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第94話 ずっと傍にいるよ
マンションのエントランスが開き、冬多が出てきた。
「おはよ、冬多」
進一郎は明るく声をかけたが、冬多はどこか落ち着かない表情をしている。
「おはよう……、佐藤くん」
「なんだよ、元気ないなー。久しぶりの学校だっていうのに」
「だって……、やっぱりなんだか、恥ずかしいんだもん……」
冬多はそう言い、新しい眼鏡にそっと触れた。
淡いブルーをした細いフレームの眼鏡は、退院のお祝いに進一郎がプレゼントしたもので、度は入っていない。
今までの顔を隠すための眼鏡と違い、明らかにお洒落用の眼鏡で、新しい髪型にもよく似合っている。
やはりまだ、進一郎と部屋で二人きりでいるとき以外は、完全な素顔を晒すのは無理だと冬多は言う。
……正直言うと、進一郎のほうも、彼が素顔を不特定多数に見せてしまうことに、抵抗があった。すでに一度は素顔を晒しているとはいえ、ずっととなると話は違う。
進一郎のその気持ちは、自分だけが冬多の素顔を見れるという独占欲と、素顔を見せてしまうと、冬多に思いを寄せる人間がたくさん出てくるだろうという、危機感からだ。
センスのいい髪形と、前とは段違いに顔立ちが分かる眼鏡をかけた冬多は、もうすでに充分人目を惹きつける。
勿論、冬多のことは信じているが、邪魔者は少ないに越したことはない。
だからしばらくは眼鏡という薄いベールをかぶっていてもらおう。冬多がもう眼鏡はいらないと自分から思うまでは。
学校への道をゆっくりと歩いていると、冬多がどんどんうつむきがちになっていく。
進一郎は彼の頭に手をやり、真っ直ぐ前を向かせる。
「ほら、うつむかないの、冬多」
「だって、やっぱり恥ずかしい……。眼鏡はお洒落すぎるし、前髪は短いし……。なんか不安になるっていうか……」
「大丈夫。オレがいるだろ?」
ポンと冬多の頭に手を置いて、顔をのぞきこむ。
「オレがいても不安?」
進一郎が問いかけると、冬多はかぶりを振った。
「……佐藤くんがいてくれるんだよね……。不安じゃない」
小さな声だったが、冬多ははっきりとそう答えてくれた。花がほころぶような笑顔とともに。
冬多の愛くるしい笑顔を眩しく見つめながら、進一郎は思った。
そうだよ、冬多、オレがおまえの傍にいるから……。
ずっと、いつまでも――――。
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