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第5話
屋敷の玄関には幾つもの靴や草履が並んでいた。使用人の物じゃないのは一目瞭然だ。恐らくは村の重役達が来ていて、またあの大広間で小難しい話をしているんだろう。
「夕凪!」
俺達が框に上がったところで、廊下の向こうから黒服の男が走ってきた。昨日の顔合わせで夜霧が入って来た時に襖を開けていた、あの色男だ。
「どうした、嵐雪 」
「あ。斗箴様に朱月様、お帰りなさいませ」
早口で俺達に挨拶をしてから、嵐雪と呼ばれた彼が夕凪の腕を引いて小声で話し始めた。
「今夜の夕食会に注文した料理が予定時刻に間に合わないらしい。女中達が急いで代わりの物を作ってるけど、そのせいで会合に出す茶菓子なんかの用意に手間取ってるんだと。手が空いてる人間は厨房に集合だ、お前も手伝え」
「夜霧様の耳には?」
「まだだ。バレる前に終わらせねえと、二十人近くの首が飛ぶぞ」
夕凪が頷いて、俺に向き直った。
「朱月様、そういう訳で手伝いに行って参ります。お二人は部屋で休んでいて下さい」
「お、俺も手伝うよっ」
急いで夕凪に駆け寄る俺の後ろで、斗箴が意地悪く笑っている。
「あかつき、皆の足を引っ張るなよ」
「斗箴様、この件は夜霧様には内密にお願いします」
「分かっている。おれだって兄様を怒らせたくないからな」
三人で廊下を走って厨房のドアを開けた瞬間、中から物凄い熱気が溢れ出してきた。
「もたもたするな、早くしろ!」
「誰かひとっ走り、笹上の魚屋まで行って来てくれないか」
「無茶言え、途中で食材が腐っちまう!」
「白富の最高級茶葉が無くなりそうです、どうしましょう!」
「旦那様と夜霧様の分さえ間に合えばいい。足りないものには市販の茶葉を使え」
厨房は相当な修羅場と化している。飛び交う幾つもの怒声の中、俺達を見つけた女中が焦った様子で駆け寄って来た。
「嵐雪様、夕凪様。それに、朱月様まで……。わざわざ来て頂き、申し訳ございません」
「お凛、状況を説明してくれ」
夕凪からお凛と呼ばれた若い女中が、今にも泣き出しそうな顔になって言った。
「事故で道が混んでいて、方々からの食材の配達が遅れているみたいです。先ほどこちらからも何台かトラックを出して受け取りに行ったのですが……」
「高速が無いと、こういう時に不便だな」
嵐雪が苛立ったように舌打ちする。
「どうしても間に合わない食材は笹上町で購入することになりましたが、厨房の人間はここから離れる訳にはいきません。私達は車を運転できませんし……恐れながら、お二人にお願いしたいと思いまして……」
「分かった。すぐに必要な物を書き出してくれ。嵐雪、その間に車の用意を」
「あ、ありがとうございます!」
こういう時の夕凪は本当に頼りになる。俺が子供の頃高熱を出した時も、真夜中に嫌な顔一つせず車を出してくれたっけ。
「お凛……ちゃん、俺にも何か手伝えることないかな」
「えっ? あ、朱月様にそのようなことをして頂く訳には……」
「俺で良ければ力になる。これから俺も皆に世話になるんだし」
お凛ちゃんが縋るような目を夕凪に向ける。夕凪が頷いたのを見て、彼女はホッとした様子で俺を厨房の中に入れてくれた。
「それでは朱月様、大広間までお茶を運んで頂いても宜しいでしょうか。恥ずかしながら私共、お客様の前に出て行けるような状態ではありませんので……」
確かにこの熱気の中、彼女も他の女中の皆も髪や化粧が崩れてしまっている。それを直す時間を考えたら俺が持って行った方が早そうだ。
「分かった。すぐ持ってく」
湯呑みや茶菓子が乗ったお盆を慎重に持ち上げて厨房を出たところで、突然お凛ちゃんが捲し立てた。
「あっ。朱月様。旦那様と夜霧様にはこちらの特別な茶葉を使って下さい。お客様に気取られないよう気を付けて。それから総司様は和菓子がお嫌いなので、あの方にはこちらの焼き菓子をお出しして下さい」
「え。えっ? だ、大丈夫かな? 総司様って誰?」
「矢代会の副会長、荻野総司様です。夜霧様より少し年上の若い方なので、ご覧になればすぐ分かるかと思います」
「わ、分かった。やってみる」
転ばないように、だけど極力急いで大広間の前まで来た俺は、一度お盆を床に置いてからそっと襖を開けた。
「失礼します」
中にいたのは親父と夜霧、飯田村長と、昨日見た矢代会の会長らしき年配の男、そしてその息子である若い男……。五人の視線が一斉にこちらを向いた。
「朱月、何か用か?」
「お茶とお菓子を持って来たんですけど……入っても大丈夫ですか?」
夜霧が面倒臭そうに腰を上げ、俺の方に近付いてくる。
「何故お前が? 他の女中はどうした」
小声で、だけど威圧感たっぷりにそう言われた俺は、何と説明したら良いのか分からなくて目を泳がせてしまった。
「お、俺がどうしても皆の役に立ちたいって言って、強引に運んできたんだ」
「殊勝だな。神社での汚名返上か」
「え? ……ああ。それもあるかも……」
すると夜霧が身を屈め、硬直する俺の耳元で低く囁いた。
「そういうことなら遠慮なく奉仕してもらうとしよう。だが、もしも親父や客人に無礼があったら――後は分かるな」
急須を持つ手が震えてしまう。俺が本番に弱いことは夜霧も手水場での一件で知っているはずなのに、わざわざプレッシャーをかけてくるなんて本当に意地の悪い奴だ。
こうなったら絶対に失敗なんてするもんか。この場の全員に最高のお茶を飲ませてやる。
確かお凛ちゃんが、親父と夜霧には特別な茶葉を使えと言っていた。それほどこの二人に気を遣うということは、他の客よりも先に二人にお茶を淹れるのが正解か? それとも二人の分は最後に回して、淹れたての熱いお茶を飲んでもらうのが正解なのか。
普通に考えたら客のお茶を先に淹れる方が正しそうだ。でもこの村の頭首に対する思いは普通じゃないような気もするし……。
「どうした朱月、早いところ親父に茶を出してやってくれ」
「あ……、はい!」
夜霧が助け舟を出してくれて、俺は急いで「特別な茶葉」を急須に入れた。零さないように湯呑みに注ぎ、ついでに夜霧の分のお茶も淹れる。
「ど、どうぞ」
「――ん。さすがは白富の茶葉だ、去年よりも味が良い」
褒められたのは俺じゃないけれど、親父の機嫌が良くなったのを見て嬉しくなった。
「皆さんもどうぞ」
仏頂面で俺を睨んでいる「お客様達」には、ちゃんと気付かれないように別の茶葉を入れて出すことができた。これで一先ず安心だ。無礼なことも失敗もしていない。
「うん、確かに美味い。今年はより深い味になってますな」
飲んでるのは恐らくランクの落ちたお茶なのに、何も知らない矢代会の会長がそう言って満足げに笑った。
「白富……?」
一口飲んで、怪訝そうな顔を湯呑みに落としたのは飯田村長だ。ギクリとしたが、何食わぬ顔で茶菓子の準備をする。
「白富の茶葉、でございますか?」
親父に問いかけながらも、村長は明らかに俺を睨んでいる。
「おい、本当にこれは白富の茶葉を使っているのか?」
まずい。まさかこんな展開になるなんて。冷や汗が出てきて、心臓が一気に早鐘を打ち始める。だけどその時、狼狽する俺の背後から夜霧の鋭い声がした。
「梅吉爺さん、うちの朱月が淹れた茶を信用できないとでも?」
「いえ夜霧様、そのようなことは……。ただ、少しばかり慣れ親しんだ味と違って思えましたので。朱月……様が、何か勘違いをしているのかと……」
「淹れたのは朱月でも、用意したのは本家に仕える人間。矢代家の優秀な女中達を侮辱するおつもりですか」
「とんでもございません。……失礼致しました」
また、夜霧が俺を助けてくれた。一体どういうつもりなんだろう。俺の失態を嬉々として待ち構えているはずの夜霧なのに、二度も俺を助けてくれるなんて。
妙な気分になりながらも間違えずに茶菓子を出すことができ、俺は大広間を後にした。
「お疲れ様です朱月様。本当に助かりました。有難うございます」
厨房に戻り、お凛ちゃんにお盆を返してから俺は力無く笑った。
「ちょっと危なかったけどね。それより夕凪達、帰って来た?」
「先ほど連絡を頂いて、じきにお戻りになるようです。私共もようやくひと段落つきそうで安堵しています。これも朱月様がお手伝いして下さったお陰ですね」
すっかり気分が良くなった俺は、鼻歌を歌いながら自分の部屋へ向かった。夜霧の助けはあったものの、とにかく俺にも出来たという思いが自信になって込み上げてくる。
この調子でもっと本家の役に立つことができたら、少しは村長達も俺を見る目を改めてくれるかもしれない。どうせなら彼らとも仲良くなりたい。俺が妾の子である事実は変わらないけど……それでも、俺の存在を認めてもらいたかった。
「後は夕凪達の帰りを待つだけか……」
呟き、部屋の襖を豪快に開いたその瞬間――自分でも驚くほどの大声を上げてしまった。
「うわぁっ! な、なんでっ?」
「待っていたぞ」
「………」
なんで、夜霧が俺の部屋に……。
「襖を閉めろ。嵐雪に呼ばれたことにして、会合を抜けて来たんでな」
ベッドに座った夜霧がつまらなそうな目で俺を見ている。会合を抜け出してまで何の用があるのかと思ったけど……それよりも先に言うべきことがあるのに気付いて、俺はその場で頭を下げた。
「さ、さっきはありがとう。二度も俺のこと助けてくれて」
「妙な勘違いをするな。あの場で問題を起こされては面倒だったから手を貸したまでだ」
素っ気ない返答に肩透かしを食らったような気分になったけど、俺は頭をかきながらもう一度礼を言った。
「まぁ……とにかく、ありがとう」
「座れ」
夜霧が自分の隣を指し、本当に犬でも相手にするかのように言った。どこか釈然としないものの、立ったままでいる訳にもいかないから素直にそこへ腰を下ろす。
「四度、だ」
俺が座ったのと同時に夜霧が呟いた。
「え?」
「今日は四度、お前の失態を見逃してやった。神社で二度、さっきの広間で二度だ。そのツケはどうやって払う?」
「だ、だけどそれは、色々仕方なかったっていうか……」
「口応えするなら、その分も加算するが」
俺は口を噤み、懇願するような目を夜霧に向けた。が、当然のことながら夜霧は俺を許すつもりなんて少しもないらしい。その腹立たしいほど楽しそうな薄笑いを見れば分かる。
「そういうことだ、朱月。四度の失態を帳消しにするには……」
「わっ……」
夜霧の手が動いたと思った時、既に俺は背中からベッドに倒されていた。視界一杯に広がる天井。その中に、不敵な笑みを浮かべた夜霧の顔がある。
「四度、お前を鳴かせるしかないな」
「む、無理っ……そんなの絶対に無理だって」
「お前なら、立て続けに四回くらい簡単なことだろう?」
「な、何を根拠にっ……ん、んぅ……」
塞がれた唇の間を割って、夜霧の濡れた舌が入ってくる。俺の頭をシーツに押し付け、強引に中をかき回すように……口内で夜霧の舌が激しく蠢いている。
「ん、う……。やめっ……」
舌の動きはそのまま、夜霧の手が俺の腰に回された。捲られたシャツの中で肌を撫でる手の動きに背筋がゾクリと粟立ってくる。無駄なのは百も承知だけど、俺は本能的にそれから逃げようと身を捩らせた。
そんな俺の態度が気に障ったのか、唇を離した夜霧が俺の顔を睨みつけて言った。
「お前、俺が教えた規則を忘れてないか。反抗するならまた夕凪も交えて罰を与えるぞ」
「っ……」
その言葉に俺は息を飲み、ぎゅっと口を閉じてかぶりを振った。
「嫌か」
何度も頷く。
「俺に服従すると誓うか?」
少し迷ってから、弱々しく頷く。
夜霧が眉を吊り上げて意地悪く笑った。
「それなら今日は、本当にお前が服従する気になったのか……それを確かめるとするか」
「え?」
「朱月。俺は荒っぽいのは好きだが、強姦の趣味はない。お前が本当に俺に服従しているのなら、どうしたら良いか考えれば分かるな」
頭の中ですぐにその答えが出た。要は合意の上で荒っぽい強姦じみたことをしたいということなんだろう。ということは、俺の口からそうして欲しいと言えということか。
なるほど――冗談じゃない。
「お、俺にこんなことしてるって、親父に言ったら……どうするつもりなんだ? ……それに、隣の部屋には斗箴もいるんだし。……お、俺が大声を出せば……」
「別に俺は誰に知られても構わないが。そうなった場合はお前の方が困るんじゃないのか? 雑種犬の分際で次期頭首を誑かした、とな」
「………」
その情景が頭の中でありありと浮かんでくる。何を言っても俺の主張なんて聞き入れてもらえないんだろう。夕凪も俺を庇おうものなら、俺と一緒に迫害される。斗箴へのプレゼントの約束も果たせないまま村を追い出されて、行くあてもなく……
「どうした、朱月? 大声を出すなら出してもいいぞ」
あり得ない想像に泣きたくなってきた。
「……夜霧、様……」
「何だ」
「……俺の身体を……好きにして、下さい……」
俺にはもう、夜霧の権力に縋って生きて行く道しか残されていないのか。
「いいな、その台詞」
俺はベッドに寝たまま、夜霧の顔を見ないようにと首を横へ曲げた。そうしているとまるで糸を切断された操り人形のような気分になってくる。
そうだ、今だけ人形みたいにじっとしていればいい。どうせ逃れられないなら抵抗してもっと酷い目に遭うよりも、大人しく夜霧の気が済むのを待てばいいじゃないか――。
「………」
夜霧が俺の頭に触れ、そのまま髪をくしゃりと掴んだ。
「柔らかいな。栗色の髪は天然か?」
「……うん」
「肌の白さも申し分ない。見た目だけなら愛でるに値する」
夜霧の唇が俺の顎に触れた。
舌が喉仏をなぞる。首筋に吸い付かれ、捲られたシャツの中に再び手が入って来る。どんなに心を空にしようとしても、直接肌に触れられる感覚だけは遠ざけることができない。
「あ、……ぅ」
露出した乳首を舌で撫でられた瞬間、昨日と同じように背中がビクリと波打った。
やっぱり嫌なものは嫌だ。だけど今更どうすることも出来なくて、そんな自分が情けなくて、悔しかった。
「は、ぁっ……。あ、嫌……」
夜霧は俺が嫌がっていることなんか気にも留めていない。ただただ自分の好きなように、満足のいくように、俺の敏感な部分に舌や指を這わせているだけだ。
「朱月、下は自分から脱げ」
嫌だと言いかけたのをすんでのところで飲み込み、俺は震える手で自分のベルトを外した。更にボタンを外し、ファスナーを下ろし、下着に手をかける。出来るだけ時間を稼ごうと思ったけれど、脱いでしまえば結局無意味なことだった。
夜霧が俺の脚を持ち上げ、大きく開いた内股に唇を這わせる。不気味なほど艶めかしいその姿に、俺は目尻に溜まった涙を拭って小刻みにかぶりを振った。
「どうしてほしい。言え、朱月」
赤くなりすぎた顔と心臓が、今にも爆発しそうだ。
「さ……触って、ください。俺の……」
掠れた声で言うと、夜霧が剥き出しになった俺のそれを手のひらに包み込んだ。温かいのに身体は震え、嫌なはずなのに心地好い。
「……や、あ、あぁっ」
手の中のそれが上下に激しく擦られる。淡い痛みはすぐに快楽に変わった。
「夜霧っ、ぃ……」
「その顔――とても嫌々付き合ってるようには見えないな」
「っ、……ふ、あっ……」
俺のそれを荒々しく擦りながら、夜霧が身を倒して唇を寄せてきた。だらしなく半開きになった俺の口の中に、夜霧の熱く濡れた舌が差し込まれる。
「ん、あぁっ……、はぁっ……」
無意識のうちに絡めた舌。今にも果ててしまいそうな意識と身体。ついさっきまでは嫌悪感が勝っていたはずなのに、今はもう、この状況の好悪の区別すらつかない。
自分でも気付かないほど心の奥深くにあった欲望が、夜霧の手と舌によって少しずつ解放されてゆく。
「夜霧。……も、もう俺っ……」
「なんだ、随分早いな。……まぁ、あと三回残っている訳だし、一度目はそれでも構わないが」
「――ん! あっ、あぁっ……」
先端から飛び散った体液が俺の腹に跳ねる。まだ少ししか扱かれていないというのに、その早さに我ながら驚いた。単に俺が早いだけなのか、それとも夜霧が巧すぎるのか……。
「次は口で鳴かせてやるか」
「あ、う……。ほ、本当にもう、無理だって……」
夜霧の手によって両脚を大きく広げられる。明るい場所でこんな格好を見られるなんて屈辱以外の何でもない。……だけど同時に、心のどこかでその先を期待している俺もいた。
「あぁっ……!」
夜霧の口にすっぽりと収まった果てたばかりの俺のそれが、すぐに熱を持ち始める。一度射精したことによってより敏感になっているみたいだ。昨日の夜、風呂場で咥えられた時よりもずっと与えられる刺激が強い。
「い、あっ……夜霧ぃっ……」
俺は夜霧の灰色がかった髪を掴み、腰を浮かせて何度も首を振った。声と同時に涙が溢れ、涙と同時に意識が蕩け出す。隣の部屋に斗箴がいることすら忘れてしまいそうだった。
「や、だ……。もう、やめっ……。痛い、から……」
ふいに、夜霧がそこから顔を離して身体を起こした。
「流石に、少し時間を置いた方がいいか?」
「……はぁ、あ……」
その言葉に俺は軽い安堵と落胆を覚えた。今まで夜霧に咥えられていてまだ硬さを保っている俺のそれは、突然愛撫を止められて少し不満そうだ。どうせならもう一度果ててから止めて欲しかったような気もする。恐らくは夜霧もそれを分かっていて止めたんだろう。だけど――
「少し休憩、だな」
そう言って、夜霧が自分のベルトを外した。ぎょっとして目を丸くさせる俺に、容赦のない冷酷な笑みが向けられる。
「休憩している間は、お前に働いてもらうぞ」
「む、無理だよ俺っ。そんなのしたことないっ……」
「なんだ、散々好くしてもらっておいて、自分は何も返さないのか?」
「だって……」
「これも罰の延長と思え。俺を満足させれば、四回の内の一回として数えてやる」
「………」
恐る恐るベッドから身を起こし、夜霧の前に座った。身体が震えている。心臓はもっとだ。露出した夜霧のそれは既に緩く反応していた。
「俺に奉仕するのと、俺に教育されるのと、……どっちを選ぶ」
どっちも嫌だ。嫌だけど、どうしても選ばないといけないのなら――
「……夜霧に、する」
「する、じゃないだろう」
恥ずかしさに耳が熱くなる。俺はあぐらをかいた夜霧の正面に身を低くして蹲り、消え入りそうな声で呟いた。
「夜霧、様……。俺に、咥えさせて下さい……」
「口を開けろ」
「………」
「歯を立てるなよ」
言われるまま、俺は夜霧のそれをそっと口に含んだ。生まれて初めてする行為……男のそれを咥える日が来るなんて、三日前までの俺に想像できただろうか?
「……ん、う」
口の中で怖々舌を動かしてみる。舌が夜霧の表面に触れた瞬間、思わず上半身がビクついてしまった。この状態からどうすればいいのか分からなくて逡巡していると、次第に息苦しくなり、顎が痺れてきた。
「ゆっくりでいい。元々、期待なんてしていないからな」
まるで戸惑う俺を見て楽しんでいるかのような口ぶりだ。頭上から降ってきたその言葉にムッとなり、俺は覚悟を決めた。
「っ……」
半ば自棄気味に舌を動かすと、夜霧が一瞬驚いたかのように息を洩らした。口の中で夜霧のそれが脈打ち、同時に頭を押さえ付けられる。
「んっ……!」
「そのままだ」
「は、ぁ……。ん、んぅ……」
覚悟さえ決めてしまえば不快な気分も自然と何処かへ飛んで行く。俺は口の中で滅茶苦茶に舌を動かして、唾液と一緒に夜霧の体液をも嚥下し、もっと夜霧を困惑させてやろうと更に激しく舌を巻き付かせた。
「ん、うっ……」
屹立したものを含んでいるのが苦しくなってきて、俺は一度口から抜いたそれを根元から何度も舐め回した。そうしているうちに何故だか俺自身も熱くなってくる。とんでもなく淫らな気分になってくる。強要されてもいないのに、俺は夜霧のそれを握って先端に舌を這わせ、軽く口に含んで吸い上げた。
「っ……、なんだ、朱月。初めてにしては……」
夜霧が言いかけたその時、俺の背後――襖の向こうで人の声がした。
「夜霧様、こちらにいらっしゃいますでしょうか」
「っ……」
反射的にそこから離れようとした俺の頭を、上から夜霧が押さえ込む。
「ああ、ここにいる。嵐雪か、どうした?」
閉じた襖の向こう側にいる嵐雪が答えた。
「俺に呼ばれたフリをして、会合を抜けて来られたとか。オヤジ達には話を合わせておきましたが、あまり遅くならない方が宜しいかと」
「生憎、今は手が離せないのでな。親父にもう少し待つよう伝えてくれ」
「お連れして来ますと言ってしまいました。できれば、今すぐ戻って頂きたく」
夜霧が軽く笑って、未だそれを咥えたままの俺に視線を落とした。そして――
「入って来い、嵐雪」
「っ……!」
静かに襖が開いた。
「………」
俺の背後で茫然と立ち尽くす嵐雪の姿が目に浮かぶ。殆ど全裸に近い格好の俺が尻を突き出して蹲り、夜霧のそれを口に咥えている……そんな場面が待ち受けているなんて、流石の嵐雪も予想していなかっただろう。
「お取り込み中、失礼致します」
始めの衝撃から立ち直ったらしい嵐雪が、普段と変わらない口調で言った。これがプロ意識の高さというものなんだろうか。だけど俺にはそれが恥ずかしくて堪らない。できれば慌てふためいて、襖を閉めてもらいたかった。
「夜霧様、オヤジがお待ちです。それにもうすぐ、夕食会で頂く料理も到着する頃です」
「構わない。朱月、続けろ」
「夜霧様――」
「ん、……ぅ、んっ……」
頭を押さえ付けられたまま、再び夜霧のそれをしゃぶる。あまり面識のない嵐雪の前でこんなことをするなんて耐えがたいほどの苦痛だけど、どうせやらなきゃならないなら少しでも早く終わらせないと……。
「……夜霧様、お戯れが過ぎるかと」
「妬いているのか? 嵐雪」
「………」
「朱月に自分の役目を取られたとでも思っているのか」
「俺は只の世話役でございます。恐れ多くも夜霧様に、そのような感情を持つことなど」
「それなら黙って待っていろ。朱月の集中が削がれるから、部屋の外でな」
「……承知致しました」
そのやり取りを聞いて、何だか複雑な気分になった。
俺の頭を押さえ付けていた夜霧の手が離れて行く。だから俺も萎えたそれを口から抜き、顔を上げて言った。
「い、行った方がいい。親父達、待ってるって」
「お前が心配することではない」
「でも……これで嵐雪が親父に怒られたら可哀相だ」
険しかった夜霧の表情が、それを聞いてほんの少しだけ弛む。
「……まぁ、怒られるのは嵐雪でなく俺だろう。厄介なことにならないうちに行った方が得策だな」
「うん、そうし――」
「が。その前にもう一度、印を付けておくとするか」
「え? ……あっ!」
胸元に夜霧の唇が寄せられた……それが分かった時にはもう、肌を強く吸われていた。
昨日風呂場で首筋に付けられた「夜霧の所有物である印」――それと同じ印が、今度は胸元に刻み込まれる。
「離れた場所にいたとしても……これが消えないうちは、お前は俺の飼い犬のままだ」
「………」
服を直し、部屋を出て行く夜霧の背中。俺はそれを茫然と見つめながら、真新しい印の上に手を重ねた。
……触れた手のひらから、心臓の音が伝わってくる。
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