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第24話

◆東へ 「やった、やった!ほんとに飛んだ!」 スクアードが羽ばたきながら叫んでいる。 「おい、あんまり側に来るなよ!当たったら危ないから!」 ヨアンがスクアードに向かって怒鳴った。 「え?なんだって?」 聞こえなかったらしくスクアードは逆に近付いてきた。 「こら!この――馬鹿羽根!側に来たら危ないって言ったんだ!」 ヨアンは叱ったが、その声は明るく弾んでいる―― セルテスは信じられない思いで辺りを見回した。空を――飛んでいる。翼も無いこの自分が―― ヨアンが作ったという飛行装置は、軽い虫の羽音のような唸りを上げながら滑らかに空を滑っていた。これが地面を走り出し、空中に浮いたときには自分の目を疑った。こんなことが――本当に起こるなんて。 スクアードは言った。これから彼の案内で、皆で東の国――トプフを目指すのだと。そこには色々な種族が仲良く暮らしていて、中には金の髪と青い目を持つ人もいるのだと。そして誰も、それを呪いによるものだなどとは言わない。 そしてトプフには、海という物もあるのだそうだ。セルテスにはそれがなんだかわからなかったのだが、スクアードは本物を見た方が早いから、と笑って説明してくれなかった。 ――スクアードがヨアンにちょっかいを出している。 「おいヨアン、お前なんでそんな薄汚れてるんだ?ひっかき傷だらけだし。斬り合いでそんな風にならないだろう?山猪の子と取っ組み合ったみたいだぞ」 「うるさいなー!あの道具がうまく使えなくて、地面についた時草藪に突っ込んだんだよ!ほっといてくれ!」 あの道具とは――以前洞穴の前に置かれていた袋に入れられていた鉄製の器具のことだった。種類がいくつかあって、中には使い方を詳しく書き記した紙も添えられていた。ヨアンたちは知らないことだが、彼らがセルテスを塔から連れ出す計画をたてていると気づいたあの彫り師が――救出に役立てるためにと自分の道具を分け与えてくれたのだった。 ヨアンが塔で使った道具は、長い鉄紐を前後に放出するように出来ている。鉄紐の先には石や木に食い込んだり巻きついたりするよう、頑丈な鉄の鉤爪が取り付けられていて、それを差し渡して持ち手にぶらさがると、張られた鉄紐に沿って滑空する事が出来るのだった。他にも前方へ放出した鉄紐を自動で巻きとる仕掛けがしてある物などもあり、それらを組み合わせれば森の木や岩山を利用して、中空を自在に飛び渡る事ができる。しかし初心者のヨアンには扱いが難しかったらしい。 一方、スクアードは、自分の作業の合間、北の塔を監視するようにしていた。巡回の兵が来る時間や彼らの行動を調べ、塔を襲撃するための好機を探っていたのだ。するとそこへ、いつもと雰囲気の違う近衛師団を引き連れたロークが現れ――しかも中にヨアンもいた。異変を嗅ぎ取ったスクアードは、すぐさま洞窟へと飛び、彫り師の道具を取って戻った。地上で弓を持つ見張り達を倒しながら塔へ向かったので思いのほか時間を喰い、あやうい所でようやくセルテス達の危機に間に合った―― 「斧も持って行ったけどいらなかったな。よく鎖を切れたな」 「――運が良かったんだ」 ヨアンは答え、少し不思議にも思った。あの賢しいロークがそんな風に油断するだろうか――あの鍵はかなり古びていて、もうそれほど頑丈でないのは見ればすぐにわかった。確かにセルテス様の力では壊せないけど――あるいは――セルテス様が誰かと逃げ出すことを期待して――? そんなはずはない、ヨアンは思いを打ち消した。 並んで飛行するスクアードが少し後方に下がってきて、セルテスが乗る後ろの席の隣へ来て羽ばたいた。セルテスはその横顔を見つめた――遠い東の国から…… 自分のために戻って来てくれていたなんて。スクアードはセルテスの視線に気付くと、少し顔を赤くしながらこちらを見て微笑んだ――鉤爪のついた手をおずおずと差し出す。セルテスは腕を伸ばし、彼の手をしっかりと握った。繋がれた手が風を切る――空を飛ぶと、空気がこうやってぶつかってくるのだ――そうして自分が前へと進んでいるのがわかる―― セルテスは、スクアードの顔から目を移し、前の席で飛行装置を操るヨアンの後姿を見た。それからもう一度、並んで羽ばたくスクアードを見た。逞しく優しく、そして――愛しい男たち。危険を顧みることなく、ここまでして、自分を救い出してくれた―― その時突然、セルテスの左胸が――灯りがともったようにぼうっと暖かくなった。なんだろう?不思議に思って衿の隙間から見下ろすと――そこに一つ、鮮やかに花が咲き開いていた。 真実の相手が現れたとき、心臓の上に花が咲く――セルテスは彫り師の男が言った言葉を思い出した。それと同時に、突然全身に心地よい衝撃が走って―― セルテスは思わず小さく声を上げた。それはあたかも、身体中に巻きついていた重い鎖が、一気に弾け飛んだかのような感覚だった。 その花が咲いた時、他の全ての術は消え去る――彫り師が言った言葉の続き――塔にいたときには、だるく、重苦しくて動かすのが苦痛だったセルテスの手足に――力が蘇ってくる。 生涯そこにあるのだと思い込んでいた左足を拘束していた鉄輪はもう無い。ヨアンが、その力強い手で取り去ってくれた――身体中が軽い。そして心も。 セルテスが東の空へと希望に輝く目を向けた時――左胸に咲いていた花はゆっくりとその色を淡くしはじめ――やがて肌の奥へと溶け散り、消えていった―― おわり

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