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2.移り香

(クソッ。もう今更だってのに……!) あの日から一年が過ぎようとしていた。 パーティー会場からあれだけ強引に洋平を連れ出した割りに、藤崎はそれ以上の無理強いをしてくることはなかった。洋平が本気で拒絶すれば、大人しく手を引く。 至って平凡なβ男性の洋平は、最初、藤崎を拒絶しまくった。 自分は、男性型に惹かれる性質ではない。 けれど、自信に溢れ常にニコニコしている藤崎が、ふと見せる、傷ついた素顔に胸を突かれ……気づけばすっかりほだされている自分がいた。 心から幸せそうに笑う顔が見たい……と、そう思ってしまったのだ。 『逃げないで、高岡……。少しでいいから触れさせて……』 『っ……あぁ~っ、もう!分かったから、んな顔すんなって!ちょっとだけだぞ……って、おい!ちょっと、っつって……ン……っ』 キスをねだる藤崎に、とうとう許可を与えてしまったのはいつだったか。その後はもう、なし崩しで、三ヶ月前からは一緒に住むまでになっていた。 それを今、洋平は猛烈に後悔していた。 (お前もαなら、自分でちゃんと『運命』に気付けってんだ……っ) 内心で罵って、グシャッと髪を掻き回す。 大学4年間、洋平に関心を向けることすらなかった藤崎が突然接近してきたのは、洋平が発しているらしい『匂い』のせいだ。『薄いけど、いい匂い』と。 それは多分、藤崎の本当の番のフェロモンの移り香。 (あいつは俺に移ったΩのフェロモンに惑わされただけで、俺自身に惹かれたわけじゃなかった……。) 念のための再検査でも洋平はβで、αの藤崎がなぜ自分に執着するのか、不思議だった。だが、分かってしまえばあっけない。 (まさかあの人がΩだったなんてな……。) 『好きだ』という言葉も甘い瞳も、本当は自分ではなくあの人のものだったのだ。 藤崎が勝手に勘違いしたのだとはいえ、自分は彼を騙していることになるのだろうか。 (ホント、今更だ……バカヤローっ!) もう、すっかり藤崎に心を囚われてしまった今になって、あんまりだ。 だから。 二人を会わせてあげることなど簡単なのに、『もう少しだけ』と先伸ばしにした。 その罰が当たったのだろうか。 まさか、藤崎が運命の番と出会う瞬間を、目の前で見る羽目になるなんて。

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