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第3話
仕事を終えた君島は、職場のまえで筧と別れた。筧は時間を気にしながらタクシーで西東社長に指定された店に向かい、取り残された君島は仕方なく駅へと続く大通りを歩いている。
本当は筧に隠れて付いていってやろうかとも思った。ことの一部始終を傍で見ていたいくらいだが、もしそれがバレたらさすがに筧に引かれるだろう。
君島が大きな溜め息をつきながら歩いていると、すれ違った女子高生がこちらを見て「ヤバ。今の人超かっこよくなかった!?」と黄色い声で囁き合っているのが聞こえた。
君島にとってこんなことは日常茶飯事。普段ならいちいち気にも留めないのだが、イライラとした気持ちを持て余している今は不快でしかない。
──人の上っ面だけ見てキャーキャー騒ぎやがって。
本当なら、今頃筧と飲みに行っているはずだった。
この間、学生時代の友人に飲みに誘われ出掛けたとき、偶然近くに筧の好きそうな料理の上手い居酒屋を見つけたのだ。
普段行きつけにしている馴染みの店も悪くないが、違う店に行くのもいいと、筧を連れて行くことを随分前から楽しみにしていたのにとんだ邪魔が入った。
いくら世話になっている取引先の社長の頼みとはいえ、結局、筧が自分との約束を反故にして先方の元に向かったのが何よりも腹立たしい。
──優先順位が間違ってんだろ!
「くっそ……! 社長だけじゃなく、娘にまで気に入られたりしないだろうな……」
そんな不安がつい口をつくのは、特に女の扱いに慣れているふうでもない筧が、実は女性受けがいいことを知っているからだ。
筧は、身長は平均的だが、細身でスタイルもいいせいか実際より背が高いように見える。顔立ちも派手ではないがそれぞれのパーツが整っているうえに、センスの良さが窺える上質な眼鏡やスーツが彼の魅力を引き立てている。
一見堅くて不器用な印象はあるが、結婚を意識するような適齢期の女性には妙には変に女慣れして軽い男より、多少堅物くらいのほうが魅力的に映る。
女だってバカじゃない。
ただ遊ぶには野性味溢れる魅力的な男がいいが、結婚となれば真面目で仕事と家庭を大事にする堅実な男のほうがいいに決まっている。
事実、社内にも筧ファンの女子社員は大勢いた。見た目からして真面目で浮ついたところもなく、女性社員と無駄に近づくようなこともない堅い印象のせいか、目立って騒がれるようなことはなかったようだが、確実に筧狙いの女は大勢いたのだ。
君島はそんな女共が筧に近づくきっかけを影でことごとく潰し、自分は筧の一番近くにいる後輩として半ば強引なアプローチを続け、ようやくあの男を自分のものにしたのだ。
「……なんっか、益々腹立ってきた」
元々、他人には興味がないほうだった。
自分で言うのもなんだが、ルックスが無駄に良かったせいか、その見た目だけで君島の周りには女共が寄って来た。
そういう女たちはなぜか決まって自己顕示欲が強く我儘で、正直とても苦手だった。
女たちのせいで不要なトラブルに巻き込まれることも多々あり、そういったことがまとめて面倒になって大学に入ってから自分の性癖を公言するようになった。
その頃から、人から何と思われようと、どうでもいいとさえ思うようになっていた。
──なのに、出会ってしまったのだ。どうでもいいと思えない人間に。
筧の何がそんなに自分を惹きつけたのだろうか。
出会いは職場の新人歓迎会だった。
初めて会ったときの筧の印象は──堅そうな男。たぶん、その程度だった。その歓迎会の二次会で気分の悪くなった君島に筧が声を掛けてくれたことで縁が出来た。
その後、営業部に配属されることになった君島は、偶然にも筧について仕事をすることとなった。見た目そのままの、仕事に対する真面目な姿勢。正直、口はあまりいいほうではないし、君島を突き放すようなことを言いつつも、決して無責任に放り出すようなことをしない面倒見の良さ、それから──。
筧の好きなところを挙げたらキリがない。
なんて思考に我ながら反吐が出そうになるが、どうしようもない。好きになってしまったものは。
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