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選択の先 最終章・柒年の哀③

 何故もっと早く太宰に逢いに行かなかったのか。其れ許りが悔やまれた。  芥川の事が気懸かりだったのもある。誰かを傷付けて得た倖せは心から笑えるものなのだろうか。  元はといえば中也の選択に間違いが在ったのでは無いだろうか。確かに中也は太宰の浮気を黙認していた。然し其れは太宰に対する信頼から生まれたもので、互いの仕事や任務の事も有り以前の様に四六時中傍に居る事は叶わない。其れでも信じているからこそ、太宰の自由意思に任せていた。其れが抑々の間違いだったのだと中也は痛感している。他人に付け入る隙を与えない程、溺れる程の愛を初めから注いで居れば善かったのだと。  今、久方振りに見た太宰は中也以外の人物に背中を預けて其の手を握る。  何故もっと早く太宰に逢いに来れなかったのか。あんなに哀しい泣き顔をさせて仕舞った太宰を、あの男の様に強く抱き締める事が出来なかったのか。  太宰も横断歩道の反対側から中也を見ていた。形振りかまわず攫って仕舞えば倖せになれるのだろうか。あの日、あの時の様に。 「太宰……」  ――俺は此の先も一生、手前以外は愛さないぜ。  気付けば、中也の左眼からは涙が伝い落ちていた。  触れたい今直ぐに。其の腕を掴んで攫って。誰も追って来れない二人だけの場所に。二度と誰の眼にも触れさせない、二人だけで暮らせるのならば。贅沢な暮らしなんて出来なくても善い、太宰さえ其処に居て呉れるのならば。毎日だって愛を伝える、片時だって離れないし淋しい思いもさせない。  其れは敦や芥川がしてきた事と同じなのだと中也は気付いた。  今の自分は敦や芥川と同じ位置に居る。太宰が選んだのは自分では無かった。  此の狂おしく、焦げ付きそうな想いももう太宰に渡せる物では無くなって仕舞ったのだと。  ――もう泣くな、太宰。  ――其奴は手前を倖せにして呉れるだろうから。  中也は其れ以上踏み出さず、何も云わずに其の場を立ち去った。

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