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第3話
週が明け、弥艶は現実に戻る。
眼鏡をかけ地味なスーツに身を包み、極力存在感を消して周囲と関わらないよう、人との距離を置く。職場でもそんな弥艶を察してか、仕事以外で話しかけられる事はなかった。
いつもの様に黙々と仕事をし、五時になると退社する。
自宅アパート近くのコンビニに寄り、缶ビール二本購入した。コンビニを出た瞬間、入ってきた人とぶつかってしまった。
「あっ、すいません……」
顔を上げて相手を見てギョッとした。先日店に来た刑事の大友だった。大友は少し顔をしかめ、弥艶を見下ろしている。この前は座っていて分からなかったが、180センチはゆうに超えている高身長だ。168センチの自分は必然的に見上げる形になる。
じっと見つめられたかと思うと、
「いえ」
そう言って大友は、弥艶に興味なさげにコンビニの中に入って行った。
(びっくりした……気付くはずないよな)
今、自分は艶子ではない。今の自分と艶子が結びつくはずがないのだ。弥艶は一瞬動揺したものの、そう考えが過ぎると気持ちを落ち着かせた。
次の日の仕事帰り。いつも寄るコンビニが見えて来ると、弥艶は思わず足を止めた。コンビニの隅にある灰皿の前に、大友がタバコを燻らせていた。
(またいる)
聞き込み等でこの辺を歩いているのかもしれない、そう思った。本当はコンビニに寄ってビールを買うのが日課だったが、大友の姿を見て今日は止めておく事にした。大友の視線を感じたが、それに気付かない振りをし足早に大友の前を通り過ぎようとした。
その時、
「艶子さん?」
そう大友に飛び止められた。
ビクリと弥艶の肩は大きく揺れ、思わず立ち止まってしまった。
(な、なんで……!)
怖くて振り返る事ができない。じっと俯き、自分の革靴を見つめていると、くたびれた黒い革靴が目に入った。おそるおそる顔を上げると、タバコを咥えた大友がそこにいた。
「艶子さんでしょ?」
「誰……ですか?艶子って」
動揺で声が少し震えていた。
もうここは知らない、わからないと、惚けて突っぱねるしかない。
不意に首筋に大友の指先が触れた。
条件反射で大友の手を払いのけ、
「何するんですか!」
弥艶は大友を睨みつけた。
「ホクロ……艶子さんと同じ三つ並んだホクロがここに」
そう言って大友は自分の首筋を指差した。
「この前艶子さん見た時、珍しいホクロだな、って思って覚えてて、あなたと昨日会った時、同じホクロが見えた。よくよく顔を思い出せば、あなたと艶子さんの顔が重なったよ」
(刑事だけあって、よく人を観察してる)
こんな状況でそんな事を弥艶は思ってしまった。
「少し話しませんか?」
「話す事なんてないです……」
グッと拳を握りしめ、大友を睨む。
「まぁまぁ、そう怖い顔しないで下さいよ。美人が台無しですよ?」
大友の大きな手が弥艶の頬に触れた。
「止めて下さい!」
もう一度大友の手を払いのけると、大友を無視して去ろうとした。
「S市役所住民課 黒瀬弥艶さん」
ドキリと大きく心臓が鳴る。
ハッとして大友を見やると、大友はニヤリと笑い自分の胸元を指で叩いた。
「社員証」
自分の胸元に目を落とすと、自分の名前が施された社員証が首かかったままだった。
「ここじゃなんですし、あなたの家にでも行きましょうか。この近くなんでしょう?」
弥艶の抵抗する気持ちはすっかり萎え、大友を拒む気力はなくなってしまっていた。
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