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第1話
◆スクアードとジェセ
森を見下ろす小高い岩山の中腹で、有翼種の若者スクアードは兄のジェセを前に考え込んでいた。地面に胡坐を掻いて座る彼らの間には、木の実がいくつか散らばっている。
「ええと……銅貨5枚で銀貨が1枚分……金貨は銀貨3枚分……葡萄酒は一杯銅貨3枚分だから……」
「うん。だから、金貨1枚出して葡萄酒2杯飲んだら、銀貨と銅貨が何枚返って来る?」
「ち、ちょっと待って。ええと……」
スクアードは頭を抱えた。
「もう……なんてめんどくさいんだ、人間のやることは……なあ兄さん、どうしてこんな練習しなきゃならないんだ?今までみたいに獲物と交換に葡萄酒をもらったらいいじゃないか……」
「言ったろう。山鳥を一羽獲って食堂に持ってくと、葡萄酒が一杯もらえる」
「うん……」
「でも同じ山鳥を肉屋に持って行けば、銀貨が一枚もらえるってことがわかったんだ。銀貨は銅貨5枚分。葡萄酒は一杯が銅貨3枚だから、それ以外に銅貨2枚分の麺麭 もいっしょに頼める。どっちが得だ?」
「肉屋に持って行った方が……得……」
「そうだろう?」
ジェセは微笑むと、地面の上にちらばった木の実を、鉤爪の先を使い器用に並べなおした。
「この木の実を銅貨と考えるんだ……5個で銀貨一枚分。こうして並べたらわかりやすいだろ?」
根気良くスクアードに説明してやる。
スクアードは翼を整えて座りなおすと、木の実を暫く睨みつけ、答えた。
「銀貨が1枚と、銅貨4枚だ」
「ご名答!」
「ふう~……」
ほっとしてため息をつく。
「兄さんは頭が良いからいいよなあ……俺にはこんなの難しくて……めんどくさいし」
「めんどくさくても仕方がないよ。人間相手に損をしないためにはこういうのに慣れておかないと。はい、もう一回」
「ええ~……」
「食堂で木の実を並べるわけにいかないだろ?何も見ないでできるようになるまで、練習練習!」
◆セルテス
セルテスは、真っ白い肌に金の髪、深く濃い青色の瞳をもって産まれた。浅黒い肌に褐色の目と頭髪というベセルキアの国の人々とは、まるで異なった姿をしている。
セルテスはベセルキアの后の命で、国の北端にそびえる石造りの高い塔に子供の頃から幽閉されている。そして彼の左の足首には、鍵のかかった鉄輪が嵌められ、それにはさらに、居室の端まで届くだけの長さの鎖が繋がっていた。塔には寝起きのための部屋のほか、小さな書庫とささやかな庭園とがしつらえられていて、それがセルテスに与えられた世界の全てだった。
母は王の愛妾の一人だったので、セルテスは死んだ前王の血を引いている。自分は古 の民の呪いをうけたためにこのような異質な姿で産まれ、もしこの塔の外に出ればその呪いが解き放たれて、ベセルキアの国全ての者に恐ろしい災いをもたらす。だからそれを防ぐため、この塔に閉じ込めておかなければならないのだ、とセルテスは身の回りの世話をしに出入りする従者たちから聞かされ、素直にそれを信じていた。
セルテスは、長い幽閉生活の中で、ここにある書庫の本をもう大分以前に読みつくしてしまっていた。そこには、かつてこの地を支配していたとされる古の民の伝説について、わずかに記された書物があった。それによると、古の民は呪術を使って自在に空を飛び、地を焼き尽くす炎を操り、手も触れずに人を殺し、また死人を蘇らせることもできたのだという。そして彼らはセルテスのような、金の髪に青い目、そして白い肌という姿をしていたそうだ。
国の中央に位置する后たち王族が住む王宮の奥には、ここの物よりもっとはるかに大きな書庫があり、古くから伝わる古の民について詳しく書かれた書物や、彼らが遺した呪術書が封印されているらしい。セルテスの従者の一人がそう話した。
その従者は、セルテスが絶対にそれを読むことはできないと知った上で、意地の悪い思いから、そこにセルテスの呪いをとく方法も書かれているかも知れぬなどと、戯れに語って聞かせたのだった。そして彼の思惑通りセルテスは、いつか奇跡が起こってその本を読むことができたら――自分にかけられた呪いがとけて ――国に災いをもたらすこともなく外へ出られ――この寂しい幽閉生活が終わるのではと、虚しい期待を抱くこととなった。
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