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「入学式後の生活リズム」クリスマス番外編

「おとうさん、あのね、パパがサンタさんなの」  時は12月25日、ジンはなるべく早めに仕事を切り上げた。会社から一歩出た瞬間に夫のアルトに電話をかけるのは日課だ。この電話がかかってきてから夕飯を作り出すとタイミングが合うのだとだいぶ前に教えてもらって以来欠かさず電話をかけていた。 「リト、パパはそこにいるのか?」 「うん!でもあげものしてるから、リトにでんわでてって」  なるほど、とジンはつぶやきフェリー乗り場へ向かった。勤務先から徒歩5分のところにある乗り場から自宅のある島までフェリーで40分ほどだ。下船したら車に乗って家まで10分。  ジンはこの生活を気に入っていた。確かに通勤は面倒くさいかと聞かれたら、移動に時間はかかるな、と思う。だけどそれ以上に島での生活と3人家族でのびのびと住める環境、リトの学校に、アルトのコミュニティ活動などを考えると、これが最適なのだ。  何よりもこの島はアルトのお気に入りであり、二人の思い出の地であった。  そんな島で初めて迎えるクリスマス。数日前から「サンタ」「プレゼント」を連呼するようになった息子は、小学校で作ってきた飾り物で家をデコレーションし始め、サンタに手紙を書いた、送ってくれとジンに渡してきた。  「字が書けるようになったってすごいよね」と夫のアルトは目をうるわせていたが、ジンはいつまでサンタを信じるのだろうかと不思議でしょうがなかった。 「で、パパがサンタなのか?」 「うん!」 「そうか、分かった。おい、リト、もうすぐフェリーに乗るから帰ったら続き話そうな」 「わかった!」  小学校に入ったばかりのリトが、サンタの正体はアルトであると結論づけたのだとジンは理解した。無論それが誤解であったと理解するのは、玄関の扉を開いた5秒後の話なのだが。 「ただいまー」 「パパー!おかえりー!」  ここまではいつも通りだ。玄関で待っていたリトがジンの腰にまとわりつき、革靴を脱ぐジンの手からかばんを受け取る。リトにとって、大きすぎるそれを両腕に抱えて慎重に運ぶ姿は何度見ても飽きないものだ。 「アルト、キッチンか?」  廊下を先行くリトのあとを追って、キッチンへと向かってもアルトはいなかった。代わりに聞こえたのはワイヤレススピーカーから流れるクリスマス定番の曲と、カチャリと開いた寝室の扉の音だった。 「ジン……おかえり」  扉の隙間から顔だけを覗かせたアルトの頬は赤かった。 「ただいま。どうしたんだそんなとこで」 「ん、いや、なんでもないんだけど。僕やっぱ着替えてくる!」 「は?おい、着替えるってなんで?」  待て、と扉の向こうに消えていく腕を掴むと自分より何倍も細い体を抱きしめた。胸に額を付けたアルトの頭には白くてもこもこ縁取りのついた赤い帽子、家着の代わりに上半身にまとっているのは赤い上着だ。 「久しぶり、サンタさん」 「9時間前にあったよ」 「久しぶりじゃないか、こんな長い時間離れ離れになっていたなんて」  スルリと自然な流れでアルトの腰をなでたジンはあることに気づいた。下半身を隠している布が、あるところで終わるのだ。そう、ちょうど太ももが始まる辺りで。 「アールートー?何だこれは?」 「サンタのコスチューム」  両肩を掴んだまま距離を取ると、愛する人の顔が至近距離に見えた。照れ隠しなのか大きな瞳がふわふわと足元を見つめている。むき出しの太ももがやけに目立った。 「サンタの」 「そう、リトと仮装してジンを驚かそうって計画立てたの」 「それでリトはトナカイの格好してるわけか、かわいいなあれは」 「でしょ?サイズがちょっと大きいから来年も着れると思う」  ほう、と吐き、ジンはダイニングテーブルで待つ息子に目をやった。頭に乗ったカチューシャには茶色い角が生えていて、鼻には赤いペイントが塗られている。着ぐるみパジャマを思わせる茶色いコスチュームは、誰がどう見ようと、世界で一番かわいいトナカイだった。 「それはわかったけど、お前はなんでミニスカ履いてるんだ?」 「うぅ……だって、リトが絶対これがいいって言ったから」 「リトが?」 「パンツのも試着したんだけど、リトがこっちのほうが似合うからって」  息子に押されてノーと言えずにアルトはミニスカサンタとなったらしい。帰宅して着替えると、とてつもなく恥ずかしくなったらしいが、夕飯の支度とジンの帰宅の間に着替える時間がなく、ミニスカサンタのままでいたと言うことだ。  良くやった、とジンはテーブルに並ぶおかずをつまみ食いしているリトに心の中で褒めた。 「おい、アルト」  ギュッと抱きしめ、今夜は寝かさないぞ、と囁いたジンを見つめ返したアルトの瞳はいつも以上に潤んでいた。  両手で頬を隠したままダイニングテーブルへと向かったアルトのあとをジンも追った。 「よし、夕飯にするぞ」 「ちがうよ、クリスマスパーティーだよ!」 「おっとごめん、リト。そうだな、パーティーだ」  もちろんジンにもコスチュームは用意されていた。裾の長さが少し足りていなかったが、大きなトナカイと化したジンは、小さなトナカイとミニスカサンタとのクリスマスを大いに楽しんだという。  リトが眠ったあとに、サンタと大きなトナカイが何をしたかはみんなの想像通り。良い子にはサンタが来てプレゼントをくれる。大人になってもそれは変わらないらしい。  メリークリスマス! From ジン、アルト、リト Fin.  

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