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第7話

 笑い転げるバカたちに半眼で冷たく言い放つ。お前らが着ろっつったんだろう。楽しませるって意味では正解かもしれないけど、これは笑わせてるってより笑われてる。俺はちっとも楽しくない。 「もう着替えてくっからな」 「チェンジっつったじゃん」 「お前が着るのか?」 「違うっつの、次はこっち。ほら、着てきて」  差し出されたのはアイドルが着てそうなワンピースだった。襟がセーラー服みたいで女の子が着たらそれはそれは可愛いだろう。で、俺がこれ着るの? それ誰が楽しいんだか。  断るのも面倒だった。正直、一着も二着も一緒だし、ナース服のままこいつらと着る着ないで揉めてる間に女の子が来たら俺の人生は終了だ。渡されたものを黙って受け取る。幼馴染がにっこりと隣の部屋を指さすから、俺はまたわざわざ隣で着替えるはめになった。  ファスナーはどう頑張っても一人じゃ閉められない。女の子はどうしてるんだろうか。  あれこれ頑張ってはみたものの結局手が届かずあけっぱなしで登場することにした。当然のことながら、げらげらと笑いが響いた。さっきのナース服よりも微妙だってのは俺だってわかる。さっきの如何にもなコスプレよりも、こっちの日常的に女装してますって感じの服の方が何倍もやばい。ちなみに馬鹿にされるのはこの短時間で慣れた。平凡はそうじゃなきゃやってられないのだ。 「そのままでいろよ」 「はあ? やだよ、俺を変態にする気か」 「ダイジョーブ、女の子たち来れなくなったって連絡きたし。俺たちしかいないから」  取り巻きBにぐいっとつきつけられたスマホにはごめんの文字。本当に来られなくなったらしい、なんだよ合コンだっていうからついてきてやったのに、イジられて終わりかよ。大きなため息を吐いて開き直る。  別に合コンになんて期待してなかったし。俺はただの置物で、ちょっとだけその空気を味わえたらよかっただけだ。残念に思う自分が悔しい。強引に連れてこられたけれど、久しぶりに幼馴染と会話が出来て嬉しいと思った自分を殴りたい。  複雑な気持ちを処理できないまま時間だけが流れていく。料理が届く度に店員さんにビクついてしまう、普段の俺はこんなんじゃないんです。女装癖なんてないって叫びたいのに、でかい幼馴染の背中に張り付いて隠れる隠れることしか出来なかった。なんでいつまでもこんな格好してるかというと、着替えたいのにまさかの隣の部屋が埋まってしまったからだった。ここで着替えてもいいだろって主張は幼馴染によってあっさりと却下されて隣が空くか遠いトイレまでダッシュするかの二択しかない。ダッシュして鉢合わせなんて最悪過ぎる。隣が早く帰ることを祈りながら、目の前の料理に手を伸ばした。  山盛りのポテトと皿一杯のフライドチキン。俺が着替えている間に、焼きそばにサラダやらで、机の上は料理でいっぱいになっていた。女の子が来なくなってこんなにたくさんの料理どうするんだろう。むしろ、金本当に払わなくていいのか不安になってきた。もぐもぐと口を動かしながら視線を落とすと、スカートが目に入る。そうだ、俺女装させられてんじゃん。金のことなんか一気に吹き飛んだ。女装代だ、女装代。  こうなったら全部食ってやると、ワンピースのことは一旦忘れて食べることに全神経を集中させることにした。無心でフライドチキンを食べていると、ファスナーが開いてる背中に手が突っ込まれた。 「ひぁっ!」  変な声が出た。自分の声とは思えないような、高い声はAVで聞くような声だった。皆の空気が止まる。いやいや、一番驚いたのは俺だし。咄嗟にに口元を押さえても遅い。出た声は全員が聞いた。その証拠に、フリーズが解けてすぐに、にやあっと笑った。 「全然可愛くないのに、なんか見ちゃうのなんでだろうなってずっと思ってたんだよねぇ」 「それな、男だけどむさくるしさ少ないし、なんかこういう子っているよな」  取り巻き二人が俺のことをにやにやと悪い顔をしながら品定めしている。むさくるしくなくて悪かったな。俺だって体毛とか筋肉とか、男らしいもんに憧れてるよ。俺の成長期はまだ遅刻してるだけでいつか絶対来るし。  また背中に手が回る。いつの間にか距離が詰められてて、俺は幼馴染と取り巻きAにすっかり挟まれて逃げられなくなっていた。指先をうねうねと動かした手が背中に伸びる。くすぐられるのは昔から苦手で、その手を見ただけでぞわりと背中に寒気が走る。逃げ出したいのに横には幼馴染と取り巻き。目の前はテーブルで逃げ道がない。  フライドチキンで汚れた手でうっかりワンピースを汚す訳にもいかず、されるがままになるしかない。くそ、背中撫でるなくすぐったい。 「なあ、乳首立ってねえ?」 「あー、ほんとだ。かわいいのぷっくりしてんじゃん」  クーラーが効き過ぎなせいだ。それとお前らが面白がってくすぐるせいだ。コンプレックスでもある少し膨らんだ乳首は服の上からでもわかるくらいに主張している。ワンピースの生地が薄いせいだ、そう主張してもそんなことはどうでもいいらしく、面白がって乳首に触れようと手を伸ばされる。チキンの骨を持ったまま、変な動きで阻止しようともがくけれど、すぐに隙を突かれてしまった。 「ん、あぁっ……、やめろっ」  幼馴染に助けを求めたいけれど、情けないことにプライドが許さない。加わる訳でも場所を移動するでもなく、幼馴染は静観を続ける。その整った顔は少し眉間に皺を寄せているけれど表情は読み取れず、助けてはもらえなさそうだ。その間も取り巻き二人は盛り上がり続ける。 「あ、わかった!」  取り巻きAが突然手を叩いて大きな声を上げた。女の子が来れなくなったせいでこんなことになって、きっとこいつらも何か打開策を探していたんだろう、そして何かいい案を思いついたのか? 俺は漸くこの意味の分からない地獄から解放されると体から力を抜いたのに、続いた言葉は俺を更に地獄へと突き落とす。 「すぐ股開く女ってこういう感じじゃね?」 「あー、わかるわ。体安売りする女って以外と地味な普通の子だったりすんだよな」  わかんねえよ、ちっともわかんねえ。簡単に股開く女の子なんて早々いない。それに、そんな子と俺を一緒にするな。女の子にも俺にも失礼だろうが。  妙な空気がカラオケの個室に充満する。取り巻き二人がにやりと笑う。幼馴染は何も言わない。似合わない女装はファスナーが開けっ放しで俺は逃げられそうにない。じりじりっとドアから視線を外すように二人が距離を縮める。 「楽しいことしようか」  ふざけた言葉が耳に届くと同時に俺は叫んでいた。 「俺はお前たちのおもちゃじゃない!」

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