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第4話

 クサクサした気持ちのまま独りの部屋に帰る気にもならず、君島は以前よく顔を出していた馴染みのバーに立ち寄った。  鉄製のドアの重みと独特の空気感が少し懐かしい。ドアを開けると、見知った顔が君島を見て、大袈裟なくらい驚いた顔で出迎えてくれた。 「あっれ、君島くんじゃーん! 随分久しぶりじゃない!」 「お久しぶりです」 「就職したって聞いてたけど──急に顔出さなくなったから、何かあったのかってしばらく常連さんたち大騒ぎだったよ」  マスターが自分の顔を覚えていてくれたことにどこかほっとした。  ここは知る人ぞ知る、その手のバー。表向き普通のバーとして営業しているが、同性愛者が、夜な夜な出会いを求めてやって来る裏の顔も合わせ持つ。  大学時代は、君島自身もここで適当な相手を探し、気の合った相手と関係を持っていた。  後腐れない大人の関係、というやつだ。 「どうしてたの、最近」   マスターが「ここ座んなよ」とカウンターに座るよう促し、君島は促されるまま空いている席に座るとビールを注文した。 「仕事でバタバタしてたってのもあるんですけど。ここ最近は、好きな男一筋の真面目なお付き合いをしてまして」  君島が答えると、マスターが小さく肩をすくめた。 「へぇえ? 君島くんってそういうタイプだったっけ?」 「……どういう意味ですか。俺だって、マジになった相手にはそれなりに」 「──で? 今夜はどうしたの? その男と別れたとか?」 「別れてませんよ。ちょっとムカつくことがあって、そのまま真っ直ぐ帰るのも釈で。仮に向こうがそうしたくても俺は別れる気全くないですし」  君島の答えにマスターが心底意外そうな顔をしてカウンターにビールのグラスを置いた。  グラスを受け取り、口をつける。キンと冷えたビールがいつもほど美味しいと感じないのはやはり筧のことが気掛かりだからか。 「あはは。君にそこまで言わせる相手がいるなんてね。じゃあ、何? 喧嘩でもした?」 「……喧嘩ってわけじゃないんですけど、いろいろあって悶々と」 「それで気晴らしに?」 「まぁ、そんなとこです」 「てっきり昔みたいに遊びの相手でも探しにきたのかと思ったよ。きみ、ここに頻繁に顔出してた頃モテモテだったろ? きみのこと狙ってるやつも大勢いたからねぇ……」  確かに適当な相手と遊んでいた時期はあった。当時はいろいろと摸索中というのもあった。  好みの相手に言い寄られるのは悪い気はしなかったし、もし自分に合う相手がいればそれなりに関係が発展したのかもしれないが、結局本気になれるような相手には出会えなかった。 「俺、不特定多数にモテるより、一人の男にじっくり愛されたいタイプだったみたいで」 「ははっ、変わるなー、人間」  自分でも驚いている。  恋だの愛だのは面倒だ。傍にいるのも抱くのも、相手が誰でもさほど違いはないと思っていたはずなのに。誰にも執着しなかった自分が、あの男じゃなきゃ嫌だ、などと思うようになるなんて。  小一時間ほどバーで飲んで君島は店を出た。昔馴染みの店で顔見知りだった常連客などと久しぶりに顔を合わせ、それなりに気晴らしができたような気でいたが、一歩店を出るとまた不安で胸が圧し潰されそうになる。 「ほんと、こんなのキャラじゃねぇ……」  君島は、細い路地を抜け、大通りに出てタクシーを掴まえた。  乗り込んだタクシーの後部座席で、スーツのポケットからスマホを取り出してみたが、依然筧からの連絡はない。  職場を出てから数回、バーで飲んでいる時に数回。何度かスマホをチェックしては、ろくでもないダイレクトメールやアプリの通知が届いていただけだったことにがっかりして溜息をついていた。  ほんと、ありえねぇ。恋人放って見合いまがいのことしてるっつーのに!  少しはこっちの不安も推し量れってんだよ! と心の中で毒づいてやった。

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