」
「リーダーがいるじゃん」
のん気にそんな提案をしてきた純に、葵は慌てて言い返した。
「悠陽くんにそんなこと出来るか!」
確かに悠陽なら魔界の者だし、王子なくらいだから丈夫だろうけど、王家の者の血を貰うなんて恐ろしいことが葵に出来るわけがない。
「まあ、確かにね~。死なないとはいえ、深く噛まれれば痛みを感じないわけじゃないし」
(いや、痛いか痛くないかの問題じゃなくて、悠陽くんは一応、王家の者だから)
純の天然発言に、そう言い返す気力もなく葵が黙っていると、誠がニッと笑って言った。
「そんなこと言ってるけど、痛くされた方が感じるんじゃないの?」
「それはマコの吸血行為の副作用だろ。痛いのがいいわけじゃない」
誠の言葉に純は頬を膨らませて拗ねたように反論した。
「吸血行為の副作用って?」
「ああ……なんか俺達に血を吸われると、相手は性的快感を感じるみたいですよ」
葵の問いに、誠がそう教えてくれた。
そういえば、そんなことを前に聞いたような気がするが、吸血行為をしたことがない葵には実感がない。
「特に淫魔の純さんなんかよけい快感に弱いから、せっかく食事してもその後体力使わせられて大変なんですよね」
笑いを含んだ声でそう言った誠の言葉を疑問に思っていると、いきなり純が大声をだした。
「わかってるなら、最初から加減すればいいだろ! 我慢出来ないくらいまで追い込むマコが悪いんじゃん!」
「そういう純さんこそ、俺から精気貰ってんだからお互い様でしょう」
(ああ……そういうことね)
つまりは誠が加減もせずに吸血を行うせいで、純の淫魔としての性的欲求が我慢出来なくなるということなのだろう。
だから純は誠の食事である血をあげる代わりに、誠は純の食事である精気を与え、ついでに性欲も解消させてあげているということだ。
(まあ、魔界の常識で考えたら同性同士なんてたいした問題でもないし)
目の前の痴話喧嘩を眺めながら、葵がそう思っているといきなり誠が葵へと向かって言った。
「後の責任もちゃんと取るって言うなら練習相手に純さん貸そうか?」
「はあ?」
その発言には葵と純、二人キレイに揃って聞き返してしまった。
恋人からの突然の謎の発言に当然、純本人が反論した。
「人を物みたいに言うなよ!」
「たまには違う精気を貰うのもいいんじゃない?」
「俺にだって好みがあるの」
純が膨れながら誠へと文句を言う。
(そうだよ、だいたい『違う精気』って……まさか、俺にマコみたく吸血した後に純の性欲の面倒みろってことじゃないよな?)
葵としては誠に勝手にそんな提案されるのも納得出来ないが、純にはっきり「好みじゃない」と拒否されるのも地味に傷つく。
(いや、拒否してくれるのはいいんだけど、もうちょっと言い方ってものが……)
複雑な思いで葵がショックを受けていると、今度は純がとんでもないことを言い出した。
「だって、葵ちゃんに対しては精気を貰うよりも、俺の方からあげたいって思うんだもん!」
(…………は?)
「あ~……その気持ち、わからなくもない」
「でしょ? 絶対、そっちの方がいいと思う」
あまりのことに思考が働かず葵が黙っている間にも、純と誠は勝手に盛り上がり始める。
「散々、焦らして泣かせてみたくなるの。それで可愛くおねだりして貰ったりさ」
「なんか、葵ちゃんって苛めたくなるタイプなんですよね」
(ちょっと待て……なんか話が変な方向にいってないか?)
言葉は出てこなくても、話の展開が不穏な流れになっていくのだけはわかる。
「葵ちゃんの練習ついでに、三人でってのも楽しそうですね」
「それなら俺、葵ちゃんの練習相手になってもいいよ♪」
「だ、大丈夫だから!」
身の危険を感じた葵は二人の会話を遮ると、慌ててそばにあった自分の荷物を掴んでドアへと向かった。
「二人の気持ちは嬉しいけど、吸血行為に関しては自分でなんとかしてみるよ。だから協力は……遠慮します!」
それだけ叫ぶと、葵は逃げるように楽屋を走り去った。
いくら吸血行為のためとはいえ、淫魔の純とその純を満足させているマコの二人を相手になんて冗談じゃない。
(そんなことまでして、本来の能力なんて欲しくないよ!)
楽屋からだいぶ離れた所まで逃げて、葵はようやくそのスピードを緩めた。
「はあ~……やっぱり自分でなんとかするしかないか。うわっ!」
「……っ……」
何も気にせずに廊下の角を曲がった葵は目の前からきた相手と思いっきりぶつかってしまった。
「す、すみません!」
慌てて葵は目の前の人物に謝ったが、その相手の顔を見てさらに驚いてしまった。
「ミヤビ!」
見知った顔に少しホッとしつつも、さっき気まずいまま別れた相手に葵は少し戸惑ってしまった。
すると、雅弥の方から不思議そうに聞かれた。
「まだ帰ってなかったんだ? 何かあったの?」
「あ~……いや、とくには」
(何かがあったと言うべきか、なかったと言うべきか……)
迷いながらも、葵はそう言葉を濁した。
だが、それよりも葵は雅弥の様子の方が気になった。
あれからだいぶ経つというのに、雅弥は楽屋に戻ってこなかったし、今も雅弥が向かおうとしていた方向は楽屋に戻るにはだいぶ遠回りになる。
「お前こそ、帰らないの? 悠陽くんは夜釣りだってもう帰ったし、マコと純も帰る用意してたよ」
他のメンバーの状況報告をしながら聞くと、雅弥は少し言いづらそうに言葉を出した。
「怪我したから……とりあえず、医務室で止血してから帰ろうと思って」
その言葉に雅弥が右手で隠していた左手に目をやった葵は、つい顔を歪めてしまう。
「うわ、大丈夫かよ?」
なぜなら雅弥の左手はどこかでも叩いたのか小指側が全体に赤くなっていて、さらには切ってしまったらしく血が流れてきていた。
「血の量にしては、そんなに深く切ったわけじゃないから」
雅弥がそう説明するのを聞きながら、葵は雅弥の赤い左手から目が離せずにいた。
(まずい……帰るまでなら大丈夫だと思って予備の血を飲まなかったのに)
葵は自分の中で何かが脈打つのを感じる。
「痛みもそんなにないんだけどね……葵くん?」
戸惑ったように雅弥が葵の名前を呼ぶのも、葵にはどこか他人事のように聞こえていた。
「ちょっと、葵くん!」
「え……」
いきなり慌てたように雅弥に大声で名前を呼ばれ、葵は我に返った。
どうやら葵は、無意識のうちに雅弥の手をとりその傷へと唇を寄せていたようだ。
「あっ……ご、ごめん!」
「葵くん……耳が……それに、目も……赤い?」
慌てて握っていた雅弥の手を離して謝ったが、雅弥からあ然とした様子でそう指摘され、葵の身体が強張った。
突然の生き血への欲求に、吸血鬼としての変化が身体にも現れてしまったようだ。
「えっと、これは……」
悪魔ほどではないが、明らかに人間よりも尖った耳と真っ赤な瞳。それに吸血鬼の証の牙も出てきてしまった。
(散々、みんなに気をつけろって言ってたのに、自分自身がこんな失敗するなんて……)
よりによって同じグループのメンバーである雅弥にバレたら、誤魔化せるわけがない。
誠みたいにうまく切り抜ける自信がなかった葵は、どうすることも出来ずにその場を逃げ出そうとした。
「ちょっと待って!」
すると、いきなり右手を痛いくらいの力で雅弥に掴まれた。
驚きつつも振り返ると、雅弥が逃がさないとでもいうような真剣な表情で葵を見つめていた。
「ちゃんと説明してくれるよね?」
そう言って拒否することを許さないような強い瞳で見つめられ、葵は真実を話す覚悟を決めた。
雅弥は同じグループのメンバーだ。
このまま隠して仕事を続けていくことなんて出来るわけがない。
(他のみんなのことはともかく、自分のことだけでもちゃんとミヤビには話さないと)
そう決意した葵は、雅弥からの問いに小さく頷いた。
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