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選択の先 最終章・柒年の哀②
「中也」
中原中也が目を覚ました時、見知らぬ天井と見知った顔が在った。
無機質な混凝土の天井と耳に微かに届く電子音。赤く腫らした眼で覗き込んで居たのは育ての親とも云える嘗ての上司、尾崎紅葉。
「……あ、ねさ…………」
「善かった……」
眼に涙を溜め乍ら紅葉は中也の頬に触れる。一時は心臓が停止していたがポートマフィアが有する医療機関に運び込まれ、首領である森鴎外の助力も有り蘇生に成功した。
「芥川のみならず其方迄……貴重な戦力を失うかと思えば肝を冷やしたわ」
紅葉の口から出た芥川龍之介の名。其の一言だけで中也の意識は完全に覚醒し、呼吸器を外して寝台から身を起こして紅葉の腕を掴む。其の鬼気迫る様子を慮った紅葉はそっと中也の手を放させ顔を背ける。
「あの童は懲罰も終わり、明日から任務に復帰じゃ」
「……懲、罰」
表情が固まる中也を紅葉はゆっくりと寝台に寝かせる。外傷は無いにせよ一時は心停止に迄陥った身、暫しの静養が必要と判断した故だった。
殺風景な病室の寝台に寝かされ中也は再び天井を仰ぐ。ポートマフィアの内部懲罰といえば一朝一夕で済むような生易しい物では無い。一体あの夜から何日経過したのだろうか。覚醒しつつも纏まらない思考が頭の中にぐるぐると廻る。
遊撃隊長である芥川龍之介が懲罰を受けるとなれば其の罪は非常に重い。今現在でも首領森鴎外に目を掛けられている太宰に対し、独断で拉致監禁を行った事実だけでも相当重い筈ではあるが、中也は其れだけでは無い予感がした。
「だ、ざい…………姐さん、……太宰、は?」
三大悲劇作品然り、自らが一命を取り留めた処で太宰が行き違いとなって仕舞っては元も子も無い。紅葉は中也の問いを想定していたかの様に目蓋を伏せる。
「太宰は無事じゃ、ちゃんと生きておる」
「そっ、か……善かった」
若し太宰が死ぬような事があれば屹度懲罰程度では済まされないだろう。恐らく芥川は自ら重い処罰を選んだ。自らの選択が大きな事態を招いた事、其れを深く悔やんでの事なのだろう。中也は目許に手を当て深い溜息を吐いた。
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