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3.俺じゃない
(あー、もう日付、変わりそうじゃねぇか……。)
腕時計にチラリと目をやり、洋平は内心でため息をついた。
三社合同のビッグプロジェクトが軌道に載り、今夜はその慰労会だった。
上司の神居部長に二次会、三次会と連れていかれる中、メンバーは一人減り、二人減り、今、部長と洋平の二人で洒落たバーのカウンターにいる。
「部長~、そろそろ帰りましょうよ……」
そう言って肩に回された腕を外そうとする洋平に、部長は『お前、最近、俺に冷たくね?』と口を尖らせた。
「えっ!そ、そんなこと、は……っ」
後ろめたさに、ギクリとする。それほど露骨にしていたつもりはないが、気付かれていたようだ。
入社以来、何かと気にかけてくれている上司をつい避けてしまうのは……、彼こそが藤崎の番だと知ったからだった。
30も後半とは思えないほど艶やかな黒髪と真っ黒な瞳を持つ神居部長は、モデルでもおかしくない容姿だが、まさかΩだとは想像もしなかった。
彼はきれいな顔の印象を裏切る、雑な体育会系で、人との距離がやたらと近い。喋る時に肩を組むのはデフォルトで、いい年して廊下でプロレス技を仕掛けてくる。
ノリよく技にかかり、時に反撃する洋平は、すっかりこの上司に気に入られていて、飲み会の後にはこうやって二人で飲むことも多かった。
そうやって部長に構われた日に限って、藤崎がいつにも増してベタベタしたがることに気付いたのはいつだったか。
思えば、一年前の結婚式の日も、外回りから戻ったところを、『頑張ってるな!』という言葉と共に、ヘッドロックを決められたのだった。
その時に、Ωのフェロモンが移ったのだろう。
『運命の番』がαを誘う力は、強力なのだという。ほんの微量でも、クラクラと引き寄せられるらしい。
しかし、平凡βがそんな匂いをさせていることに疑問を抱かず、移り香だと気付かないなんて、藤崎はαにしては間が抜けている。
あの時以来、見たことのない、藤崎のポカンとした顔を思い出す。
無防備なあの表情を見ていなければ、きっと、ここま藤崎で受け入れてしまうことはなかった。だが、自分が彼を幸せにしてやろうなど、とんだ自惚れだったのだ。
「……すみませんでした、部長」
今夜、藤崎に告げよう。『お前の番は、俺じゃない』と。
泣きたいような気持ちで、決意したその時。
「洋平」
ここにいる筈のない男の声がして、洋平はビクッと振り向いた。
「あ……、藤崎……?何で」
思わず、神居部長を藤崎の目から隠すように、立ち上がっていた。
藤崎に話すつもりだった。けど、こんな突然じゃない。
二人が合う場をセッティングして、でも、その場に洋平が行くつもりはなかった。
好きな人が、自分から興味を失い、別の人に惹かれていく様子を見守るなんて、どんな拷問だ。
「どうして、こんなところに……」
「このバーには、前から時々来てる」
「お、俺はもう帰るところだからっ」
慌てて藤崎を向こうへ押し退けようとして……、藤崎の視線が、自分の頭上を通りすぎ、背後にいる部長へと吸い寄せられていくのが分かった。
「貴方は……?」
藤崎の声は、微かに震えている。
絶望的な気持ちで振り返れば、部長も真っ直ぐに藤崎を見詰めていた。
思わず後ずさると、洋平など全く目に入らない様子の藤崎が、ふと宙を嗅ぐ仕草をした。
「この匂い……」
その呟き聞いた瞬間、洋平は二人に背を向け、その場から逃げ出していた。
藤崎が、『運命の番』に出会ってしまった……。
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