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佳月04

 どこまでが事実なのかは判明していないが、運命の番同士について、特に定説と云われているのが次の二つだ。  出会ったら、互いが運命だとはっきりわかること。  触れてしまったら、Ωの定期的にやってくる発情期──ヒートといわれている現象──とは関係なく、その場で発情してしまうこと。  三春のフェロモンは、嬉しそうに尚樹の周りを漂っているが、いつまでも同じ空間にいるのは、色々とまずいかもしれない。  尚樹はこっそりため息をつくと、三春から視線を外して隣にいる辻に話しかける。 「サークルって、先輩たちとお前の三人だけ?」  尚樹の問いに、辻が首を横に振って答えた。 「いいや。工学部と医学部にひとりずついるよ。佐伯さん、田中さんと飯島さんは?」 「ああ。二人とも、今日は来れないってメッセきた。田中は実験。飯島はレポートだと」  辻の質問に、佐伯がのんびりと答える。どうやら、彼はこういう話し方が癖らしい。 「忙しいんだな、相変わらず──ああ、田中さんも飯島さんも女の子だよ」  辻が、会話を補足して、ほかの部員について説明した。 「そうなんだ」  それに対して、尚樹はたいして興味もなく相槌を打つ。  工学部の部員はどうかわからないが、医学部のほうは十中八九αだろう。あの学部は八割がαだったはずだ。 「ああ、藤田。一応言っとくけど、田中さんも飯島さんも美人だぜー」  ニヤリと意味深に笑って辻が言うと、 「二人ともイイ性格してるけどな。いろんな意味で」と、佐伯が合いの手を入れる。 「あのなあ……辻」  暗に自分のあだ名を当てこすって揶揄する辻に、尚樹はムッとして顔をしかめた。すると突然、三春が口を開いた。 「──綺麗好きなんだって?」  その声音は今朝、中庭で聞いたものとはまったく違っていた。  ──キレイズキッテ、ナニ?  ──キレイナラダレデモイイノ?    銀木犀が、不安そうに揺れた。だがそれは、まるで春風のように尚樹を包んでいる。  だけど、三春から直接発せられた声は、氷を当てられたかのようにひんやりとしていて、乖離がひどくて困惑する。  しかも、その表情はとても穏やかに微笑んでいて、尚樹の視線を釘付けにさせてしまうほど魅力的だ。  だが、佐伯と辻はその微笑を見て、ギョッとしている。 「はい?」  言われた意味がわからなくて、つい尚樹は聞き返していた。 「辻からサークルのグループメッセージもらったんだよ。『綺麗好きの藤田』くん」  トゲのある言葉に尚樹はカチンときて、あからさまに不機嫌な表情になる。  なんだっていうんだ? ほぼ初対面だというのに、いったい彼は自分の何が気に入らないというのか。  わけもわからず内心でいらついていると、三春がゆっくりと口を開いた。 「最初だから言っとくけど──」  ──チガウ。ウンメイナノニ。  ──ヤメテ、チガウ。トメテ。  香ってくるフェロモンの言葉に、尚樹はハッとする。  三春は、辻からメッセージを受け取って、自分のあだ名の意味を知った。だから、フェロモンを感じていながらも、警戒しているのだ。  そして、歓迎会の時に見せたように『高慢なΩ』を演じようとしている。 「──辻から聞きました。神崎さんの事は」  三春の言葉を途中で遮って、尚樹は堂々と言い返す。  その科白を聞いて三春がふっと笑う。だが、目は少しも笑っていない。まるで挑んでくるような強い視線をぶつけてきている。 「じゃあ、話が早いね。僕はαに反応しないんだよ。そこは理解してくれ」  その言葉とは裏腹に、銀木犀の香りが乱れた。  ──チガウ。ウンメイ、ミツケタ。  ──ハナレナイデ。  改めて、三春を見つめる。尚樹を睨みつける瞳の奥は、何かが不安定そうに揺れている。  ──ナニガ、アッタ?  ──チガウ。ハナレナイデ。オレノウンメイ。  フェロモンで注意深く問いかけてみるが、銀木犀は支離滅裂な反応を見せるだけだった。  だけど、三春本人の眼差しは強いままだった。その様子は、まるで自分のフェロモンや尚樹のフェロモンに対して、必死に抵抗しようとしているようにも見えた。 「俺も言わせてもらいます。確かに辻とか他の連中から『綺麗好き』と言われてますけど、綺麗だからって誰でもいいわけじゃないんです」  ──キミガ、イイ。キミシカイラナイ。  挑むようにはそう言って、尚樹は三春をじっと見つめ返す。  誰でもいいんじゃない。俺は、あんただけがいいんだ。  そういう意味をフェロモンも交えて、言葉にしっかりと刻みつけて言い放った。 「覚悟してください」  尚樹はそう言って、笑顔を見せる。 「なにを?」 「誰でもいいわけじゃないってことを、です」  ──キミガ、オレノウンメイ。ハナサナイ。  まるで、宣戦布告のようだった。  対峙する二人には、口説くとか口説かれるというような艶っぽさよりも、一触即発のような危険性をはらんだ緊張感が漂っている。  ただならぬ雰囲気に、辻も佐伯も何も言えずに二人の様子をただ黙って窺っていた。  だが、佐伯と辻が感知しない中で、尚樹はずっと三春を己のフェロモンで甘く包んでいた。  ──ハナレナイヨ、ズット。  三春は、不機嫌そうに眉を寄せて見返したあと「……勝手にしろ」と言い捨てて、ふいと尚樹の視線を退けるようにして顔を逸らした。

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