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第5話:コスプレ
柏木が戻ってくるまでもう間もなく。
パンツスタイルの看護師衣装に着替えたコンタは、最後にもう一度と設定資料に目を通していた。
佐々原翔太は、帝東大学附属病院の外科病棟に勤める看護師だが、実はライバル病院の院長の愛人であるらしい。外科部長である柏木を誘惑し、VIPルームに入院している患者の情報を聞き出していく……ざっくり言うと、お医者さんプレイの王道からは少し外れる、そんな筋書きだった。
このプレイのどこに食指が動くのだろうと柏木の性癖に疑問を覚えたが、考えたところで答えは出ないのですぐにやめにした。
しかし、相手が柏木とは。私情が漏れ出ないかと不安要素は十分あったが、やると言ったからにはこなして見せたい。
ボーイを始めてまだ二ヶ月そこそこだが、コンタにも矜恃があった。
よしやるぞと気合を入れると、コンコンと律儀にドアをノックして、柏木が顔を覗かせた。
「コンちゃん、準備いい?」
コツリと靴を鳴らして入室してきた柏木の姿を見て、コンタは思わず動きを止めて固まった。
柏木は、いつもの部屋着みたいなラフすぎる格好ではなく、濃紺のパンツとスクラブに、きっちりとアイロンがかけられた白衣を羽織り、ノンフレームの眼鏡までかけていた。おまけに、髪もオールバックにセットされている。首からは聴診器が垂れ下がっていて、一見すると医者そのものだ。
「何、そのカッコ」
「いやあ、俺もコスプレした方が雰囲気出るかなと思って」
軽く言う割には気合いが入りすぎではないかというツッコミは、心の中にしまっておく。
なにせ、医者姿の柏木が、動悸がするほどカッコイイ。
「じゃー、はじめよっか」
まさか柏木まで衣装を着るとは思わなかった。しかも、着こなしすぎていて仕上がりがめちゃくちゃに良い。
動揺を誘われ出鼻をくじかれた気持ちになったが、柏木に背を向け目を閉じて、深呼吸ですぐに平静を取り戻す。
「柏木先生……僕、熱があるみたいなんです……」
きっかけは、コンタからだった。振り向いたコンタを見て、今度は柏木の動きが止まる。
コンタは、すでに柏木が思い浮かべる『佐々原翔太』の顔になっていた。
「……は、すげぇな」
こいつは、こんな顔だったか。
もう既に普段のコンタの顔を思い出せなくなり、柏木は思わず呟いていた。
コンタが作り出す『没入感』がどんなものかと期待していたが、初っ端からこれとは想像以上だ。
それなりに本気を出してもらおうと、自分も衣装を着込んで雰囲気作りに臨んだが、正解だったようである。
面白い、と今度は内心でひとりごちて、柏木も『医者』のつもりで会話を進めた。
「じゃあ、ちょっと診てあげよう」
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