23 / 24

第23話

◆塔3 長剣をかざしたヨアンがいきなり寝室から現れたのを見て、居室にいた兵達は皆動揺した。 「そこをどけ!我が主に道を空けろ!」 彼らに向かってヨアンが叫ぶ。 座っていた椅子から立ち上がりながらロークが言う。 「裏切ったかヨアン」 「裏切ってなどおりません。私の主は生涯セルテス様ただお一人」 「そういうことか」 ロークが笑い出す。 「面白い。たった一人で俺の精鋭達を捌けると言うのならやってみるがよい」 言われずともやるしかない。ヨアンは居室の出口を目指した。兵士が剣を構えて立ち塞がる――つい先ほどまで一緒に訓練していた近衛兵達だ。ヨアンはある程度彼らの癖や弱点を把握していた。最初に来る男――こいつは以前肩を負傷していて左の防御が弱い―― たちまち相手の剣を弾き飛ばしたヨアンを見て、ロークが感嘆した。 「さすがは師団長。だがこれはのどかな闘技大会とは違うのだぞ――それに俺には弟を無事逃がしてやる気はない。おい貴様ら、一人ずつで行くな。近衛師団の誇りになど頓着しなくて構わんから、とにかくそいつを止めろ」 雪崩を打つように切りかかって来る兵士達に阻まれて、階段がある扉へは近づけず、ヨアンは防戦一方になって徐々に庭園側へと押されはじめた。――やはり、無理か。背後にセルテスを庇いながら、庭へと追い詰められる。スクアード。お前がいてくれたら―― その時ロークが庭園へ歩み出てきた。手で合図し、兵達を引かせる。 「大分楽しませてもらった――ヨアン、もうあきらめろ。今投降すれば許してやる。お前ほどの腕を持つ男を殺すのは惜しい」 「そうしてくださいヨアン。私などのために死んではいけない」 セルテスが背後で訴える。 「セルテス、前へ出ろ。お前さえいなくなればこいつもこんな無茶はしないで済むのだ」 「わかっています」 セルテスは言った。 「ヨアン……お願いだからそこをどいて」 「いやです」 ヨアンはロークから目を逸らさず答えた。 「頑固な奴だな――仕方がない」 ロークはため息をつくと、自ら剣を抜いた。 「では――主のために命を捧げさせてやろう。セルテス、お前は邪魔立てせず最後を見届けてやれ――それがこの男の望みなのだからな」 ロークが剣を振りかざして襲い掛かる。ヨアンも必死に応戦したが、ロークの強さはやはり圧倒的だった。 ――動きが大きいにもかかわらず、隙がどこにも見えない――高い位置から驚くほどの速さで打ち下ろされてくる剣は、一太刀受けるごとにヨアンの腕全部が痺れるほどに重く、反撃するゆとりが作れない―― 刃を合わせる内、終にヨアンの長剣が根元から折れた。これではもう――ヨアンは覚悟を決めた。 「もらうぞ」 ロークがヨアンに――とどめの剣を突き立てようとしたその時。空からうなりとともに塊が突進してきてロークをなぎ倒した。 「スクアード!?」 ヨアンが叫んだ。 スクアード?まさか。セルテスは唖然と、目の前に降り立った彼を見つめた。東の国にいるはずの彼が、どうしてここに?夢を見ているのだろうか。 「ヨアン!」 スクアードは叫んでヨアンに何かを投げ渡した。 「先に行ってる!」 言う間に彼はセルテスの身体を横抱きにして抱え上げ、たちまち空へと舞い上がった。 ヨアンが手早く装備をはずし始める。髑髏模様の長い外套も床に振り落とし、身軽になった彼はそのまま、庭園を囲む石壁へ手をかけ、上へと登る。 スクアードに打ち倒されたロークが石組みの床に剣を突き立て、それを支えに起き上がった。右目がスクアードの鋭い鉤爪によってえぐり取られていた――頬から首にかけても深い傷ができている――血が吹き出るそれらを庇おうともせず、ロークはヨアンに向かい叫んだ。 「血迷ったか!そこから飛び降りて助かると思うのか」 鼻曲りが泡を食った様子でロークの元に駆け寄ってくる。 ヨアンはロークを見下ろし、静かに言った。 「ローク王……あなたは強く、才もある。それらを復讐ではなく――弟君と手を携え、助け合って――この国を良い方向へと導く事に使って欲しかった」 ヨアンは片手を空へと伸ばした。その手に奇妙な形の道具が握られている。そこから何かが弾けるような音がした。ヨアンはロークに止血を施している鼻曲りに向かい 「じいさん、あんたならわかると思うが、この庭園には貴重な薬草が沢山植わってる。役立ててくれ」 と言い残し、石壁を蹴って空中へ跳んだ。下へ転落すると思われた彼の身体は――なぜかそのまま空を斜めに滑っていく。兵たちは唖然とそれを見つめた。 「彫り師の使う術と同じものか――しかし何故」 ロークはよろめきながら石壁に穿たれた穴に近づいた。鼻曲りが手当てを続けながら、それにちょこちょこと追いすがる。残った目で下を見下ろすと、弓を持っているはずの見張りの兵達が地面に倒れていた――あの有翼種にやられたのだろう。 暫く後――遠くから虫の羽音のような、奇妙な音が鳴り響いた。庭園にいた皆が一斉にその方向を見やると、不思議な――とても不思議な形の大きな鳥が――空に浮かんでいるのが見えた。その後ろに、羽ばたく有翼種の姿が続く。二つの飛行物はゆっくりとベセルキアの上空から遠ざかり――やがて東へと消えて行った。

ともだちにシェアしよう!