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第5話

 一人暮らしをしているマンションの部屋に帰り、真っ暗な部屋の電気をつけた。  部屋の中を見渡すと、いつの間にかそのどこかしこに筧の形跡が残っている。互いに多くの物を持ち込むことはしていないが、筧が忘れて行った服や小物、読みかけの本などが、さりげなくその存在を主張している。  付き合い始めの頃は君島が一方的に、かつ強引に筧の部屋に押し掛けることがほとんどだったが、ここ最近は筧が何の連絡もなく突然やってくるということもさほど珍しくはなくなった。  自分ばかりが会いたいのではなく、筧ももしかしたら自分と同じように思ってくれ始めているのでは? などとようやく一方通行ではなくなりつつある距離感に安堵を覚え始めた矢先にこの仕打ちだ。  リビングでスーツを脱いだ君島は、半ば八つ当たりのように乱暴にシャツを洗濯機に放り込んでシャワーを浴びた。  「──ったく。断れよ、あんなん!」  恨みがましい言葉を吐きながら、滴るシャワーの水が身体を伝って排水溝に吸い込まれていくのをぼんやりと見つめていると、筧の顔が脳裏にチラつく。 「……マジキモイ、俺」  惚れられたことは数知れずだが、自分から惚れて、しかもここまで本気になったことなど初めてだ。  筧に認められたい、褒められたい──そんな一心で仕事に力を入れ、その努力の甲斐あってか筧にも部署内の人間にも認められるようになり、この春にようやく大きな取引先の担当を任されることになった。  一人前と認められるようになったところまではよかったが、自分が完全に独り立ちしたことで、なんだかんだ面倒見のいい筧は、また今年も新人教育を任されることになった。  今まで自分がキープしていた筧の隣というポジションをまるでやる気のなさそうなフワフワした新人に独占された挙句、仕事柄社外に出ている時間のほうが多く、同じ職場にいても筧と顔を合わせるのは朝と夕方程度になってしまった。  筧は筧で全くやる気のなさそうな今年の新人教育に相当手こずっている様子で、帰社後は残務処理に追われているため、以前のように仕事のあとの約束を取り付ける隙も無い。  やっとのことで取り付けた今夜の約束さえ、取引先に邪魔され反故になるなんてツイてないにも程がある。  風呂から出て、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。リビングのテーブルの上に放置されたスマホで時刻を確認。すでに午後十一時近い。 「飯食って帰るだけにしちゃ、遅すぎんだろ」  不安が大きいと、無意識に独り言が多くなる。  食事を済ませて、二人で飲み直してるとか?   案外、いい雰囲気になっているのかも?   筧が女性を持ち帰るようなことする軽薄な男ではないのは分かっているが、逆に相手に持ち帰られるということも考えられる。 「あの人、押しに弱いとこあるんだよ……」  筧は基本的に人がいい。  君島がアプローチしていた頃からそうだが、相手から強引に迫られて断わり切れずに……なんてことも絶対にないとは言い切れない。事実、今夜の食事会という名の見合いの場がまさにそれだ。 「くっそ、ムカつく!!」  自分の勝手な想像ではあるが、そんな想像にさえイライラが募っていく。  君島は手にした缶ビールを一気に飲み干して、空になった缶をグシャッと片手で握り潰した。  ──その時、ガシャン! と玄関のほうから物音が聞こえはっとした。この部屋の鍵を自由に開けることができる人間など自分の他には筧ただ一人しかいない。  握り潰した缶を放って慌てて玄関へと向かうと、ちょうどドアを開けて部屋に入って来た筧と目が合った。 「おー悪かったな。遅くなって」  靴を脱ぎながら、少し酔っているのか「ははは」と気の抜けた声で笑いかけてくる筧の姿に安心すると同時にふつふつと込み上げてくる怒り。  あーもう! そんな呑気なテンションで帰ってくんじゃねぇよ! 俺がどれだけ──。  そんな思いをぶつけるように、筧を乱暴に抱きしめると、その反動で筧の手にしたバッグがドサッと音を立てて床に落ちた。

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