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お題:名無しの手紙

 8月。今年は婆さんが亡くなって初盆になった。久しぶりにお盆の時期に帰省した俺だったが、親戚の集まる騒がしい雰囲気が苦手で酒を飲んで和気わいわいとしている横をトイレと行って家近くの浜辺に逃げてきた。夏で海日和だが、田舎町のお盆の時期の為か人は全くいなかった。昼時で太陽の光が痛いぐらいに皮膚に刺さる。  座れる大きさの大木があったので、そこに腰掛けて煙草をふかす。煙草の煙と潮の匂いが混じると実家に帰ってきたなと実感する。ふと足元を見ると、栓がしたままの小瓶があった。薄く水色で色付いているガラス瓶だが、中身は液体ではなく丸まっている紙が入っている。ふと昔ドラマで見た小瓶に手紙を入れて海に投げていたのを思い出し、俺は好奇心から少し大きめの石を探した後、その石で瓶を割った。  中から色褪せている紙が出てきて、少し力を入れると紙の端が破れたため慎重にあける。中には日本語で書かれていた手紙が2枚ある。本当に手紙だったとわくわくしながら目を通す。 『謹啓  隔離されて早一年。少しずつ呼吸がし辛くなってきました。僕の隣にいた女性は先日息を引き取り、次は自分の番だろうと気持ちを整えております。僕はこのまま消えてなくなってしまうのだと思うと、一つ、心残りがありました。先生の事です。僕がいないと食事もまともに口に入れず、文字を書く事に集中する姿を思い浮かべるだけで心配で堪りません。元気にお過ごしでしょうか?一言だけで良いのです。お返事お待ちしております。                  謹言』  俺は胸の苦しさを感じながら2枚目を見る。 『手紙も渡す事は感染の恐れがあると言われ、突き返されてしまいました。もう僕の手紙は届かないのですね。  先生、僕はずっとあなたをお慕い申し上げておりました。幼かった僕を拾い、衣食住を提供し、教養を身につけて下さり感謝しかありません。良くして頂いた先生に僕は一つ、謝りたかった事があります。先生が眠っている時に、僕は何度も口付けをしていました。溢れる気持ちが制御出来ない大馬鹿者です。先生が聞いたら拳骨が落ちてきそうですね。 死ぬのがとても、とても怖いです。 先生、愛しております。先生は僕のこと愛して下さりますでしょうか。 先に逝って待っております。』  俺はしばらく手紙を見た後、遺骨を海に撒くように、紙を小さく千切り、風に乗せて海へと流した後、暫く海に向かって手を合わせた。

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