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第3話:柏木

 時刻は20時半に向かおうとしている。  個室の清掃を終えたコンタは、シャワーを済ませてから私服に着替え、事務所兼ボーイの控え室に置かれているソファに寝そべっていた。  ダクトがむき出しの無機質な天井を見つめていると、瞼が重くなってくる。今日は他にも二名が待機していたはずだったが、コンタ以外は誰も居ない。  出張指名でも入ったのだろうか。確か自分はこの後、21時から診察室プレイで指名が入っていたはずで、ああ今日は『センセイ』の日だなと微睡みながら考えていると、ガチャリとドアが開く音で意識を呼び戻された。 「おー、コンちゃんおつかれー」  いかにも軽いノリで入ってきたのは、癖毛かパーマか分かりづらいミディアムヘアをした、糸目の男だった。  南の島がデザインされたやたらとゴキゲンなTシャツにスウェットのハーフパンツという、「家か」とツッコミたくなるほどラフすぎる出で立ちのこの男は、柏木というこの店の店長である。 「マジで疲れた」 「あー、なんか大分盛り上がってたねぇ。お疲れ、お疲れ」  くわえタバコの柏木が、糸目を更に細めてニンマリ笑いながらコンタの頭をくしゃくしゃ撫で付ける。  コンタよりも一回り歳上であるらしい柏木は、度々こうしてコンタを子供のようにあしらうことがあった。 「聞いてんなよ……」  ソファから起き上がり、乱れた頭を手ぐしで大雑把に直しつつ、げんなりした顔でため息を吐く。 「いやいや。聞こえちゃうのよ、倉庫に居ると」  横並びになっている個室の真裏を占める倉庫部屋は、店長以外の出入りが禁じられているため、実際どれほど音が漏れ聞こえるのかは柏木しか知る者が居ない。  へらりと軽薄に笑う柏木に、コンタは「嘘くせ」と言いながらローテーブルの端に置かれた灰皿を引き寄せた。 「お、さんきゅー。コンちゃんは気が利くなァ」  コンタの横に腰を下ろし、慣れた手つきでマッチを擦ってタバコに火をつける。  ふうと天井に向かって煙を吐き出す柏木の隣で、コンタはその様子をまじまじと見つめていた。  タバコに火をつけただけなのに、どうしてこんなにエロいんだ、この男は。  まず、綺麗な指をしたその手つきがエロい。  顔の造りも悪くなく、糸目であることがかえってエロさを引き立たせているようにも思える。  一度でいいからこの男に突っ込まれてみたいと考えて、いやいやダメだろうと心中でかぶりを振るった。  へらへらして、軽薄で、チャラい。  それが、コンタが柏木に抱くイメージであり、実際、柏木はそんな風な男だった。  二ヶ月前、キャバクラの客引きをしていたコンタをスカウトしたのが柏木である。  別段そういう仕事に抵抗の無かったコンタは、金が必要だったことも手伝って、歩合の高さと興味からすぐに入店を希望した。  最初のうちこそ掴み所のない態度が苦手であったが、コンタは次第に柏木のフェロモンとも言える『エロさ』に惹き付けられていった。  どうして自分をスカウトしたのかと尋ねた際に、柏木はお得意の軽薄な笑みを携えながら「だって君、『役』になるの好きそうじゃん」と言った。  軽薄でありながら、そういった嗅覚にはすこぶる優れているそのギャップも、柏木に惹かれる理由の一つかもしれなかった。 「なに、俺の顔、何かついてる?」 「……俺、次21時から初会なんだけど。タバコの匂いつく」  見つめていたことを誤魔化すように口からついて出た言い訳は、少しばかり苦しかった。  客の好みが分かるまでは余計な香りを纏わないというのがコンタのポリシーだが、如何せん灰皿を差し出したのは自分である。  この後をどう続けようかと考えていると、柏木が「ははっ」と笑ってタバコを灰皿に押し付けた。 「あー。大丈夫、大丈夫」  なにが大丈夫なのかと訝しげな表情を向けるコンタに、柏木がへらっと笑う。 「その客、俺だから」

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