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第2話:ヨシカズの秘密。
耳を疑った。ヨシカズがΩだなんて、信じられない。
今まで、自分はΩに出会ったことはなかった。噂に聞いているΩというのは一般社会に馴染めない日陰者であることが多い。こんな風に当たり前に学校に通い、当たり前の生活をしているはずは……と思いかけて、はっと気づいた。
「そっか……おまえの家は」
ヨシカズは視線を逸らした。
「入学するときに多めに寄付金を入れて、特別に入学を許可してもらってる」
いわゆる不正入学というのだろう。けれど、もしそんなことが許されてしまうのなら、この学校に、もしくは同じクラスにいるはずのないΩがいてもおかしくない。
「そのことをアツヤに知られてしまって」
「アツヤ?」
アツヤというのは、同じクラスの少し素行の悪い生徒だ。もともとアツヤは自分たちと同じ小学校でよく一緒に遊んだものだが、アツヤの両親が離婚したということで小学校卒業と同時に転校してしまったのを憶えている。
高校三年のとき、アツヤは自分たちの通う高校に転入してきた。そのアツヤの風貌は、子供の頃の記憶の彼とは見違えるほど変わり果てていた。髪は金髪で、気に食わないことがあるとすぐに手を出す。授業もまともに受けない。当然、自分たちどころか、クラスの誰とも仲良くなることはなかった。
「アツヤはなんでそれがわかったんだ?」
「それは……俺の…発情期に気づかれて、職員室から検査結果を持ち出して、突きつけられた」
検査結果は基本機密情報のはずだが、そんなものを持ち出したなんて。それより問題は、βは気づくことのないΩの発情期をアツヤは気づいたということだ。
「もしかしてアツヤは、α……?」
ヨシカズは突然、自分の腕を掴み、声を荒げた。
「エイジ、助けて欲しいんだ!」
「助けるって……?」
「あいつ、俺がΩだってわかってから、場所もわきまえず、襲ってくるんだ…逃げても避けても、あいつには俺の匂いがわかるらしくて、抑制剤もちゃんと飲んでるはずなのに」
ヨシカズの目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
かわいそうだと思うところなのに、今の自分はそれどころではない醜い感情が渦巻いていた。
「アツヤに……抱かれたのか?」
その言葉に、ヨシカズはますます取り乱した。
「仕方ないじゃないか!力ずくで押し倒されて、まるでレイプだ……嫌だといってもやめてくれない!あげく今日は、番(つがい)になれって迫ってきたんだ」
「番……」
「アツヤと番になるなんて絶対に嫌だ!俺のこと性の捌け口にしか考えていないくせに……」
ヨシカズは、自分の胸に顔を埋めて啜り泣いた。
「もしかして、今日……」
みんなで移動しているときにヨシカズがいなくなったと騒ぎになった。ヨシカズは一時間くらいで戻ってきて注意を受けていたが、もしかするとアツヤも一緒にいなかったのかもしれない。
「途中でアツヤに公衆トイレに連れ込まれた…。こんなことが、ずっと続いてるんだ」
今まで休みがちだったのも、アツヤのせいのかと思うと、怒りと苛立ちとで腹が煮えくり返りそうだった。
「ヨシカズがΩなのを知っているのは?」
「……学園長と学年主任だけ。今回の引率の先生にはいないから、言えなかった」
答えながら、ひくひくと嗚咽を漏らし、自分に抱きついてくるヨシカズを、ただ抱きしめるしかなかった。
――自分がαだったなら。
このときばかりは、自分の運命を恨むしかなかった。どんなにヨシカズを愛していても、自分では番になることができない。自分がアツヤより勝っていることが何もない。学校に真面目に通っていても、ごく普通の生活を送っていても、それでもβである限り、出来ることは限られている。
「ひとつだけ確認していい?」
ヨシカズはそっと顔をあげ、瞳を不安げに揺らしながら見つめてきた。
「アツヤのこと、好きじゃないんだよね?」
「当たり前だよ!」
「アツヤとは番になれる。Ωの幸せは番になることだって聞いたことあるよ。確か、発情期も止まるはず」
「だとしても……アツヤと番なんて嫌だよ……」
ヨシカズの目は嘘をついていないように感じた。
運命の相手でもないし、番にもなれないけれど、それでもヨシカズは自分を頼ってきてくれた。誰にも言えない秘密を自分だけに告げてくれた。それだけで、自分が動く理由になる。
番にはなれなくても、ヨシカズを不幸にしないようにはできるはずだ。
「こんなとこにいたんだ~?」
その声に、腕の中のヨシカズの体がびくりと震えた。声のする方に顔を向ければ、ジャージ姿のアツヤが立っていた。
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