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1.フレーメン反応
「高岡……きみ、なんか……すごくいい匂いがしてる」
「は?」
低く艶のある声に、突然そう話し掛けられた時、高岡洋平はいい感じに酔っ払っていた。
大学時代からの友人の、結婚式の二次会。アルコールで体温が上がったのか、少し汗ばむくらい暑い。ふわふわと楽しい気分で、首を傾げつつ振り向いた。
「匂い……?あ、えっと、藤崎……?な……ブフッ」
いつの間にか隣にいたのは藤崎侑夜──学生時代にはほぼ接点のなかったエリートαだった。
その顔を見た瞬間、洋平は口に含んだビールを吹き出しそうになり、慌てて口元を掌で覆った。
(フレーメン反応……?!)
藤崎の表情は、フェロモン的な匂いに反応した時の、呆然とした猫の顔にそっくりだった。
光を透かす柔らかなブラウンの髪に、ブラウンの瞳。纏う色彩のせいか、整った顔は甘く優しげに見える。
学生時代、華やかで近寄りがたいエリートαのグループの中で、誰にでも優しく接する彼は憧れの王子様ポジションだった。
そのイケメンフェイスも、ポカンと口を開けた表情だと少々間抜けに見えて、思わず親しみが湧く。
「ははっ、お前、めちゃめちゃ変な顔ンなってんぞ!」
かろうじてビールを吹き出すことなく胃に納めた洋平は、藤崎を指差してバカ笑いをした。
同じ学部だったといっても、元気だけが取り柄の平凡βがαと言葉を交わす機会などなかった。酔っていなければ、こんな気安い口はきかなかっただろう。
「……だろうな」
藤崎の方は気を悪くした風もなく、そう呟くと、洋平に身を寄せてきた。
「……って、うわ、ちょ……っ、近い、近いって!」
藤崎の真顔が瞬きする間に目の前に迫り、洋平は思わず仰け反った。
「薄いけど、すごくいい匂いだ……Ωだったのか……?くそっ……頭がクラクラしてきた……っ」
「はぁ?俺はβだぞ、……おい、藤崎?……っ、うぎゃあっ!」
生暖かく濡れた感触に首筋をなぞられ、洋平は椅子を蹴倒して飛びすさる。
「おおお前っ、なななな、何をっ」
「高岡……、出よう」
「アホ言うな!……終わるまであと一時間は……、おい?」
獰猛な光が、普段は優しげな薄茶色の瞳をよぎった。グッと腕を掴まれ、いきなり出口の方へと引き摺られた洋平は、目を丸くして叫んだ。
「離せ……っ、おい、藤崎!」
「……うるさい」
「っんだと!お前なぁっ……、うわあっ!!」
足を踏ん張って抵抗していたら、イラついた表情の藤崎に、ひょい、と荷物のように抱えあげられた。
(落ちる……っ!)
体が浮き上がる感覚に背筋がゾクッとして、洋平は咄嗟に藤崎にしがみついていた。
「……不思議だ。君が抱きついてきた途端、とてつもなく幸せな気分になった」
「はァっ?!気持ち悪いこと言ってんじゃね……っ、ちょ、下ろせよ……!」
藤崎はどんな筋力をしているのか、喋っている間にも、同じくらいの体格の洋平を軽々と抱えて、足早に歩く。驚いた顔でこちらを見る友人達が、どんどん遠くなる。
「そうだな。どこに下ろしてほしい?……俺のベッドの上?」
「な……っ、ふ、じさき……?」
クッ、と笑う藤崎は、探し求めていた獲物を見つけた狩人のようで、洋平は抵抗も忘れて硬直した。
それが、洋平と藤崎の間違った関係の始まりだった。
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