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第2話:コンタ

「だる……」  客が帰ったばかりの個室は、いまだプレイの残り香が漂っている。  コンタはマッシュショートの黒髪をがしがしと片手でかき混ぜながら、使用済みのコンドームをゴミ袋へ放り込んだ。  ダルいと言いながら手際よく個室の清掃を進めているコンタは、はだけたワイシャツにボクサーパンツ、足もとは黒の靴下とローファーという妙な出で立ちである。 「あー、ケツ痛てぇ……」  青と黒のストライプ柄をしたボクサーパンツ越しに、臀部を摩る。  久々に濃い注文だった。  床に打ち捨てられた、白い名残りがこびり付いた紺色のブレザーを拾い上げながら、コンタは先程のプレイを思い出していた。 「生徒になってほしい」  高校の教師だという男からの要望はそれから始まり、制服の着こなしや仕草、話し方まで相当細かく指南され、今履いているボクサーパンツも男が用意してきたものである。  初会の客で、雑談を混じえながら要望を聞いたのはたかだか20分程度だったが、コンタはそれら一つ一つを完璧にこなしてみせた。  結果、プレイにのめり込みすぎた男が少々暴走することとなり、尻が痛む羽目になった訳だが、僅か二ヶ月でスパイスルークラブの看板となり、店の名前まで広めている理由は、コンタの特殊能力ともいうべきそのプレイ内容にあった。  衣装を着ると、客の理想に近い――ほぼそのものの形でことが出来るのである。  役者の経験など微塵もなかったし、自覚は無かったが、どうやらその才能に秀でているようだった。  現実的には行えない背徳感のあるプレイが、コンタというフィルターを通すことで実現できる。それも、没入感がもの凄い。  単なる『ごっこ』ではなくなるのだと、噂が噂を呼んで評判になったのである。  また不思議なのは、それだけ評判であっても、コンタの顔を正確に覚えている客が居ないということだ。毎回コンタを指名する客でさえ、その顔をあまり思い出せないという。  確かに派手な方ではないが、醤油顔の端正な造作をしていて、印象に残りにくい顔立ちをしている訳ではない。しかし、客が各々に自分の理想をコンタに重ね合わせる為、人によって全く異なる印象を受けるというのが原因のようで、『没入感がもの凄い』と言われる所以はそこにもあると思われた。  誰の心にも入り込むカメレオンのようなボーイであるが、その素顔は誰の記憶にも残らない。  けれども、コンタはそれで良いと思っている。  自分は自分で『役』に入り込むことを楽しんでいるし、何より客がそれを望んでいて、安くは無い金を落としてくれるのだから。  それが、自分の仕事なのだ。

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