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第6話
「うお! ちょ、ま、苦しい。なぁ、おい。君島って!」
「連絡ひとつ寄越さずいい気なモンですね。そんなに楽しかったですか? 西東社長の娘との食事の席が」
「おいおい。何言ってんの、おまえ」
後ろにふらりとよろけながらも、笑いながら君島の身体を受け止め、そっと背中を撫でる筧の温かな手に妙にほっとする。
「遅くなって悪かったよ。食事のあと社長に無理矢理娘と二人きりにされてな」
──は? 二人きり?
驚いて筧の顔を睨みつけると、筧がそれを察して言葉を続ける。
「いやいやいや……『あとは若いモンで~』みたいな感じで、近所のカフェに無理矢理な? べつにちょっとコーヒー飲んだくらいだけども」
「どんな子でした? その娘」
「……どんな子、って普通に可愛いらしい子だったぞ。西東社長とは全然似てねぇな。たぶん奥さんが美人なんだろうな」
筧の彼女に対する“可愛らしい”という些細な言葉にさえ、こめかみがピクリと動く。
筧がほんの少しでも、自分以外の人間を褒める言葉など正直聞きたくもない。
筧がゲイだというのは出会ってしばらくして知った。始めはそうかもしれない、という勘だけであったが、カマを掛けたら筧はあっさりそれを認めた。
もちろんそれを知られたくはないみたいだったが、君島がゲイであるとことを知っている手前フェアじゃないとでも思ったのか、隠すようなことはしなかった。
自分と付き合う前はバリバリのタチで、筧は本来中性的な“可愛らしい男”が好みのタイプだと言っていた。
いつ何時、筧好みの“可愛らしさ”を持つ誰かに、心変わりされるのではないかと君島は内心気が気ではないのだ。
「可愛らしい女にグラつきでもしましたか」
不機嫌さを隠さずに訊ねると、筧が何を言ってんだとばかりに表情を崩す。
「バァカ。んなわけねぇだろ。何をそんなにカリカリしてんだよ? 知ってんだろ? 俺は女に興味はない。つか、美人さっつうか、可愛さならお前のほうが断然上だわ」
「……は?」
これは褒められているのか。それとも顔だけだと言われているのか。
「……バカにしてんすか?」
「だから……何をそんなカリカリしてんだって。ホント意味分かんねぇな」
そう言った筧が依然抱き締められたままの状態で、君島の背中を優しい一定のリズムで叩く。まるでへそを曲げた子供をあやすように。
「なぁ。──先に結論聞きたいんだろ? なら、まず俺に話をさせろよ」
筧の言葉に君島は素直に頷いた。彼の肩に顎を乗せたまま大人しく次の言葉を待つ。
「つか、この体勢はどうにかなんねぇの?」
「なんないです」
君島は未だ筧を腕に抱きしめたままでの状態で、筧が少し苦しそうに息を吐いた。
「社長いなくなってからちゃんと二人で話したよ。見合いってのも、結局は社長が勝手に盛り上がってただけで、娘さんのほうは全く乗り気じゃなかったんだと。向こうも父親のあまりの強引さに一度会っておけば納得するかと思って今夜のことを了承したそうだ」
そう言いながら筧がふぅと息を吐いた。
「いい娘さんだったよ。『父には改めて私が断っておきますから』って言ってくれて」
その言葉に君島はようやく、筧を抱きしめる腕の力を緩めた。
「……じゃ、もうこの話はこれきりってことですか?」
「最初から言ってんだろ? 一度会うだけだって。娘のほうから断ってくれりゃ、俺の立場も悪くはならない。すべて丸く収まったってことだよ、納得したか?」
筧の言葉に心底ほっとした君島は、力が抜けたようにへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
「おい。どうした、君島⁉」
「や。……ほっとして」
ふ、と笑った筧の手が君島の頭の上に伸びて、その髪をクシャクシャとかき混ぜた。
筧はあえて目線を合わせるように同じようにその場にしゃがみ込んで真っ直ぐ君島を見つめる。眼鏡のレンズ越しの目は、相変わらずとても優し気だ。
ああ、まただ。この男のこの表情に、俺は弱いんだ。。
「変な奴だなぁ。どうしてそこまで……。俺みたいなの、そうそう若い女の子に気に入られたりするかよ」
いつかの出来事を彷彿させるこの鈍感発言。
本当、自己評価が低すぎる人間はいろいろと鈍くて困る。
「前にも言いましたけど、筧さん結構モテるんですよ? 俺がアンタ落とす前にどれだけ予防線張って、アンタ狙いの女ども蹴散らしたと思ってるんですか!」
「だから、それおまえの勘違いだろ。んなわけねぇ」
「──だから、なんでそうなんすか、アンタは」
鈍い奴はとことん鈍い。その鈍さが、ある意味罪だということをこの際とことん教えてやるべきか。
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