3 / 6

初恋もまだなのに

「結城さんの……おっきいから、僕に入るか分かんないな……」 「意外と入るもんだぞ。つか、自慢できる程大きくはねぇし」 「大きいです。少なくとも、僕よりは」  そう言って、あ、と口を開けて、そそり立つ雄の切っ先に舌を這わせてくる達巳。ちろちろと猫が水を飲むような舌使いで先端を濡らすと、舌先で尿道を抉ってくる。そして、そのまま熱い呼気を漏らす口腔内に雁を迎え入れた。 「……っ……」  思わず、息が乱れた。  達巳の口内は熱く、獲物を前にした猛獣のように唾液でいっぱいになっている。それがヌルヌルと亀頭を包み込み、まるでローションでも使われているかのようだ。まさか、そんな風に唾液を使うようなテクニックがあったとは思っておらず正直驚いた。 「んん……ふ、ぅん……っ……」  銜えて舌と上唇を使い幹を挟み込むと、少し苦しげな呻きを漏らしながら徐々に結城を飲み込んでいく。だが、半分を口に入れた所で限界だったのか。そこで迎え入れるのをやめ、ゆっくりと頭を上下させ始めた。じゅっと粘液を啜る音が聞こえ、僅かに興奮する。 「無理すんなよ」  優しく頭を撫でてやる結城に、達巳が上目遣いで涙目を向けてくる。結城がそこに突っ込んでやりたい、と思っていた唇を男根で塞がれ、苦しそうにしながらも、やや陶酔した瞳を潤ませている。見ると、もぞもぞと腿を寄せていて、彼が口辱を続けつつ性感を乱されている事は明らかだった。 「お前、素質はあるみたいだな。男銜えて、そんな目ぇすんなよ」 「ん、く……う……」  ぶるっと、達巳の背が震える。今のような言葉でも、感じるような質なのか。これは苛め甲斐がある。結城がニヤリと口元を緩ませると、達巳の頬が恥辱でか赤く染まった。  達巳は結城から逃げるように目を伏せ、再び自ら奉仕を再開させた。 「ンッ……んん、ん、ふ……ふぅ……ッ……」  ぎこちない動きで頭を上下させながら、結城の欲望を頬張る達巳は愛らしかった。意地悪で上顎や頬の肉に擦り付けてやると、口を陵辱される快感で腰の揺れは大きくなるばかりだ。今まで、こんなに小さく奥行きのない口で愛撫された事はない。児戯とも言える程に稚拙な動きも初めてだ。  しかし、懸命に雄を舌と唇、指で求める様は必死で余裕がなく淫らだった。ちゅ、と幹に口付ける表情も、心の底から愛おしい男を欲しているように見える。拙くとも、こんなに懸命に感じさせようとしてくれる達巳に、悪い気はしない。 「達巳、先だけ銜えろ」 「っ、ぅ、は、はい……」  どんな命令にも「はい」と頷く健気さに、驚くくらい惹かれている自分がいた。  結城の言葉に、大人しく従い亀頭だけをやはり涎まみれの口腔で包み込む達巳。よくできた褒美に頭を撫でながら、次の命令を下す。 「舌を使って、カリの窪みを舐めて」 「ふ……」  小さく頷くと、舌先がペニスのくびれをぬるっと舐め回した。 「吸って」  じゅうう、と音を立て、敏感な亀頭周辺の皮膚が引っ張られる。その刺激が呼び水となり、結城は達巳の頭を手で掴み、あまり奥には挿入しないようにしながら努めて緩慢な動きで腰を揺さぶった。 「ッンン! ん、ッぅ、ふ……!」 「安心しろって。喉までは、入れねぇから……っ……」  苦しげな達巳が安心したかは分からなかったが、とろとろと柔らかなその口腔内をゆったりと犯す。拙い動きに反し、達巳の口の中は蕩けそうな程に熱く滑らかだ。そこが気に入り、何度も頬の肉を使ってしまう。うっかり歯を立てられても仕方ない位置だが、達巳もそこは気を付けているのだろう。歯は引っ掛かる事さえない。 「ん、く……! んんん……ッ!」  苦しそうな声と共に、膝を何度も叩かれる。これは限界か、と思い情欲を紅唇から引き抜くと、結城は咳き込んでいる彼の顔の前で自身を扱いた。 「達巳、顔はNGか?」 「けほっげほ……ッ、は……へ、へぇき……です……」 「そうか」  頷き、達巳の顎を掴み顔を固定した。その数秒後、熱い精液が紅潮した顔に降り注ぐ。朱と白の淫らなコントラストに目を奪われていると、達巳は垂れ落ちてきた白濁を舌で拭い取った。頬に張り付いた粘液を指で拭い、それをとろんっとした表情で舐める様子は卑猥で本能が疼く。 「そんなエロい顔すんなよ」 「……ゆぅきさん……あの……イッてくれて、ありがとうございます……」  律儀に礼を言う達巳に、思わず渋面になってしまった。 「……あのさ、今更だけどダメな事はダメって言えよ?」 「え?」 「じゃねぇと……その……ひどい目に遭わせそうになる」  言ってから、何を柄にもない事を、と恥ずかしくなった。嬉しそうな笑みを浮かべる達巳から目を逸らすと、ぎゅっと手を握られる。それだけの事なのに、何故か急に体温が上がったような気がした。 「僕……初めての人が、結城さんで良かったです。優しいし、色んな事教えてくれて」 「バカ、教えてる訳じゃ……ただ、俺がしたい事をしたいようにしてるだけだ」 「分かってます。でも、僕は何も分かってないから。結城さんになら、僕……」  何をされても、構いません。  真っ直ぐな瞳で、そう言い切る達巳。そんな彼にそそられたのは確かで、結城は思わずその華奢な肢体をベッドに押し倒していた。上から見下ろした達巳は、とうとうか、と言う緊張で固まっている。その強張りをほぐすように、そっと触れるだけのキスをした。 「……結城さん……」 「心配しなくても、ひどい事なんかしねぇよ」  ただ、この細い体を早く貫いてしまいたい衝動は強くて、結城は精一杯の理性を総動員しながら押し倒した達巳から一度離れた。不思議そうにしている達巳が持ってきたトートバッグを探り、その中に入っていたローションボトルとコンドームの箱を取り出す。  ボーイの身を守る意味もあり、出張ホストを取り扱う店のほとんどがボーイ自身に必要な道具は持参させる。ローションやゴムに何かを仕込む、そう言うマナー違反者がいるのも現実なのだ。達巳も忘れていたらしく、あ、と小さく声を上げた。 「これ使わないとキツイだろ」  そう言ってローションを軽く振って見せると、達巳は顔を赤くして視線を逸らした。何処までも初心な反応を見せる達巳を、最初は気持ち悪いとさえ思った。しかし、今はそう言う顔をさせてみたい、と考えているのだから不思議なものである。  ベッドに戻り、ローションの蓋を開ける。すると、達巳が起き上がって言った。 「あのっ、ぼ、僕、何かしましょうか……?」 「何かって? 今、フェラしてくれただろ」 「教えてもらえれば、何でも……します……」 「じゃあ、逆に聞くけど。何がNGなんだよ」  先程からいちいちNGかどうか聞きながら行為に及んでいるが、少し面倒だと思っていたのだ。とは言え、何でも、と言うのも広すぎて考えが及ばない。自分では妙な性癖はない、と思っているものの、達巳がどこまで受け入れられるのかは気になった。 「その……特殊な事でなければ、特に抵抗はない、と思います」 「特殊? 例えばSMとか?」 「……え、SMも、あの……ソフトなのなら、平気、かなって……あの、ごめんなさい、自分でもその辺り、よく分かってないんですっ」 「あのさぁ……気になってたんだけど、お前、女抱いた事あんの?」  達巳の初々しさは、男に慣れていない、と言うよりセックス自体に慣れていないような気がしたのだ。出張ホストの中でも、ノンケであるのにも関わらず金になるから、と割り切ってボーイをしている者が多い。しかし、達巳はそれも違う気がした。時間があるのをいい事に、ローションボトルを手にしたまま達巳の性遍歴について掘り下げ始める。 「僕、昔から男の人にしか興味なくて……女の人とは、ないです」 「じゃあ、誰かと付き合った事とかは?」 「ないです」 「マジで!?」  思わず、大声で聞き返してしまう。達巳は怒られた、とでも思ったのか。落ち着かない様子で肩を竦めている。誰とも付き合った事がないのに、いきなりこんな世界に飛び込む度胸がすごい。結城にしてみれば無謀、とも言える決断だが、達巳なりに思う所があるのだろう。何せ、変動はあるが金銭的に儲かる仕事だと言う事は間違いない。  しかし、そうなると研修を施した社員に、少し腹が立つのだから不思議だ。初仕事ではあっても、達巳は初物ではない。もし別の形で出会っていたら、自分がその初めてを奪えたのに、と。ふと、そんな風に考えた自分が可笑しくて、思わず笑ってしまった。 「お前、すげぇな……でも、出会いとか、なかったか?」 「なかった……ですねぇ……。積極的なタイプでもないですし、周りにはもちろん隠していましたし……あの、憧れてた人とかはいたんですけど」 「まぁ、ノンケだったってオチだろ?」 「……ですね。そこに踏み込む勇気は、なかったです」  悲しそうに笑う達巳に、そうか、と返すしかない。  自分も、そう言う感情は未だにある。いいな、と思う男は大体ノーマルで、彼女と言う憎たらしい存在がいるのだ。だから、こうして金で男を買うような真似をしている。今は好きだ、と思う男はいないのが幸いだが、中学、高校時代などは何度失恋で泣いた事か。 「何で、こう言う仕事してるかは聞かないけど……お互い、苦労するな」 「結城さんはモテるんじゃないですか? カッコイイですもん」 「……正直、女にモテてもな」  苦い顔で呟くと、達巳が手を叩いて笑った。 「あはは、分かりますっ。僕も、お姉さんとかによく声掛けられるから」 「あ、そこは分かるか? そもそも、逆ナンするようなビッチは願い下げなんだよ」 「こう言う仕事の相手は、別にいいんですか?」 「俺はこれでも、ボーイ達の事は尊敬してるからな。仕事として、すごいと思ってるよ」 「あの……結城さんも、出会い……ないんですか?」  静かに問われ、結城は後頭部を掻いた。 「これでも、大学の方がキツくてな。中高の時は好きなヤツいたりしたけど、今は全く」 「単位とか、ありますもんね」 「そうだなぁ。あぁ、そう言えば……達巳って、いくつなんだ? 若く見えるけど」  そう尋ねると、ほんの僅かだが達巳が困惑したように目を逸らした。言おうか言うまいか悩んでいる様子が不思議だったが、取り敢えず返答を待つ。 「信じて、もらえないですよ」 「何で。いくつなんだよ」 「……二十五、です」 「………………マジか……」  深い沈黙の果てに、それしか言えなかった。嘘か本当か確かめる程ではなかったが、信じられないのは確かだ。この見てくれ、この振る舞い、この仕事ぶりで二十五歳はにわかには信じがたい。しかし、嘘を言っている様子もない。ただ、少し尖らせた唇は「どうせ信じてもらえないし」と語っているようにも思えた。 「年上、かよ」 「……信じてないでしょう?」 「いや、いやいや、まぁ……信じない程じゃねぇけど……ただ、すげぇなって」 「何がですか?」 「二十五で、童貞でほぼ処女なんて、そんな可愛いのに……絶滅危惧種だぞ。奇跡だぞ」 「結城さん、可愛いタイプ嫌いなくせに」 「根に持ってんなー……」  それだけ「チェンジ」がトラウマらしい。ふてくされて目を伏せる達巳の頬に触れ、結城は改めて彼をベッドに押し倒した。 「今は、可愛いって思ってるし」 「本当ですか?」 「あぁ。僕には僕の良さがあるって、お前の言う通りだったな」 「……がっかり、してません……?」 「してねぇよ。むしろ、視野を広げてもらって感謝してる」  そう言って、結城は達巳に口付け体をまさぐった。腰のラインを確かめるように撫で上げると、あ、と達巳の唇から微かな喘ぎ声が上がる。体が冷えたせいか、少し粟立っている肌を撫でながら首筋に口付けた。不味いかな、と思いつつも微かな痕を残す。今日だけは自分の物、と言う意味も含ませて、胸や腹にもキスの痕を刻んだ。  支配欲、所有欲が、これ程刺激されるとは意外だった。

ともだちにシェアしよう!