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第10話※

 それから、とりあえず雅弥の止血を終えて、葵達はそのまま雅弥の家へと向かった。  他の人に聞かれることのないようにするには、それが一番確実だと思ったからだ。 「適当に座ってて」 「あ……うん」    雅弥に促されて葵は居心地悪そうに、近くのソファへと腰を下ろした。  これだけ長い付き合いだというのに久しぶりに訪れた雅弥の部屋は、想像以上に荷物が片付いていて少し大人っぽい雰囲気だった。  最後に入ったのは、雅弥が高校を卒業して一人暮らしを始めるので引越しを手伝った時だっただろうか。  なんでもない時なら、物珍しい光景にテンションもあがるんだろうが、状況が状況なだけに、今の葵にそれを楽しむ余裕なんてない。 「はい、葵くん」 「さんきゅ……」    雅弥に手渡されたコーヒーを受け取り、そのまま二人、無言でカップを口にする。 「あの……さっきのことなんだけど……」    静かな空気に耐えられなくなった葵は、自分から話を切り出した。 「お前のことだから、他の誰かに言うなんてないと思うけど……」    雅弥が黙ったまま、真っ直ぐに葵の顔を見返しているのを確認して、葵は大きく深呼吸をしてから言葉を続けていく。 「……実は俺、吸血鬼なんだ。だから、お前の血を見て、つい……」    その言葉に雅弥の表情が驚いたような、呆れたような……僅かな変化を見せた。 (そりゃそうだ、いい年した男が『俺、吸血鬼なんだ』なんて、何ふざけた冗談言ってんだって思うよな)    雅弥に呆れられて追い出されないうちに、葵は一気に話し出した。  人間とは違う存在が住む魔界のこと。  葵はその魔界から来た吸血鬼だということ。  少しでも雅弥に信じてもらおうと、葵は吸血行為が苦手なことも含めて自分のことは殆ど説明した。  さすがに悠陽達にまで迷惑はかけられないので、悠陽達の正体は隠したままで、葵の正体をみんなは知っている、とだけの説明に留めておいた。  そして、全てを聞き終えた雅弥が一言言う。 「葵くん……生き血が吸えないって吸血鬼としてどうなの?」    本日二度目の言葉の棘が葵へと突き刺さる。 「うるさいなぁ! 俺が一番、わかってるんだよ、そんなこと。気にしてるんだからいちいち言うな!」    完全な八つ当たりだとわかっているけれど、葵はそう怒鳴らずにはいられなかった。  魔界の王子である悠陽に言われるならまだしも、人間で年下の雅弥にまで言われるなんて……葵にだって吸血鬼としてのプライドがある。 「ごめん、悪気はなかったんだよ」    いきなり葵が怒ったせいか、雅弥が慌てて謝ってきたが、その無意識の本音がさらに葵を落ち込ませた。  そんな葵の様子を励まそうとしたのか、雅弥が突然提案してきた。 「わかった。じゃあ、俺が葵くんの吸血行為の練習相手になるよ」 「はあ?」    自分の血を吸っていいなんて言い出す雅弥に、葵は半信半疑で聞き返してしまった。  すると、どうやら雅弥は本気だったようでソファから立ち上がったかと思うと、今度は葵の横へと座り直した。  そして、葵の顔を覗き込んで囁く。 「その代わり……葵くんをちょうだい?」 (……え? 俺を何だって?)    予想もしなかった雅弥からの要求に、葵は言葉も出せず雅弥の顔を見つめてしまった。  すると、今までに見たことがないようなくらい大人の男の表情をする雅弥が目の前にいる。 「俺の血を吸わせる代わりに、葵くんを抱かせてってこと」 「だ、抱かせる?」    すぐには雅弥の言った意味が理解できずに、葵は驚いて聞き返してしまう。  それなのに、動揺している葵とは対称的に雅弥は余裕の笑みで返してくる。 「葵くんは欲求不満も解消出来るし、吸血行為も克服出来る……悪い条件ではないでしょ?」 (勝手に欲求不満って決めつけるな!)  確かに今はそんな相手もいないが、年下の後輩にはっきりそう言われると、なんだか悔しい。  そもそも欲求不満というのは別にしても、この取引で葵は『血が吸える』というメリットがあるが、雅弥にとっては何の得があるというのだろうか。  確かに芸能界では同性同士も珍しくないし、魔界の感覚で考えたら対して衝撃もないけれど、まさか自分がその立場になるなんて葵は考えたこともなかった。  そして、よりによって同じグループのメンバーである雅弥がそんなことを言い出すのも予想外だ。  いくら普通の人間じゃないとはいえ、葵だって雅弥と同じ男だし。それを抱きたいなんて雅弥の考えがわからない。 (だいたい……お前、大切な人がいるじゃん)    葵が必死に考えを巡らせていると、そんな複雑な想いが顔に出ていたのか雅弥が小さく呟いた。 「……俺も恋ドラの勉強になるし」 (ああ、そういうことか)    今回のドラマにどこまでラブシーンが組み込まれるかは知らないが、これを機に今後の雅弥の仕事にそういったシーンが全くないとは言い切れない。  その時のために、人に見せるためのラブシーン……つまりはちゃんとした『見世物』になるように雅弥は練習したいと言っているのだ。 (それは確かに……本命には頼めないよな) 「俺に抱かれるの……嫌だ?」    葵が一人で考え込んでいると、雅弥がそう聞きながら右手で葵の耳元を掠めて髪を撫で、顔をさらに近づけてくる。 「嫌っていうか……その……」    整いすぎた雅弥の顔のアップに葵の頭は混乱してしまい、うまく言葉が返せない。  雅弥に抱かれたいかと聞かれれば答えはノーだが、断ったことで今後のグループ活動に影響はないのだろうか。 (でも、いくら俺とは練習だからって、彼女に対して失礼だよな。いや、まだ彼女じゃないのか? そもそも、マコと純とは違って、人間であるミヤビと関係を持ってしまうのもどうなんだ?)  葵が頭の中でグルグルとそんなことを考えていると、鼻先が触れ合うくらいの距離まで雅弥の顔が近づいていて、甘く囁かれた。 「嫌じゃないなら……いいよね」    そして、そのまま雅弥の唇が葵の唇へと重なってきた。 「んぅっ……」    驚いて声をあげてしまいそうになったために出来た隙間から、そっと雅弥の舌が口の中へと差し込まれた。  そして、そのまま葵の舌を絡めとってくる。 (いきなりディープかよ!) 「ぅ、ふぁ……」    息継ぎをしながら、何度も雅弥の唇が重なってくるうちに、だんだんと葵は頭がボーっとしてくる。 (やばい、なんか……気持ちいい)    最初は彼女に対して失礼だ……とか、人間の雅弥と……なんて色々と迷っていたのに、すでに葵は雅弥とのキスに夢中になっていた。 「……そんなに良かった?」 「え……?」    いつの間にか顔を離していた雅弥に顔をのぞき込まれながら聞かれ、葵は理解できずに聞き返してしまった。  すると、クスッと小さく笑ってから雅弥が右手で葵の頬を撫でて言った。 「なんか、トロンとした顔してるから」    その言葉に我に返った葵は、急激に熱が顔に集まるのを感じた。  きっと色も真っ赤になっているはずだ。 (年下の男にキスされて惚けるなんて恥ずかしすぎる!)    慌てて雅弥から離れようとすると、ちょっとの差で腕を掴まれ引き戻される。 「葵くん、可愛い」 「なっ……んむっ」    反論しようと開いた口を、またもや雅弥のキスで塞がれてしまい、悔しいけれど抵抗する力が弱まってしまった。 (……だって、予想以上に気持ちいいんだもん)  おとなしくキスを受け止める葵の服の裾から、雅弥の手が滑り込んできてわき腹を直に撫でる。 「あっ……」    そのまま手が上へと移動してきて、軽く指先で胸の突起を摘まれピクッと葵の身体が跳ねた。 「反応いいね」    唇を舐めながらそう囁かれ、恥ずかしさから雅弥の身体を押し戻そうとするが両方の胸を弄られると、力が抜けていく。  すると、いきなり後ろへと押され、男二人で横になるには少し狭いソファへと押し倒された。 「うわっ!」    驚いた葵を気にすることなく、雅弥は葵の服を首もとまで捲り上げ直に胸を舐めてきた。 「あ……んっ……」    葵が小さく声を零してしまうと、さらに大胆に雅弥が舌と指で左右を刺激してくる。 「ちょっ……ミヤビ!」 「……なに?」    とっさに葵が大声を出して制止すると、少し不満そうに雅弥が聞き返してきた。 「あ、その……ここで、すんの?」 「えっ……?」    葵の問いに、雅弥が少し驚いたような表情を見せた。  だって、絶対に汗をかかないわけがないし、ソファを汚してしまったらシーツとかと違って洗濯することも出来ない。  雅弥のお気に入りであろう家具をそんなことで汚してしまうのは、申し訳なさすぎる。

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