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選択の先 最終章・柒年の哀①

 ――ねえ起きてよ中也。  記憶に残るは、己を呼ぶ太宰治の声。二人で海に飛び込んだ筈が、太宰の悪運に引き摺られ亦おめおめと生き延びて仕舞った。中原中也はそう思った。  非常に細い光の中、太宰の顔が見えた。其の表情は今迄見た事も無い泣きっ面で、其れが何故か無性に心を締め付ける。幼い子供が必死に何かを訴えようと泣きじゃくっているようだった。  ――知ってるか、太宰。  ――手前の泣きっ面は、矢っ張り人形みたいに奇麗なんだぜ。  子供を宥める様に其の頬へ触れようと片手を上げる、上げようとした。然し意志に反して躰は自由に動かず、僅かな隙間から見える太宰の姿も徐々に狭まっていく。  ――俺は、死ぬのか。  離さないと誓った許りだったのに。死にたがりの太宰が生き残り、中也のみが落ちて行く此の状況は皮肉以外の何物でも無かった。  ――なァ、太宰。  ――今だから云うけどな、本当は俺が手前を倖せにしたかった。手前と倖せに成りたかった。俺はもう迎えが来たみてぇだ。俺だって手前独り置いて逝くのは忍びねェ。此れは俺の我が儘なんだがな、手前には笑っていて欲しいんだ。其れが手前の選択した手前の生きる途だったんだろ?だから手前は光の中で生きろ。何時迄も泣いてないで、手前が一緒に生きたいと思える相手を捜して呉れ。俺が居てやりたかったよ、だけど其れももう叶わねェみたいだ。倖せにならないと承知しねェぞ。……そうだな、真面目で実直で、少し天然で手前の傍で支えて呉れるような奴が善い。手前が傍に居て心から安心出来る奴が善いな。手前が少し見上げる位の長身の奴が善いだろ?目線だけでも下を向いたら俺の事思い出しちまうからもしれねェからな。上だけ、未来だけ見て生きろよ太宰。……畜生、何で俺じゃねェんだ。何で俺は傍に居て遣れねぇんだ。こんなに、こんなに誰よりも手前を愛してるのに。太宰、なァ太宰約束だからな。俺の分も生きろよ、俺の分も倖せに成れよ。追って来たりするんじゃねェぞ。噫太宰、愛してるぜ俺だけの太宰。太宰、太宰なァ俺――――

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