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第1話
好きって言いたい。(玉置×甲田)
徨梁学園高等部#1 (玉置裕司視点)
気に入らない。
どうしてあんな取り澄ました本心の見えない八方美人に、みんながみんな参ってしまっているんだか。
お前ら馬鹿じゃないのか?明日から学校(ここ)に来なくて済むもんなら、今すぐこのクラスの奴等に言ってやりてぇ。 顔だけなら、俺の方が可愛いだろ。 俺は玉置裕司。 この春県下随一の進学校、徨梁学園高等部に必死で勉強してなんとか入学することが出来た、新一年生だ。 俺は自分がゲイだという自覚がある。この偏差値の高い徨梁学園に入学したのも、親を喜ばす為じゃない。
恋人を作るためだ。
徨梁学園は半寮制の小・中・高と一貫教育(いわゆるエスカレーター式ってやつ)の男子校で、高等部もほとんど中等部からの持ち上がり。外部からの入学者はほんの一握りだ。その一握りに入るために、俺がどんだけ勉強したかわかってんのかっ!
くぅ~と喉の奥で唸りながら、俺と同じく外部生でまだ入学してから二週間ほどしか経っていないにもかかわらず、大勢の取り巻きに囲まれた梶並雪也を睨んだ。
何が『白雪姫』だよ。男じゃねーか。
クラスの奴等が、影で梶並のことを『白雪姫』だの『ブランシュ』だのと喩える度に、俺は不愉快な気分になった。
だってこんなハズじゃなかったんだ。 あのポジションにいるのは、本来なら俺のハズだったのに!
容姿なら負けていないと思う。
梶並は確かに女顔で、華奢で色白で目がでかくて俺から見ても可愛い顔をしているけど、俺父ちゃんイギリス人で髪はプラチナブロンド、目は深い蒼(あお)、アングロサクソン系の血を引いているからもちろん色だって白いし、唇も……下着の中だってそりゃもう綺麗にピンク色。おまけにお人形さんのように可愛いと昔から評判だし、背だって梶並より5センチは小さい。 俺はここでモテまくって、好みの男をGETする予定だったってのに。
何より気に入らないのは、俺が一番気に入っている甲田雅広を、いつもそばにはべらせていることだ。 地黒で髪も短髪で真っ黒。背が高くて、一重で切れ長のちょっとヘビっぽい目、それに似合わない人懐こい笑顔と、なんかフワフワした可愛い性格。
モロ、俺好み。
甲田は中等部からの持ち上がり組で、あいつと寮が同室になった時、俺は本気で『徨梁に入って良かった!』と思ったのに。
「梶並め梶並め梶並め……!!」 「なぁに?玉置くん、呼んだ?」
机に突っ伏した俺の頭上から少年らしい澄んだ声音が降ってきて、驚いた俺は盛大に肩を揺らした。こめかみあたりからつうっと嫌な汗。忌々しげに呟いた小さな声を聞かれてしまったらしい。
くっそ、なんで聞いてんだよ。さっきまで甲田とメチャ楽しそうに話してやがったくせしやがって!
思わず睨みつけた俺に、梶並は聖母ヅラした笑顔を向ける。
「僕の気のせいだったかな、ごめんね?」
わずかに首を傾げた仕草を見て、イラっとした。
自分の容姿が回りに与える印象を計算ずくで、動いている。
カンだけど、多分当たってる。梶並は外部生でありながら入学式の時新一年生代表で挨拶をしていた。要するに入試トップだったわけだ。 たった二週間程度で取り巻きが出来るほどになったのも、可愛いらしい容姿のせいだけじゃない。 こいつはとにかく頭の回転が早くて、メチャクチャに要領がいい。いつの間にかこのクラスの連中はすっかり梶並に頼りきっている。何か問題が起きたりすると、奴等は担任よりもまず梶並に解決法を仰ぐ。 ……ギリギリで徨梁に受かった俺とは、出来が違う。 それこそ、俺が敵うのは顔ぐらいか。 如何ともしがたい能力の差は、俺と梶並の立場をすでにハッキリと分けている。
「玉置くん……?大丈夫?顔色、悪いけど。」
うっさい。俺に構うな。 そう言いたかったけど実際のところ俺が勝手に一人でライバル視しているだけで、梶並とは特別仲が悪いわけじゃない。 というか、最早このクラスでは梶並を敵に回したら、本気で居場所を失ってしまいそうだった。
「……心配しなくても、平気だから。」
愛想笑いを浮かべる卑屈な自分に嫌気が注す。 口の中に薄く苦い味がして、俺は負け犬気分で目を伏せた。 それを体調が悪いからだと勘違いしたのか梶並が、
「……ね、雅広。玉置くん保健室まで連れて行ってあげてくれるかな。」 「うん。わかった」
……は?
まず梶並が甲田を『まさひろ』とすでに下の名前で呼び付けていることに驚き、言われるままに従う気でいる甲田に目が点になった。
「お、おい、俺平気だって」
いやいや気分的にはなんかすごく平気じゃない気分だけど。
「無理しないの。最近玉置くんが元気ないからって雅広ずっと心配してたんだよ。ノートは僕が取っといてあげるから、安心して休んでおいで。」
梶並の勘違いなんてどうでも良かったけど、甲田に肩を優しく掴まれて耳が熱くなった。席から立つように促されて、大きな手のひらで背中を支えられると頭がぼうっとなる。 甲田の手があったかくて。
「大丈夫?」
少しかすれ気味の低い声が耳朶を掠って、ゾクゾクしてしまった。
「うん。……ありがとう。」
保健室は別棟にあるから廊下に出る。甲田がピッタリと俺を支えてくれるのが嬉しすぎて声が震えた。 でも。 甲田がこんなことをしてくれる理由ってどっちなんだろう。 寮が同室の俺を心配して? それとも、梶並が命令したから?
「……こうだ、くん……」
情けないか細い声が出て、自分にガックリきた。
「ん?どうした?」
身長がちょうど頭一個分くらい小さい俺の顔を覗き込むようにして訊いてくれたけど、
「ごめん、なんでもない……」
俺は小さな声でそう言うしかなかった。 意気地ねえな、俺。 甲田はもう本気で俺の好みドンピシャ。本心ではすぐにでもお付き合い願いたい。 でも、もしかしたらコイツも、クラスの奴等と一緒で梶並の方が好きなのかもしれない。 そう思うとガンガン押すどころか、上手く喋ることすら出来なくて。 保健室に着く頃にはすっかり気分も滅入って、俺は自分の足元しか見えないくらい俯いていた。
「玉置、本当に大丈夫か?ここで休むより寮に戻って寝た方が……」
あぁコイツ、本気で優しいな。 甲田は、同室になって二週間経つのに意識し過ぎて未だまともに会話出来ない俺に、いつも優しい。 好きだなぁ、コイツ。俺のもんならいいのにな。 キーンコーン、とチャイムが鳴った。
「あ、ここで大丈夫っ。予鈴鳴ったから、教室戻って。本当にありがとう。俺平気だからっ。」
にこっと笑って、言えたハズ。 甲田はほっと息を吐くと、俺の肩をポンポンと叩いた。
「無理するなよ。」
あんまり優しい微笑みに、『ちくしょう!お前が好きだ!!』と叫んでしまいそうだった。
「うぉ~。甲田ラヴリー!」
小さく独り言を呟きながら真っ白なベッドに潜り込む。ふと向かいのベッドを見ると、良く知った顔があった。
「よ。ラヴリー裕司君。」
向かいのベッドに俯せに寝ている長身の男が、軽く片手を上げて軽薄そうな笑顔を寄越して来た。
「んだテメェ、またサボりか。」 「ひょ~!すげえ豹変ぶり!さっき愛しの甲田くんには甘えた声でニャンニャン話してたくせに。何だそのドスのきいた声は。」
サボりはお互いさまだろーし。とブツブツ言いながら皇久人(すめらぎ きゅうと)はゴロンと寝返りを打って俺に背中を向けた。
「看護士どこ行った?」
その背中に問い掛けると、ブフッと噴き出しやがった。 また俺の方に寝返りを打って、
「おま、看護士じゃねーよ保健の先生だよ。」
クックッと笑う。
「バーカ。知ってるよ。俺、高校生よ?」
軽口を叩くと、久人は盛大に笑い出した。 明るいオレンジブラウンの髪、ちょっと軽そうだけどかなり整った顔。俺と違って生粋の日本人のハズだけど、目と眉の間が狭くて鼻が高いから外人顔に見える。この男とは中学からの友達で、俺の数少ないゲイ仲間。
「あ~あ。お前とはフツーに話せるのにな。」 「お?何だ裕司、恋の悩みか?んならこの恋愛百戦錬磨の俺様に訊いてみ?」 「なぁにが百戦錬磨だ。百戦百敗だろーが。」 「さぁ、それはどうかな。もうすぐテディは俺の熊嫁になるぜ。」 「くまよめ……。」
俺はゲンナリして頭を垂れた。
コイツは美形だけど、好みのタイプが体毛濃くてガチムチ筋肉質の熊系男子で、先ほど言っていた『テディ』を追っかけて来たって言うのが、徨梁に入学った理由らしい。
「熊田だっけ?名前までお前好みじゃん。」 「おうよ。可愛いかろうが。」 「いや、全然。」
中学で見つけたせっかくのゲイ友なのに、俺とコイツの間に色っぽいことが何も芽生えなかったのは、お互いの好みのタイプが違い過ぎるから。
でも、それで良かったんだと思う。俺にとって久人は唯一、本当に何でも話せる大事な親友なんだ。
一時限目が終わるチャイムが鳴って目が覚めた。いつの間に寝たのか良くわかんないけど、久人の方はまだゴエゴエ寝てる。 どうしようかな、今日この後。教室に戻るのがかったるい。どうせまた梶並の奴がイイヒト面して勝手に人の心配とかするんだ。 ……もう寮に帰って引き篭もるか。
「おぉーい、キュウ、具合どうだ?」
ガラッと雑粗に引き戸を開けて保健室にズカズカ入ってきたムサい男。
「……熊田、久しぶり。」
久人が俺にしたように軽く片手を上げて声をかけると、熊田大吾は仰天して後退り、『タバコの害』とかのポスターの貼ってある壁に貼り付いた。
「お……おおお、おう。玉置……くん、久しぶり。」
同中出身で徨梁に来たのは俺と久人とこの熊田の三人だけ。もともと俺と熊田は久人を通して知り合いなだけで、お互いに友達の友達。
相変わらずだな。 ヒゲはさすがに剃ってるけど、眉毛太いし間が繋がりかけてて、睫毛とか短いけどすごく濃い。手の甲の体毛なんかは中学時代よりパワーアップしてる。毛深そうだ。
コイツが久人の可愛いテディちゃん。熊田は久人と同じクラスになったから、迎えに来たのか。 何故か熊田は俺を見るたび挙動不審になる。イマイチ打ち解けられないのは、多分そのせいだろう。
「おーい久人。テディが来たぞ~。」
熊田が壁に貼り付いたまま微動だにしないから俺が久人を起こしてやった。
「おー。マイハニー」
久人は満面の笑顔で熊田に言った。
「いいかげんにせえ。男子校(こんなとこ)でそんな冗談言うんは。キュウ、もう行くで。」
熊田はさも気色悪そうに久人に言う。 なんだよ、ちっとも熊嫁になりそうじゃねーじゃん。
「熊田、またな。」
久人を連れて出て行こうとした熊田に手を振ると、振り返った熊田はあわあわと手を胸元付近で忙しなく動かしていた。 ……手を振ろうとした……のか……?
「あ……」
トクン、と心臓が跳ねた。 久人たちと入れ違いに保健室に入って来たのは、我が愛しの甲田くん。 「どう?まだしんどい?もし寮に戻るなら送るよ。」
甲田はいつも、ゆっくりと静かに話しをする。少し掠れた声は低くて、聞いていると不思議と安心した。 うん。甲田って癒し系男子。 友達が多いのも頷ける。
「甲田、くん……」
またえらくか細い声が出て、顔が熱くなった。俺何キャラだよ一体。ブリッ子女じゃねーんだからよ。
「顔赤いよ。熱あるのか。計った?」 「や、保健医居なくて……」
ひゃっ。 突然甲田の顔が近付いて来て、俺はピシっと固まった。 え、えぇ!? キス、してくれんの?! 脳味噌沸騰しそう! まじっすか! 嬉しいんだけど!! すっかり舞い上がってパニクった。甲田の蛇っぽい目をこんなに近くで見れただけでも、俺幸せなんですけど。 こちん、と額をくっつけられて、あーあ。やっぱりそういうことね。と思った。 でも。
「んー、熱はない……かな。」
何てこともなさそうにアッサリと離れてしまおうとしてる甲田の右手を思わず掴んでしまった。 あ、待て俺。 何しようとしてる。 だめだって。 まだ早いって。 甲田は目をぼんやりと開けて何度か瞬きをした。
「ん……、……?」
何か喋ろうとして、喋れないことに驚いたみたいだった。 両手が俺の胸元に当てられたから、俺は突き飛ばされるのを覚悟した。でも甲田の手は、遠慮がちに俺の胸を手のひらでぐいと押しただけだった。
「甲田……」
頭がぐるぐるする。 コイツの唇はやらけーし。 フツー男同士で熱計るのにおでこごっつんこなんかしねぇだろ。おまけにロクに抵抗しないのは何だ?誘ってんのか?
「っと、あの、ちょ、ちょっと待って。……何でこうなってるのか分からないんだけど」
いつの間にか甲田をベッドに押し倒して馬乗りになっていた。 俺すげえ。 すげえけど、俺何やってんだ。
「うわっ、ご、ごめん、甲田っ。えとその、な、何にも怖いことしねぇからっっ」
怖いことしないからって何しようってんだ俺。思いっきりちんこ膨らましてるし。 だめだもう、自分で自分が訳わかんねー。
「玉置、誰か来たら誤解されるよ。取りあえず、どいてくれるかな。」
この状況でも優しくゆっくり喋ってくれる、甲田ってやっぱりすごく優しくてイイ奴だ……。
じっと、手を見る。
どさくさに紛れて触った甲田の肌の感触。 思い返すだけでもうヤバイ。
新しい朝が来たってえのに、希望どころか俺布団から出らんない。
股間膨らまして爽やかに教室に登場したら、今度は保健室じゃなくてガチに病院に連れて行かれる自信がある。
「玉置……、もう起きないと遅れるよ。」
なんで甲田と俺は寮が同室なんだ……。昨日まで幸せだったこの事実が、今は苦しい。 心配そうに掛けてもらったセリフに後ろめたさが募る。
「今日休む……」
お前がこの部屋を出たら、俺は即お前をオカズに一人上手開始するんだぞ。 そんな俺に、心配してもらうだけの価値なんか無い。
もっそり、布団を瞼までかぶって丸まって、寝返り打って甲田に背中向けた。
「大丈夫か?」
大丈夫だから、早く出て行ってくれ! そんなに近寄んな、息がかかる……。
「こうだくん、甲田くんまで遅れる……早く」 「熱は?」
ボソボソ言ってたら肩を掴まれ上を向かされた。
「わっ……」
また、おでこをくっつけられて頭の中が真っ白になる。
うわああああああああああああ。
「熱いな。」
甲田の声がものすごくセクシーに聴こえるのも、俺を見る瞳が熱っぽく真剣に見えるのも、ぜんぶ俺の妄想と願望のなせるわざだってことくらい、頭ではちゃんとわかってるんだ。頭では。 でも俺の心臓と股間はそれをぜんぜんわかってない。
「先生呼ぶから、寝てて。」
言って立ち上がろうとする甲田の腕を掴む。キスしようと引き寄せたら、唇と唇の間にてのひらを挟まれた。 その優しい拒絶も、恋に浮かれた俺には結構な衝撃で。 一気に目の前が涙でぼやけた。
「玉置、ここは男子高だよ。玉置の家では当たり前のただの挨拶でも、そんなこと誰にでもやってたら皆勘違いする。ただでさえ、玉置はその……、男子に見えないし。」
……はい?
「あいさつって……」 「お父さんがイギリス人でも、欧米ではキスが挨拶でも、ここは日本だからそんな習慣は無いんだよ。」
いや、あの、ちょ。 欧米人だって男同士の挨拶に唇と唇でキスなんかしねーんだけど。 あれか?俺の体毛が素で白金なのがいけねえのか?それとも目が青いのがいけねえのか? 俺外人じゃねーし。産まれてこのかた短期旅行以外で日本から出たことねーし、とーちゃんは確かにイギリス人だけど日本大好き過ぎて日常会話殆ど日本語。俺はおかげでほぼ日本語しかしゃべれねーし。いっぺん俺の英語のテストの点数見てみ?笑うぞ?英語担当の橋本ティーチャーなんていっつも悲しそうな表情して俺を見てるじゃねーか。そりゃ俺が見事に見掛け倒しだからだ。
「家族と別れて、生活習慣の違う場所でさみしいのはわかる。でも気を付けた方がいいよ。」 「……」
えっと、何から説明すっかな……てぼんやり考えてたら、浮かんじまった。
名案。ただし、俺しか得をしないけど。
「さみしい。ふつうの挨拶もできないなんて、俺……。」 「玉置……」 「朝とか、寝る前だけでいいんだけどな。甲田くんはイヤ?」 「え?」 「おはようとおやすみのキス。俺と。」
うおー。我ながら恥ずかしい!何言ってんだ俺!! でも甲田はどうやら真剣に考えてくれているみたいだ。 うっ、ちょっと罪悪感。 今からでも冗談だって言おうかな。……でもそれだと昨日のキス&押し倒しに説明が付かないのか。卑怯なのは重々承知だけど、このまま勘違いしてもらってた方がありがたい。
甲田は多分ノンケだ。俺がゲイだってことがはっきりバレたら、嫌われちまうかも。 嫌われたく無い。 あわよくば好かれたいし、キスも、したい。 毎日キスしてるうちに、俺のことうっかり好きになっちゃったりしないかな。 うっかり意識するようになっちゃったりしないかな。 俺、好きなんだ。 甲田のこと。
「やっぱだめかな……ごめん、忘れて。」
そんなに上手く行くわけねーか。 返事に窮してる甲田に申し訳なくなって、俺は謝った。
「あ、学校、遅刻しちまうな、ほんとごめんな、引き止めて。」
掴んでた腕を離して、ゆるく押す。 口端が震えるのを誤魔化すように笑顔を作って甲田の背中を見送って、姿が見えなくなってから頭の先まで布団に潜った。
恥ずかしいけど……俺、ちょっとだけ泣いた。
結局、丸1日寝てた。甲田が呼んでくれた校医が持ってきた体温計で計ったら、38度5分あった。
うー、どうりで調子悪いと思った……。 入学してからの緊張と疲れが出たんでしょ、と校医に言われ、解熱剤もらって飲んで寝た。
…………で。
さあどうしよう。 汗だくの寝間着を着替えながら、俺は途方に暮れた。 朝のあのアホな口説き文句を、今更取り消すことはできない。
普通に考えて、あの発言はねーわな。 あれじゃまるで幼女をかどわかす変質者のようだ。
「おれ、こんなに馬鹿だったかな……」
着替え終わってもっかい毛布にくるまりながら、できるだけ小さく丸まった。なんとなく隠れたくなって。
「好きなんだよな……。もうさ、一目惚れだしな。おまけに話したら優しいしイイ声だし、笑ったら可愛いし、好きになる要素しか見つかんないんだ。」
でも会うの怖い。 気まずくなるのが、……嫌われるのが怖い。
「俺こんな、臆病だっけ……」 「起きてるのか?」
…………うっ。
「おか、ぇり」
消えそうな声で言うと、
「熱、だいぶあったらしいな。起きれるならこれ食べて薬飲もう。」
恐る恐る毛布から顔を出すと、卵の入ったお粥とコップに水が乗ったお盆を持った甲田が立っていた。
「ありがとう」
昼も、俺の為にうどん持ってきてくれた。昼休み短いのに。 そんで自分は購買の安っぽいメロンパン食って……。
「ありがとう、ほんとごめん」
いかがわしいことなんか考えた俺が悪かった。マジで。 猛省だ。
ベッドを抜け出てテーブルの前のソファに座る。 うどんは、学食のメニューにあるけど、お粥ってあんのかな。
徨梁には生徒に解放された調理場なんてないはずだから、わざわざ食堂のオバチャンに頼んで作ってもらったってことか。
うわー、俺めちゃくちゃ迷惑かけてる。 どうしよう。
熱々のお粥を前に峻巡していると、
「雪也が作ってくれたんだ。卵とカニカマとネギが入ってる。俺もちょっともらったけど、美味しかったよ。」 「へ……」
梶並が? 俺が不思議そうにしたせいなのか、甲田は色々教えてくれた。
「雪也は部屋にカセットコンロとか鍋とか個人の冷蔵庫とか持ち込んであって、時々料理作ってくれるんだ。 あんまり知れ渡ると皆食べたがって雪也に迷惑かけるから、俺含めて3人しか知らないんだけど。 雪也が、玉置も今度誘っていいよって言ってくれたから。 ほんとに旨いよ、食べてみて。」 「……」
梶並のことを嬉しそうに話されて、ムカムカする。
でも甲田の好意を無駄にはできない。 さっさと食って薬飲もう。
一口食べて、泣きそうになった。
確かに、旨い。 なんなんだあいつ。ただ仲良いだけじゃなくて甲田の胃袋まで掴んでんのか。 二人ともとっくに名前呼びで気心知れてる感じで、それに引き換え俺と来たら。 せっかく同じ部屋で毎日寝起きしてるのに目の前に甲田がいるだけでドキドキしてキョドっちまって、ろくすっぽコミュニケーション取れてねーわ、挙げ句無理矢理キスしたり、更に騙そうとしたり。 こんなんじゃ俺敵わないじゃねーか、ちっとも。
「玉置、大丈夫だよ。ここの生活にもすぐに慣れるから。」
ズビッ、鼻が鳴って目の前に水の膜が貼った。 涙が溢れないように思いきり上向いたら、甲田はちょっと困ったみたいに、でも優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくれた。
「ごちそうさま……」
ボソボソ言いながら両手を合わせる。
食欲は無かったけど、うまかったし残したりしたら甲田に悪いから全部食べた。
「ありがとう、色々ごめんな。甲田くん。」 「いいよ。こういうのはお互い様だし、外部生はだいたいこのくらいの時期に体調崩す奴多いんだって、保健の先生が言ってたよ。」
フーン、半分上の空で相槌うつ俺を、甲田はベッドに戻るよう促し、俺はそれに従った。
甲田は俺に毛布と布団を丁寧に掛けてくれて、それから。
「……っえ?!」
ちゅって、してくれた。 ような気がする。 一瞬過ぎてよくわからんかった。
「おやすみ。」
イイ声で優しく言われて、頭を撫でられて、えぇっ?ちょっと待って!
どう?
なっ?
「いぃい、いまっ、キスしましたか?」 「え、何か変だったかな……?」 「もっ、かい、もう一回して!」 「……?」
甲田は、ひどく不思議そうに俺を見て、首を傾げたものの、無防備に顔を近付けてきてくれた。
もう、思いっきり抱き締めた。 驚いて反射的に離れようとする甲田の首に両腕できつく抱きついて、キスした。
もう、あいさつなんて言い訳はできない。
甲田の唇を何度も緩く吸って、口角を舐めた。
「た、ぁわ……っ」
俺の名前を言おうとしたのか、甲田が口を開けた隙に舌を入れた。
あー――――っ!もう! すきだ。 好きだ。 好きだー―――っ!
「……んっ、ん、んん」
甲田は、何度か俺を引き剥がしたそうにもぞもぞしていたけど、抵抗らしい抵抗はしない。
俺の理性は完璧に吹っ飛んでて、好き放題キスしまくった。 止まんなかった。
「甲田くん、ずっとしたかった……すきなんだ。」 「え、……っと……え……?」 「俺と付き合って!」 「………」 「ダメ?俺じゃダメ?」 「 えぇ?ごめん、急過ぎてちょっと……ぇっと……」 「俺からしたら、ちっとも急じゃない。 入学式で初めて会った時からずっと好きだ。 同室になれた時は嬉しすぎてどうしょうかと思ったし、いまっ、キスなんかされた日にゃそりゃ、もう止まんねー! 甲田!くん!好きだ!」 「…………」 「好き、マジで好き。」 「あいさつ、って……」 「うん。おやすみのキスも、おはようのキスもしよ。 これから、ずっと。毎日。」 「え……?と、なんか噛み合わないな」 「……ダメなん?」 「……ダメっていうか、その、俺そういうのよくわからないし……。 悪いけど、玉置をそんな風に見たこと無かったから」 「じゃあこれから見てよ。」
ぐい、後頭部掴んで引き寄せてキスした。 やたら躊躇してる割には嫌がらない甲田の唇を遠慮なく割って、舌を吸う。
甲田耳真っ赤じゃねぇか。 息荒くなってきてるし。 目を開けたまま、固く瞑った甲田の瞼見ながら極力いやらしく口の中を舐めまわした。
「ちょ、……は、ぁの、たまき」 「甲田くん、きもちくない?俺すごいきもちいよ……」 「っ……あ、ちょ、っとあの、こら、もうっ! 玉置は熱があるんだから、こんなことしてる場合じゃないよ。 もう寝て。」 「じゃ添い寝して。」 「!?な……っ」 「甲田くん、きて。」
甲田は真っ赤な顔して、オロオロして、でもごくりと喉を鳴らした。 目が、俺を熱っぽく凝視してる。 優しくて理性強いからなかなか踏ん切りつかないみたいだけど。
「好き。ね、一緒に寝て。」
こんな風に必死に相手を誘惑すんのなんか初めてだ。 効果の程はわかんねーけど、多分甲田はグラグラきてる。
これ、もしかしてイケんじゃね? あと一押しな気がする。
「ね、はやく……」 「雅広、玉置くんの調子どう?」 あのさ。 なんつーか……。
お前はあれか? 俺になんか恨みでもあんのか?
絶妙のタイミングで現れた梶並に、甲田は一気に正気を引き戻されたらしい。
無言かつ速やかに梶並の脇から部屋を出て行った。
「雅広……?」
梶並が甲田を呼ぶ声がしたから、てっきり梶並は甲田を追いかけて行ったんだと思ってた。
俺は恥ずかしいやら悲しいやら惨めやらで涙止まんなくなって、布団に潜ってこんかぎり丸まってて、梶並がどうしたかなんて考えてもなくて。
だから、
「玉置くん、大丈夫?まさかとは思うけど……、雅広に何かされたの?」
すぐ側で梶並の声が聞こえて、めちゃめちゃ動揺した。
「なんもなぃ、だいじょ」 「ちょっとごめんね」
俺、力一杯丸まってたし、必死に布団掴んで捲られないように踏ん張ってたんだ。
でも梶並は呆れるくらいの馬鹿力で俺の布団を剥ぎ取り、涙でグチャグチャな俺の顔をムリヤリ自分の方へ向けて、ショック受けたような表情のあと、酷くツラそうに深くため息を吐いた。
「……謝らせるから。償わせる。でも、雅広は好きでもない子相手にそんなことする男じゃないから。それだけは誤解しないであげて……」
俺の顔の涙やら鼻水やらを壊れ物扱うように自分のハンカチでそっと拭うと、俺に毛布を掛けて立ち上がり、厳しい表情で一瞬宙を睨んだ。
あー……!ダメだ!コイツ絶対誤解してる!
襲ったのは、俺の方だっつの!
「ちっちげーよ!俺が告って、拒否られただけっ……っ甲田はなんもわるくなぃっ」
自分で言いながら、胸が抉れるみたいにつらかったけど、でも。 甲田にこれ以上迷惑かけらんねー。
「……え?」 「……マジで、悪いのは俺の方だから、変な誤解しないでくれ。」 「……玉置くん?」 「でも、俺だって本気だから、甲田のこと、すげー好きだから! お前には負けねえ!!」 「……え?……え?……うーん……まぁわかった。 ところで、僕は普通に付き合ってる彼女がいるんで、玉置くんこそ変な誤解しないでね。」 「!」 「雅広とは友達だから。そういう目で見られるのは、気分悪い。」
やっぱり嫌いだ。 こいつ。 嫌悪感を隠さない梶並に、こっちこそ気分最悪でなんか言い返したかったけど、ただ涙堪えるだけで精一杯だった。
「……玉置くんは、もうちょっと自分の見た目を知っておいた方がいいよ。」
うるせぇ。 もうどっか行け……。
「先生方も心配してて、小中持ち上がり組の中でも信頼されてる雅広と寮が同室になるように取り図らったり、同じクラスの僕も守ってあげて欲しいって頼まれてたんだよ。」 「……は?」 「いつも雅広が必ず張り付いててくれたでしょう? 問題のある上級生はまぁ、僕が一掃したから……。 ここ、女の子いないから、ある程度しょうがないところもあるけど、玉置くんは特別目立つから。 自分が体育の時着替えてる写真とか隠し撮りとか……出回ってるの知ってた?」 「……へ?」
え?なに?じゃ、俺ってちゃんとモテてたの? 内心コッソリちょっとだけ喜んだけど、
「分かりやすく言おうか。玉置くんのこと、女の子の代わりにしたがってる奴が、ここにはうじゃうじゃいるんだよ。」
ものすげー嫌そうに言う梶並に、なんかムカついた。
「お前が言うか。」 「は?」 「そんなん、梶並のがよっぽど……うちのクラスの奴らなんかほとんどがヨダレ垂らしてお前のこと見てんじゃん!」 「……っ?!」
俺がもし仮にちょっとやそっとモテてたとしても、明らか梶並ほどじゃない。
悠長に俺なんか守ってる余裕あんのか?コイツ。 もしかして案外鈍いんじゃねーの?
「お前陰で白雪姫とか呼ばれてんし、『めちゃくちゃ色っぽい』だの、『唇がエロくてたまんねー』とか『彼女いるとか(笑)百合としか思えん』とか『乳首ぜってーピンクだよ!!あぁ~脱がしてみてえ』とか言われてんぞ?」 「…………ち……?!え、キモっ……な、嘘でしょ?」
何やら片目ピクピク引き攣らして、唇への字に歪まして、本気で嫌そーにしてる梶並を見てちょっとだけ良心が咎めたけど、
「ウソじゃねーし。エッラソーにお説教垂れやがって、テメエのがよっぽど自分を知らねーじゃんか。」
ぜんぶホントのことだしな。
「……」 「……」
押し黙った梶並に、俺も別にもう話すこと無いし、
「もう用無いだろ。自分の部屋帰れば?」
ぶっきらぼうに言うと、なんか知らんが梶並はふふっと笑う。
「……玉置くんて、ちゃんと話すと結構印象違うね。」 「あ?お前は変わんねーよ。」 「何か、面白いな。」 「俺は面白くねぇ!失恋したばっかりなんだぞ!ちょっとはいたわれよ!」 「え?僕でいいの?いたわるの。」 「ノンケに用はねぇな。」 「あは、何かほんと、面白いな。僕を邪な目で見てる奴はみんな本当は女の子が好き。で、僕に普通に接してくれる玉置は、ゲイなわけだ。」 「おえ、『くん』付け忘れてんぞ。」 「玉置なんて既に僕のことお前呼ばわりじゃない。」
梶並がクスクス笑って、でもあんまり嫌な感じはしなかった。 いつも教室で見る愛想笑いじゃなくて、自然とこぼれた感じの笑顔だったからかもしれない。
なんか調子狂う……つか、なんかコイツ、俺の気持ちとかは否定とかしないのな。 俺、今かなり八つ当たり気味にヒドイ対応してたのに。
「『甲田に近づくな』とか……言わねーの?」 「どうして?決めるのも判断するのも、雅広が自分ですることだよ。 正直、複雑だけど、 玉置本気なんでしょう? 僕が口出せるようなこと、何も無いじゃない。」 「!……へー……。お前って、もっと独善的なのかと思ってた。」 「え?酷いな……あ、でも、あんまり雅広いじめないでね。 僕にとっても雅広は大切だから。」
結構、ビックリした。 梶並って、もっと融通の利かないお堅い優等生サマだと思ってたし、さっきまでの様子から見てても、てっきりゲイフォビアだとばかり思ってたのに。
「俺の恋敵的な意味で?」 「違うよ。だから、僕には彼女いるって言ってるでしょ。 そうじゃなくてなんか、似てるんだ。 雅広見てると、僕の幼なじみとダブって見える……真面目なイイ子なのに、不器用で馬鹿正直で要領悪くて損ばっかりしてて、ほっとけない。 ……弟みたいな感じかな。」 「……」
お前ソレ、友達とか幼なじみにするカオじゃねーだろ。 梶並には何の興味もない俺でもドキっとした。
幼なじみとやらのこと思い出してんのか知らねーけど、珍しくカオに全部出てる。
「……ふーん。」 「何?」 「んや、何でもねー。……マジで、おかゆ旨かったし、あんがとな。」 「どういたしまして。 ね、なんか玉置とは友達になれる気がする。」 「へ?」 「僕のこと、変な目で見ない奴って貴重だから。」 「何ソレ自慢?モテ過ぎて困ってますって?」
イラついてブスくれる俺を見て梶並はプッと噴き出し、ケタケタ笑った。 教室で見せる笑顔や笑い声はえらくお上品だったのに、なんだお前その品の無さは。
「なるほど。どうして玉置に敵視されてるのかな……って思ってたけど、そういうことか。 大丈夫、もうちょっと暖かくなって衣替えあれば、すぐに逆転するよ。 僕って、脱ぐと男らしいから。 みんな目が醒める。」
梶並が何言ってんのかわかんなくて眉根を寄せてあぁん?と睨むと、
「信じてないでしょ。 僕脱ぐと印象変わるっていっつも言われるから」 「おいおいおいおいおいおいおいおい誰が脱げって言ったんだよ? 別に見たくねーし!」 「えー」
サイドに白いライン入った黒のジャージの上着を脱いで更にその下に着てた黒の長袖のTシャツまで脱ぎにかかった梶並を前に焦って、止めようとしていたら。
キイ、と微かな音がして部屋のドアが開き、入って来たのは甲田だった。
「あ、雅広。」 「……!」
俺のベッドの上に上半身半脱ぎの梶並と、梶並の脱ぎかけのTシャツ掴んでる俺。
いつも穏やかな甲田が、ものすごく驚いた表情して後退った。 あー。 ややこしい。
どうしてこうなった。
もうすぐ6月。 あれから1ヶ月以上経って、梶並と、梶並の同室の鳥山とは友達になった。 やたら美味いもん食わしてくれる梶並に、俺も餌付けされちまったのかも。 中でも一番美味かったのは、あれだ。 ぶつ切りのアボカドとマグロとエビと生ハムとキュウリをにんにく醤油で合えたやつ。刻み海苔と炒りゴマがいいアクセントになってて、つまみに良し、おかずに良し。 気がついたらしょっちゅう部屋に入り浸って、鳥山のベッドなんか我が物のようにソファ替わりにしてた。
梶並はいざ仲良くなってみると、いっつも筋トレしてて、料理が上手くて、たまに上から目線過ぎてイラっとくることを除けば、結構イイ奴だった。 ちょくちょく許可取らずに外泊して来たりする彼女持ちの梶並と鳥山をフォローする代わりに、うまいもん作ってもらう。そんな感じ。 まあ、寮生が外泊するには一応規則があって宿泊先の申請したり色々面倒な許可が必要で、ぶっちゃけ女に会いに行ってる奴らには寮管の納得するようなお泊り先なんて無いから……。 そこを甲田や、俺なんかがうまいこと誤魔化しといてやるわけだ。
でもでっかい問題が、未解決のままだ。
甲田と二人でいる時はずっとギクシャクしてる。 俺の方は相変わらず、甲田が好きでたまんない。 でも、強く拒絶されるのが恐くてビビっちまって、うまく接することができない。 つか。 甲田は無防備すぎる。
俺にベロちゅーされたの忘れてんじゃねーかと思うくらい、態度が変わんない。
平気で同室の俺より先に眠っちまうし、俺がいる前でぽんぽん脱いで着替えるし、部屋に付いてるユニットバス使った後なんか、全身ほこほこに温まってイイニオイさせながらパンイチで出て来たりする。 自分を性的な目で見てる相手と同じ空間に居るってことがどういうことか、わかって無さ過ぎだ。
ムラムラするっつーの!普通に!
キス、してえ。 あーちくしょう。 甲田の口の中の感触、すごかった。 もっと、いっぱいしたい……。 イイニオイするうなじ舐めて、あの耳たぶもしゃぶって……。
「玉置、なにかな」
はっ!!
「ご、ごめん!」
いつものように俺の目の前で大胆に寝巻きに着替えてる甲田をガン見しすぎて、無意識のうちにめちゃ近くまで寄ってた俺は、大慌てで飛び退いた。
かかとに何か引っかかって視界がぐるりと回って、天井が見える。 でも、転けなかった。
甲田が、抱き止めてくれたからだ。
俺さ、我慢してたんだ。 ずっと。 ホントは、触りたかった。 抱きしめたかった。 もーどーしょーもないくらい膨らんだこの気持ちを、甲田の目を見て伝えたかった。 だめだ。明らかに無理だ。 もう、我慢なんかできるかよ。
「大丈夫?気を付けて。慌てないで、足元見て……」
俺を支えてた手を離そうとする甲田に抱きついた。
「すきだ」
胸に顔を埋めると、イイニオイがして足元からふわふわした。
「…………えっと」 「キスしたい。していい?」
甘えた声で言って見上げると、甲田はちょっと慌てたみたいに狼狽えて、すんげーちっちゃく
「だめ。」
って言った。 申し訳ないけど、嫌がってるようには見えなくて、俺はドキドキしてドキドキして止まんなかった。 きっと、たぶん、俺がビビってたような強い拒絶はされない。そんな気がした。
「ん……」
甲田のくちびる、やーらかい。 調子に乗ってしつこくちゅっちゅちゅっちゅしてたら、
「たまき、も、もうっ、ちょっと……」
甲田が顔を背けたから、今度は目の前にきたほっぺたにキスした。
「っ……だ、だめって」 「じゃ突き飛ばしていいよ。」 「できないよ。玉置こんな細くて小さいのに。突き飛ばしたりなんか……」 「優しいな。好きだ。甲田のそういうとこ。」 「……困る」 「なんで?」 「玉置の気持ちにまだちゃんと応えられないのに、……嫌じゃない……。」
罪悪感いっぱいです、て表情されて、俺は内心ガッツポーズした。 おっしゃ! いける! イケるぞ!
「嫌じゃないってホント?」 「……うん」 「それだけですげー嬉しい。」 「ごめん、でもまだ、その……よくわからなくて。」 「いーよ。俺そんな欲張ったらバチ当たりそうだし。……」
ちゅ、唇のすぐ脇に軽く吸い付いて、口角を舌でくすぐったら、甲田がふるっと首を振った。 真っ赤になったほっぺた、恥ずかしそうに視線が宙を泳ぐ。 ぎゅうぎゅう抱きついて、それから甲田の硬めの短髪、後頭部を撫でると、甲田はなんかじっと俺を見てる。
「……」 「すきだ」
ほっぺたにちゅって音立ててキスした。
「……っ」 「すき」
もう一回。
「……」 「だいすき」
もう一回。 鼻の頭が甲田のほっぺたに埋もれるくらいぐいぐいくっついて、なんか満足してンフー、と息を吐いて見上げたら、 甲田はくすぐったそうに笑ってて、その顔がすっげーすっげー可愛くて頭がなんかぼーっとした。
「めちゃくちゃすき。 俺今すげー幸せ。甲田くん、もっかいキスしてもいい?」 「………っ…」
耳たぶに唇付きそうな距離で言うと、甲田はくすぐったかったのか身震いした。
「玉置は、なんでそんなに俺がいいんだ?」 「イイとこ?いっぱいあるけど……やっぱ一番は性格かな。」 「……」 「優しいし、真っ直ぐで、穏やかだけど一生懸命で、見ててそばにいて気持ちいい。 甲田のそばに居るとすごく安心する。」 「…………」 「すき。」
もちろん、外見も声も、ニオイもめっちゃ好きだけどな! とは思ったけど声には出さなかった。
甲田は真面目過ぎるくらい真面目だから、あんまり軽薄なこと言って軽蔑されちゃったらツラ過ぎるし。
甲田が固まったみたいに動かないから、俺はまた抱きついて、頭撫でて、ほっぺたにいっぱいキスした。 何回も。 そんで何回も好きだって言った。
いつの間にか2時間くらい経ってて、甲田は足が痺れたって言って照れ臭そうに笑って、俺はまた好きだって言った。
消灯の時間になって、部屋の電気消してから、甲田のベッドに上がり込んだ。甲田は俺があんまり当たり前みたいに入ってきたせいか、特に騒ぎも拒絶もしなかった。
一緒の布団にくるまって、甲田の薄いけど広い胸板に頬ずりしまくって抱きついた。 俺はまだまだ言い足りなくて、鬱陶しいくらいに好き好き言いまくった。
勿体ないから眠りたくなんてなかったのに甲田の体温がぽかぽかで気持ち良くてぐっすり眠っちまって、そんで。
朝起きたら、一つの布団にくるまったまんまで、甲田は俺に
「おはよう」
って言ってすぐ、キス、してくれた。
夢かと思った。
「今、もしかしてキスしましたか?」 「うん。玉置には負けたよ。これからもよろしく。」
人の良さそうな優しい笑顔をわずか10センチの距離で見せられてはたまらない。 俺はすぐに甲田の首に腕を絡めて、お返しのキスをした。
END.
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