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1 事後報告は恋のはじまり!?⑥
「夕食は口に合いませんでしたか」
「いえ……」
小さく首を振る事しかできない。
「では、お体の具合が……」
「そうじゃない…です」
全部俺の好きなものばかり。
ディナーと呼ぶよりも、家庭料理に近くて。
おばんざいがテーブルに並ぶ、家庭の優しさのこもった夕食だった。
(好きなものばかりだったのに)
どれを口に付けても、味が分からなくて。
お店の人には悪いけれど、ずいぶん残してしまった。
「あのっ」
「佑都様」
タイミングが悪い事に、声が重なってしまう。
「どうぞ」
「いえ」
首を振る。
言いかけた事を教えてほしい。
でも……
聞きたくない言葉だったら、どうしよう。
俺に向き合うのは、透き通ったレンズ
レンズの奥にあるのは、ガラスのように……
透明で
透明であるがゆえに……
感情を映さない瞳だ。
「あなたはなぜ、私を見ないのです」
見ないんじゃない。
お前が、あなたが俺を見ないから。
俺は、お前を
あなたのなにを見ればいいのか、分からないんだ。
「あなたは俺の事なんてッ」
声は理性を無視して飛び出していた。
「嘘つきだ」
俺を置いてくあなたは、嘘つきだ……
嘘だったらいい。
俺を置いてく、なんて………
「ずいぶん他人行儀な責め方ですね」
えっ………………
(俺、天井を見ている)
俺と天井の間に佐伯がいる。
「繋ぎ止めればいいじゃないですか?」
薄い明かりの下で、レンズが光った。
「今、私がこうしているように。あなたが私を押し倒して」
「そんなの、できるわけないッ」
「できないのなら、所詮それだけの想いだったという事です」
「お前のモノサシで測るな」
「じゃあ、誰のモノサシだと正しいのでしょうね」
あなたのモノサシですか?
「答えなんてないんですよ。気持ちを測るモノサシなんて、存在しない。
あなただって分かっているでしょう。
自分のモノサシで測った気持ちは、押し付けでしかない」
「そんなのッ」
詭弁だ。
嘘つきの言い訳だ……
「私は嘘をついた」
あなたの兄だと嘘をついた。
……「もう、お前の兄じゃないのにね」
眼鏡を外した男は、天見会社長の顔になる。
だから、
最後の夜なんだよ。
「私が兄として、お前のそばに居られるのは今夜が最後だ」
イタリアから帰国した夜
初めて聞かされた。
「私の父と、お前の母は離婚した」
だから、もう………
「私達は兄弟じゃない」
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