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第4話:設定

「……は?」  柏木に促されるまま、あれよあれよと言う間に誘導された診察室仕様の個室で、コンタは差し出された看護師衣装一式を片手に間の抜けた声を漏らした。目の前では、診察ベッドに腰掛けた柏木がニコリと笑っている。 「いや……どういうこと?」  確か、予約が入っていた客は『酉木(とりぎ)』という名前だったはずだが。  それがどうして、柏木と個室に入ることになったのか。 「うん、だからさ。俺、ぎじゃん? 西の方だと鶏肉のこと『かしわ』って言うのよ。だから名前をぎにして……」 「そうじゃなくて!」  ダジャレの話なんて聞いてねえ、と柏木を睨む。  すると柏木は、珍しく困ったように笑って頬を搔いた。 「だってさあ、コンちゃん、俺とシてって言ってもシてくんないでしょ?」 「そ……」  そんなことない、とうっかり言いかけて、いかんいかんと自分を制して「そうっすね」とだけ返しておく。  それと同時に、柏木が自分とらしいという事実に胸の奥がサワサワと騒がしくなるのを感じた。 「店長がボーイに手ぇ出していいのかよ」 「いいのいいの。これも仕事だから」  ぶっきらぼうを装って訊ねると、返ってきたのは存外にドライな答えで、胸のサワサワが一気に凪いでいく。ほんの一瞬でも色めきたった自分をぶん殴ってやりたい気分になった。 「……仕事?」 「そ。大評判のコンちゃんのプレイ、どんなもんか一回体験させてもらおうと思って。店長として」  ハイ、と渡されたペライチのA4用紙には、『設定』というタイトルが打たれていて、以下びっしりと、引くほどびっしりと文字が印刷されていた。  【名前】佐々原翔太  【年齢】28歳  【職業】看護師  【勤務先】帝東大学附属病院  【性格】基本的には控えめであるが、芯の通った性格をしており……云々 「ちょ、待って。ナニコレ?」 「え? やってほしい設定だけど。コンちゃん、細かい方がビジョンが分かりやすくていいって言ってたじゃん」  確かに言った。  プレイをする上で、設定が細かい方が入りやすいし、客の望むことも分かりやすい。確かに言ったが、ここまで細かいと流石にちょっと引くぞと、コンタは頬の辺りを微妙に引きつらせた。設定というより、これはもはや台本だ。  一体どうやってこれを練ってきたのだろう。  もしかしたら、この佐々原翔太という男のことを、柏木は抱きたいのだろうか。  そう考えると、変に嫉妬心が芽生えてくる。勝手に惹かれておいて勝手に嫉妬するなんて、我ながら滑稽だ。心中で自嘲して、コンタは短く息を吐いた。 「わかった。やるよ」 「おっ、マジ? やったー」  右手で軽くピースなんかを作って柏木が笑う。 「じゃ、30分したらまた来るから、着替えてそれ頭に入れといて。あ、俺は医者っていう設定で」  医者という単語が柏木に不釣り合いで、コンタは「はあ」とどこか不満げな返事を返す。そんなコンタに、柏木は部屋を出ながら例の如くへらりと笑った。 「ちなみに今日の予約は店長権限でもう止めてあるから、ここからは貸切だよ。朝まででもイケるから、よろしくね」 「なっ……!?」  パタンと扉を閉めたと同時、「聞いてねぇけど!」というコンタの怒鳴り声が店中に響き渡った。

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