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あわやチェンジ

 扉を開けたら、全く望んでいない生き物が佇んでいた。  結城(ゆうき)はその生き物の存在が信じられなくて、そいつをしばらく見つめ続ける。相手はくりっとした瞳を少し驚いたように丸くさせ、やはり結城を眺めていた。  そして、 「チェンジ」  ぼそっと呟くと、結城は扉を閉めようとした。 「あぁ! 待って! 待ってください!」  扉に追い縋り結城の腕を掴む生き物……出張ホストは若く、少年と言っても差し支えない程に幼い外見をしていた。こんな商売をしている以上はそう見えるだけで年齢はそれなりに重ねているのだろうが、二十歳になったばかりの結城にとっても単なる子供にしか見えなかった。もしくは捨てられた子犬だろうか。  彼はつぶらな瞳に涙まで浮かべ、待って、と繰り返す。待っても何も、そいつは結城の好みとは完全にかけ離れていたし、待つ義理もない。  強引に扉を閉めようとするが、子犬はしつこかった。 「お願いします、あの、あなたが初仕事なんです! ここで帰らされたら、僕っ……」 「知るか」 「初仕事、今あなたならって思えたんです! お願いしますっ!」 「うるせぇな。廊下できゃんきゃん吠えるなよ」 「じゃあ、じゃあ、部屋に入れてくださいっ」  それはできない。何故なら、大体の出張ホストは行為に及ぶ前、部屋に入れた時点で料金が発生するからである。もちろんオプションは事前に申し入れなければならないし、風俗と言ってもきちんとしている所が多いのだ。  すると、子犬が唇を尖らせて言った。 「だって、犬っぽい子がいいって指名入れたの、あなたじゃないですか?」  僕、犬っぽいってよく言われます。  確かに、その言葉に嘘偽りはない。彼は完全に犬系の顔立ちだ。  しかし、あまりのしつこさに、これは説得した方が早い、と判断する。結城は部屋には入れないと言うスタンスを崩さぬまま壁に寄りかかると、淡々と諭し始める。 「悪いけど、俺が好きなのは大型犬。お前みたいな子犬は好みじゃねぇんだよ」 「えっ」 「あのなぁ、お前みたいな明らかにネコですー、みたいなヤツとヤッて何が楽しいんだ。ガチムチをあんあん言わせてこそのタチだろうが」 「え、え、で……でも、ぼ、僕には僕の良さがあると思います!」  ここまで食い下がるボーイも珍しい。大体は、チェンジ、と言われれば悲しそうで屈辱的な表情をしつつも大人しく去るものだ。それなのに、この子犬は堂々と客に対して噛み付いてくるではないか。そう、こちらは料金を払う事が前提のお客様。派遣されてくる分際で初仕事の相手を選ぶ事など、そもそもが大間違いなのだ。 「お前、初仕事って言ってたろ。じゃあ、良さって何よ? 誰に何を誉められた?」 「そ……それは……あ、あの……口では……」 「口? フェラって事?」 「ちちち違います! 口では言えないって事です!」  慌てて否定するその顔は、耳まで真っ赤だ。こんな商売を始めようと言うのに、この初心さは感心を通り越して気持ち悪いくらいである。  しかし、口では言えない程の特技とは何だろう。出張ホストを始める前に誰とどんな関係にあったかは知らないが、そこはサービスを利用する者として純粋に気になった。  壁に寄りかかりながら、しばらく考える。急に沈黙し、値踏みするような瞳で自分を見る結城に子犬はゴクッと喉を鳴らした。何か言ってくるかと思ったが、ただただ結城の判断を待っているだけのようだ。  結城は小さく息を吐くと、大きく扉を開いた。 「……え?」 「たまには、ガチネコとヤッてみるのも悪くねぇかな」 「え、えっと……」 「入れ。今日はお前を選ぶ」  気まぐれ、としか言いようがない。好みの男とは対極にいるような、この細くて小さな体に久しぶりに惹かれるものもあった。それは、あの必死さに影響された、とも言える。  どうして、あんなにしつこく自分との初仕事にこだわったのか。  そこだけが、妙に引っ掛かっていたが。

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