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第1話:ごく普通のβな男エイジ
「消灯後なのに呼び出してごめん」
「いいよ。せっかくの最期の夜だし、なんか思い出に残ることしておかないとさ」
男子校の修学旅行なんて特に面白いことないけどね、と付け加えるとその答えに安堵したのか、ヨシカズはようやく笑顔を見せた。
旅館の浴衣に身を包んだ自分とヨシカズは、非常灯以外の電気が消された旅館のロビーに並んで座っていた。柱で死角になっているここなら、見回りの先生が通っても気づかれないだろう。
それにヨシカズから誘われたら、自分に断る理由なんてない。むしろ胸をときめかせてここまで着いてきたくらいだ。なぜなら、中学時代からずっと、自分はヨシカズに恋をしているからだ。
ヨシカズとはいわゆる幼馴染という関係で、親同士も仲がよかった。もともとヨシカズは裕福な家庭に生まれているが、ごく普通の一般家庭である自分とも、家族ぐるみで仲良くしてくれている。それにヨシカズには金持ちにありがちなの性格の悪さが微塵も感じられない。ヨシカズの良さは誰より自分が知っていて、そして気づけば好きになっていた。
先生に見つかったら叱られるリスクを引き換えにしてまで、ヨシカズの誘いに応じたのは、それだけが理由ではない。ここ最近、ヨシカズは学校を休みがちで、出てきてもぼーっとしていて授業も上の空なのだ。
修学旅行の最中である今日も、自分が目を離したすきに行方がわからなくなり、引率の先生に注意を受けていた。
――悩みがあるなら、言ってくれればいいのに。
そう思っていた自分は、ヨシカズからの誘いに二つ返事で応じたのだ。
「聞いてほしい話があるんだけど、今から話すことは誰にも言わないでほしい」
ヨシカズの真剣な表情に、思わず座り直して、背筋を伸ばす。
「わかったよ」
「こんな話、エイジにしかできないんだ」
表情を曇らせるヨシカズとは裏腹に、エイジにしか、という言葉に優越感を感じ、緩んでしまう頬を必死で引き締めた。
ひと息ついて、ヨシカズは淡々と話し始めた。
「高校三年になってすぐ、検査があったの覚えてる?」
「オメガバース判定とか、生殖能力検査だっけ」
「そう」
特別身体検査と呼ばれるその検査は、毎年行われる身体検査と他に特別な検査が追加されていた。
世の中には、男女の性別以外にも、オメガバースと呼ばれる3つの性が存在する。オメガバースという括りを意識することなく生活しているベータ(β)が一般的に一番多いとされていて、その他にごく稀な数で存在するのが、リーダーたる資質を備え社会を導くアルファ(α)と、そのαと番(つがい)になる宿命を背負い、男女関係なく子を孕むことができるオメガ(Ω)である。αであることは運命に選ばれし存在で、羨望の目を受けるが、Ωは一般に社会的地位が低く、疎まれる存在になることが多い。Ωは、αを性的に惑わすフェロモンを持ち、一定の周期、いわゆる発情期を避けることができない。もしΩが性的な暴行を加えられても、それは発情期を抑制できなかったΩの罪になってしまい、虐げられることが多い。一般にΩは社会から隔離されて生きていくことが宿命だ。
検査の結果、自分は大多数に属するβだった。
それよりも自分にとって衝撃だったのは同時に行われた生殖能力検査の結果のほうだ。自分は、生殖能力がないに等しく、すなわち、結婚したとしても子供を授かる可能性が低い。
備わっているはずの能力が欠如しているという事実に驚きはしたが、問題ないとすぐに切り替えることができた。なぜなら物心ついたときからヨシカズを好きだとわかった時点で、自分のマイノリティに気づいていた。女性を愛することができなければ、子供のことなんて考えることはない。そう考えるとたいして大きな問題ではないように思えたのだ。
「で、それがどうかしたのか?」
自分たちの学校だけではないが、一般的に高校はΩの入学を許可していない。ΩにはΩだけが通う学校があると聞いたことがある。すなわち、学校にはベータとアルファしか存在しない。
「実は俺、Ωなんだ」
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