2 / 6

犬派だって猫が気になる

 達巳(たつみ)、と名乗ったそれが本名なのか源氏名なのかは聞かなかったが、部屋に通した彼は物珍しそうに中を見回していた。何か気になる事でもあるのか。そう尋ねると、達巳はやや緊張した面持ちで答えた。 「いえ、あの……てっきり、ラブホテルか何かに呼び出されると思っていたので……」  こんな高級ホテルだなんて、想像していませんでした。か細い声でそう言う達巳は、不安そうに結城を見ている。確かに、ここはラブホテルではない。星が付くような高級ホテルの一室だ。しかし、出張先はラブホテルでなくてはいけない、と言う決まりもない。  ただ、達巳の不安も分かる。何故、結城がこんな金の使い方ができるのか、と言う事だろう。結城は悪びれた様子もなく「ボンボンだから」と言い切る。その言い方は諦めや開き直りも含まれており、実際に彼はそう言われる事にも慣れていた。 「ボンボン、ですか」 「産まれた家が、たまたま金持ちだったってだけだ。俺はそれを利用してるだけ」 「はぁ……なるほど」 「……そんな話、まぁどうでもいいけど。あ、これ」  用意しておいた封筒を渡すと、達巳は中を改めて「えっ!」と目を丸くした。 「何だ? 泊まりって事で、十万。きっちりあるだろ?」 「あっ、いえ、その……えっと……そ、そう、僕は顔出しNGで、なのに、いきなり泊まりってビックリしちゃって。十万円分だと、泊まりどころか明日の分も……」  思っていた以上の額を手にした達巳の動揺ぶりに、そっと嘆息。  顔出しNGなのは分かっていたが、店舗マネージャーの「犬っぽい可愛い子ですよ」とおすすめされたから選んだだけだ。初仕事、と言うのも事前に知らされていた。研修は終えているだろうが、緊張で震えた大型犬を犯す、と言う行為に興奮を覚えて承諾したものの……こんな子犬が来る、と分かっていたら即座に断っていた。  しかし、最終的に部屋に入れたのは自分の判断で、注文の時に勝手に大型犬が来る、と思って確認しなかった非もある。望まない相手だったから、と言って予定していたプランを見直しする程、心が狭い男ではないつもりだった。最初に「チェンジ」とは言ったが。 「残りはチップだと思って取っとけよ。泊まり指定にしたけど、嫌なら帰ってもいいし」 「で……でも、僕の事、あまり気に入らない……んですよね……?」 「タイプじゃねぇってだけで、気に入らないとは言ってないだろ?」  少し噴き出して笑う結城に、達巳がホッとしたように口元を綻ばせた。何だ、と思って眉根を寄せると、彼は軽く首を横に振った。 「やっと、笑ってもらえたって思って……」 「俺を何だと思ってたんだよ? まぁ、先にシャワー浴びてくれば」  バスルームを指し示すと、達巳は少し頬を赤らめた。そして、微かな声で言う。 「い、一緒に入らないんですか……?」 「一緒に入って欲しいのか?」  きっと研修で、最初に相手の体を洗う事、と教わったのだろう。しかし、シャワーならさっきちゃんと浴びたため、一緒に入る理由はなかった。だから敢えて意地悪く尋ねる結城に、更に赤くなってしまう達巳。これは断るか、と思っていたら、こくんっと頷くではないか。初仕事、と言っていたが、こう何処か男がそそられる何かを持っている事は確かだった。タイプではない、しかし達巳自身は悪くない、と思えた一因だ。 「取り敢えず、荷物置けよ。そろそろ緊張も解けただろ?」  肩にキャラクター物のトートバッグを掛けたままでいた達巳が、ハッとした様子でそれを側のソファーに置いた。着ていたデニムジャケットも脱ぐと、戸惑いを露わにしたままで「では……」と結城の腕を軽く引っ張る。 「あの、行きましょう」 「横に立ってみると、お前かなり小さいな」 「これでも一六五センチはあります……結城さんが大きいんですよ」 「それでも、一八五だぞ」 「嫌みですかそれ……小さくてすみませんでしたっ」  ぼやく達巳と脱衣場まで寄り添って歩きながら、改めてその全身を眺めてみた。  全く染めていない黒髪を短めに切り揃えているが、くせ毛が所々で跳ねているのが何となく可愛らしい。顔は割と整っていて、こんな仕事をしなくても食べて行けそうに思える程だ。きっとこの先、人気が出て売れっ子になるのは明らかだろう。特徴的なのはつぶらで黒目がちな瞳で、これが彼を犬っぽく見せている要因か。少し厚めの唇が柔らかそうだな、と思い、そこに自身の情根を入れる事を考えてスイッチが入った。  脱衣場でTシャツを脱ごうとしている達巳を後ろから抱き締めると、彼はビクリと身を竦ませた。振り向く達巳の顎を掴んで、キスする寸前で尋ねる。 「キス、NGだっけ?」 「い、いえ……大丈夫……ん……っ……」  答えを聞いてすぐに唇を塞ぐと、何度か啄むようにキスを繰り返し、硬直している達巳の体を正面から抱き締め直す。細身の達巳をほとんど抱え上げるようにして、深くその口腔内を舌で探った。惑いっ放しの舌を引き出して絡め取り、音を立てて唇を吸う。 「ん、んん……っ、ふ……は、ゅ……結城さ……ぁ……」 「……何だよ、結構色っぽい顔すんじゃねぇか……」 「ぁっ、そんな……んぅ……」  再び唇を奪い、キスを続けながら達巳のチノパンを下着ごと腿まで引き下ろす。 「ほら、脱げ」  キスの合間に命令すると、彼は恐る恐る服に手を掛けて自分で肢体を露わにした。脱いだ服を足で脇に寄せ、改めて抱き寄せれば想像以上に細い腰。犯したら壊してしまいそうだ、と思う体とセックスをするのは本当に初めてで、何となく緊張する自分もいた。 「ふ……っ……」  達巳も気分が乗ってきたのか。結城の首に腕を回してくる。そのままで、自分も服を脱ぎ捨てる。二人でキスを交わしながらバスルームに入ると、結城は達巳の方を椅子に座らせた。口付けが終わり、とろっとした瞳を不思議そうに向けてくる達巳。 「あ、僕……ごめんなさい、体洗わないと……」 「俺が洗ってやる。大人しくしてろよ?」  念押しすると、驚いたようだったが達巳は小さく頷いた。研修では客の体を洗うのも仕事、と教わっているはずだろうから、イレギュラーな事態に少し混乱しているようにも見える。しかし、どんな相手でも体を洗ってやるのが、結城の嗜好なのだ。変わっている、とよく言われるが、これから抱く相手の体を確認したい、と言うのはそんなに変なのか。  ざー、と言うシャワーの音が響くバスルームで、達巳が口を開いた。 「結城さん」 「ん?」 「結構、優しい……ですね」 「あぁ、俺は優しいぞ。基本的には」 「正直に言うと、最初……怖かった、ので……ん……」  ボディソープを掌で器用に泡立て、指先から丁寧に泡を乗せて手を滑らせる。やはり困惑しているらしい達巳の体は、それだけの事でもぴくぴくと震えた。思ったより敏感な体をしている。彼は隠そうとしているが、その股間が熱を持っているのは一目瞭然。まだ屹立する程ではないが、少し頭をもたげている事は結城からは丸見えだ。 「さっきは悪かったな。タイプじゃねぇから、ちょっとな」 「それなのに、何で部屋に入れてくれたんですか?」 「あれだけしつこくしといて、今更それ言うのかよ」 「ご、ごめんなさい。あれは……その……は、初めてだったのに、チェンジが、ショックだったから……つい、ムキになっちゃって」  指先から腕、肩、首を通り胸に掌を下げる。まだ柔らかい乳首を探るように指先を這わせると、ン、と反射的に達巳が体を丸めた。やりづらい、とやんわり叱責して背中を伸ばさせ、固くなってきた乳首を指で摘まむ。 「あッ……!」 「なーんか……処女みてぇな体してんだよなー……」 「え……っ」  一瞬、達巳の顔が引き攣る。それを見逃す程、結城もお人好しではない。だが、こうして派遣されてきた以上は社員による研修と言う名の情交があったはずで、確実に仕込まれているはずなのだ。それなのに反応がいちいち初心で、もしかしたら女との経験もないのでは、と思わせるような雰囲気を匂わせる。そこが買われたのかもしれないな、と頭の端で思い、探るように達巳の体を触っていった。 「や、ぁ……あ……ッ」  しこった乳首を弄んでいると、徐々に情欲が隠しようもないくらい膨らんでくる。それに達巳自身も気が付いたようで、慌てた様子で手で隠した。 「隠すなよ」 「で、でもっ……!」 「隠すな。開け」  乳首を愛撫しながら耳元で命令する結城に、達巳は泣き出しそうに顔を歪める。だが、客からの命令だから、とでも思ったか。ゆっくり、焦れったい程の動きで膝を開いた。キスと胸への愛玩だけで屹立した情欲を晒し、達巳の体が見事な桃色に染まっていく。 「は……恥ずかしい、です……」 「だろうな。でも、教わんなかったか? 買われてる時間の間は、客は恋人だって」 「…………」 「大好きな俺に触られて感じてるって思い込めば、恥ずかしさもなくなるよ」  勝手な言い分ではあったが、初めて買われて好きなようにされている身としては思う所があったのだろう。すすり泣くような声で「はい……」と呟く達巳に初めてはっきりと欲情した。ぞくっと興奮が背を舐め、つい喉を鳴らしてしまう。こんなにタイプが掛け離れているのに、こんなに興奮したのは初めてかもしれない。 「っ、あ! や、だめ、だめです……っ!」  胸から手を離して脈打つ幹に指を絡ませ、制止しようとする達巳に構わず強く扱き上げる。すると、それこそ手が往復するかしないか、と言うくらいの短い間に達巳は吐精してしまった。濃く多い白濁が結城の指を濡らし、椅子や床に滴る。思わず、呟いた。 「いくら何でも、早く、ね?」 「す……好きな人って思ったら、がまん、できなくて……ごめんなさい……っ」  とうとう本当に泣き出してしまい謝り出す達巳に、我慢が利かなくなったのは結城の方だ。こっち来い、と引き寄せて濡れた床に押し倒すと、白く汚れた股間に自分の情根を滑らせる。意外と引き締まっている腿を抱え上げ、性器同士を絡ませるように腰を使った。 「ぃや、あっぁ、まだだめ、やぁっ……!」 「やっぱ、泊まり指定にして良かったわ……俺が満足するまで、帰るなよ達巳」 「っ、ゆ……ゆぅきさ……ぁ、ね、ネコはきらいって……っ……」 「犬派だって、たまには猫も可愛いって思うんだよ。ただ、それだけだ」  腰を振るい達巳の華奢な肢体を揺さぶりながら、それだけ、とは思っていない笑みを漏らしてしまう。絡む互いの情欲は濡れ、くちゅくちゅと卑猥な音がバスルームに反響していた。喘ぐ達巳の純粋な体に研修以上の事を仕込んでやりたい、と言う支配欲にも似た欲望が胸に広がり、思わず腰使いが荒々しくなってしまう。 「よく感じる、いい体だな」 「はっぁ、や……! も、また……イッちゃ……っ」 「いいだろ、何度でもイけば」  強引に腰を密着させて股間を擦り上げてやると、いつも相手にしている男達とは違う女のような声で切なそうに啼く。その様が、どうにもそそられた。俺がこんな小柄な男に欲情するとは思わなかった。食わず嫌いはいけない、そう頭の端で思う。 「ゅうき、さ……あ、んンぅ……ッッ!!」  ビクビクッと全身を戦慄かせ、達巳が再び達する。それに遅れる事、数秒。結城もようやく射精に至り、二人の腹に白濁が散った。初めてでもないだろうに、蕩けた瞳で虚空を見つめている達巳の頬を軽く叩く。 「どうした、大丈夫か?」 「あ……は、はい……だいじょぶ、です……」  見た限りでは大丈夫そうではない。  しかし、結城は再び達巳の情欲に指を絡めると、少し皮を被っているそこを愛撫し始めた。痛がる素振りがない事を確認してから、皮を剥いて亀頭を露わにする。赤く張り詰めた雁を、優しく指先でなぞった。 「んっ、ゃ……! ぁ、そ、それは自分でっ……」 「いいって、洗ってやるよ」  シャワーヘッドを手にし、隠されていた敏感な先端に温かい湯を掛ける。普段は触れない部分にシャワーの雨が当たり、達巳が身悶えてイヤと訴えてきた。 「だめ、だめです……っぁ、っあっ、や……!」 「普段隠れてるから、気持ちいいんじゃねぇ?」 「ぅ、あ、はい……きもち、いぃ……です……っ……」 「素直で可愛いな、達巳。印象変わったわ」 「や、でもっ……も、さわっちゃ……!」 「イク?」  手の動きを止めずに尋ねる結城に、こくこくと何度も頷く達巳。自分もそうだが、やはり若い雄は萎える気配がない。屹立したままの情根を扱きながら、その先端をこねくり回す。洗う、と言う名分の愛玩を続けてやると、やがて達巳は声もないまま体を震わせて達した。とぷっと静かに溢れた白濁をシャワーで流し、今度は双丘の間に指を忍ばせる。 「っ!」  驚いたのか、ぐったりしていた達巳が僅かに身を起こした。それを押し返し、ボディーソープでぬめる指でゆっくり閉じた蕾を押し広げる。 「あッ……! ぁ、そんな……急、ですよぉ……っ」 「だから、洗ってやってるだけだって」 「ぅそ、あ、ぁっあ……」  確かに嘘だ。ただ、思っていた以上に過敏な反応を見せる達巳の体が、段々と嬉しく思うようになってきただけである。重ねて言うがタイプではない。しかし、どんな男であれ本来なら女を抱くようにできている体を、こうして快楽で搦め捕っていく過程に堪らなく興奮する。自分は、そう言う意味では加虐性の強い質なのかもしれない。 「ぁう、ん……ッ、はぁ……っ……!」  ぬちゅぬちゅと音を立てて、ボディーソープが達巳の中で泡立っていく。幾度か指の抜き差しを繰り返してやると、きつかった秘部も少し緩くなってきた。指が馴染んでいく毎に性感が高まるのか、床の上で何度も身悶える様が艶めかしい。 「痛くないか?」 「は……はい……っ、んン……! ふぁ、あっ……!」 「かなりキツいな。あんまり経験ないのか」 「んぁ、あ、ご……ごめんなさ……ぼく……あ……」 「謝る必要はねぇけどさ。まぁ、時間ならある事だし……」  そう言いながら、慎重に中を探っていく。いくらほとんど未経験だとしても、少なくとも一度は研修を兼ねたテストを受けた体だ。男を受け入れられない程ではないだろう。それに、触っていても性感は敏感過ぎる程。時間をかければ、結城自身を挿入しても問題ないはずだ。ただ、今は指一本でもきゅうきゅうと強く締め上げてくる。男慣れしていない体である事は明らかで、泊まりでなければ挿入まで至らなかったかもしれない。 「……後はベッドでするか」 「んんッ……!」  指を抜くと達巳が呻き、身を捩った。結城はシャワーヘッドを手にすると、今まで指を差し入れていた箇所に湯を当てて泡を流した。 「あ……ん……」  湯が触れるだけでも喘ぐ達巳に、思わず笑ってしまう。 「お前みたいな体、すぐ人気出るだろうな」 「……そ、そう……でしょうか……」 「男は、目で楽しむからな。こんだけよがってくれんなら、俺だって悪くない」 「結城さんが、そう言ってくれると……嬉しいです……」  照れたように笑う様子が、やはり可愛らしい。いわゆるガチムチがタイプだと思ってはいたのだが、彼らを〝可愛い〟と思った事は確かにない。新鮮な感情だった。  二人の体に張り付いた泡や体液を洗い流し、結城はひょいっと達巳を横抱きにした。覚悟したよりもずっと軽い体に、勢い余って後ろに倒れそうになってしまう。それ程に華奢な達巳を脱衣場のバスマットの上に下ろし、丁寧にその体を拭いてやった。 「す、すみません……そう言うの、僕が……やらなきゃいけないのに……」 「言ったろ。俺は基本的に優しいんだよ」 「でも……こんなんじゃ、結城さんが満足できないですよね……」  しゅん、と肩を落としている様子が本当に捨てられた子犬のようで、これはこれで疼くものがある。本当に、食わず嫌いはいけない。有意義なセックスライフを送りたいなら、もっと雑食になるべきだな、と考えながら達巳と自分の体を拭いてしまうと、バスローブも羽織らず、結城は彼をベッドへ運んだ。 「満足するかどうかは、これからだろ。そんな落ち込むなよ」 「でも、僕……下手だと思うんです。慣れてないから……」  下ろした達巳が、ベッドに座り込んで肩を落とす。そんな彼の頭を撫で、結城はその前で胡座を掻いた。頬に手を滑らせ、唇を指先で撫でる。 「してみてくれよ、口で」 「下手、ですよ……きっと……」 「初仕事だってのは分かって部屋に入れてんだ。少しくらい下手でも文句言わねぇよ」  そう諭すように言い、頭を少し引き寄せる。すると、その意味が分かったらしい。こくり、と喉を鳴らして、達巳がその厚めの紅唇から吐息を漏らした。結城の下肢を見る目に熱が灯る。怖ず怖ずと近寄ってきた達巳の指が、少し力を失っている結城の情欲に絡み付いた。最初はゆっくり、しかし意外と慣れた手付きで扱き上げていく。

ともだちにシェアしよう!