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3 それでも、ほんとうは……①
優しい口づけ、なのに……
鼓動がささめく。
優しい指なのに……
鼓動がざわつく。
心臓の音が、トクントクン
大きく、早くなっていく。
闇色の瞳の囁く。優しいその指が、顎を撫でた。
あなたに撫でられた場所……
ヒリヒリと
痛いような、もどかしいような
「嫌じゃないだろう?」
唇が食 んだ。
「アっ」
指の伝った場所に熱が走って、たまらず息が漏れる。
熱が広がる。
赤い痕を付けられた場所がじんじんする。体温が上昇する。
「お返事が聞こえないね」
からかう吐息が耳朶をなぞった。
「なぜ、私を見ない?」
声がくすぐる。
「そんなの……」
そんなの………
そんなの…………
「そうか」
答えられない俺を包む手は優しいくて。
声が鼓動を、そっと締めた事にも気づかない。
「私を好きになれないのは、本心か?」
大きな手が髪を撫でる。
心地良い温もりが、ふわふわ
ふわふわ、と……
大きな手が慈しんだ後を唇がなぞる。熱が走って、じんじん疼く。
赤い痛みが心音を加速させる
「答えられないなら、私の声が聞こえなくなってしまえばいい」
「ヒャウっ」
耳がねっとり、あたたかい。
俺の耳、藤弥さんに食べられてるー!!
「ほひしいよ」
「喋るな」
「なぜ?」
「ハフんっ」
「ほんなにほひしいほひ」
「なに言ってるか分から……アフ」
「美味しいのに……ってひっはんだ」
また食べられた!
今度は左耳。
耳を挟んだまま口を動かしたら、舌が変な所に当たって、変な所を舐めて
チュプチュプ
水音にすら、鼓膜を犯されている。
(こんな顔、絶対見せられない)
あなたに見せたくない。
「お前はそうやって、また隠す」
見せられない。
見られたくない。
(こんな俺……)
顔が熱い。
熱に犯されている。
あなたの熱
唇で、キスで俺が変わっていく。
変えられるんだ。
(それが、怖くて)
ガシャンッ
何かに腕が当たった。
俺が暴れたからだ。
ベッドサイドのグラスが傾いて、水が零れる。
「吸うな!!」
ハンカチが押し込まれた。
藤弥さんの手が、俺の口と鼻を覆う。
白い……
まるでドライアイスが溶け出したように。
一面を白い霧が覆う。
腕にかかった水が、蒸発する。
真っ白い蒸気が上る。
(水じゃない)
体温で水が蒸発する訳ない。
(バイオテロ!!)
何者かが仕掛けたのだ。
天見会筆頭の命を奪うため。
何者かが。
「開けるなッ」
この霧をなんとかしなければ。
しかし、窓を開けようとした手を藤弥さんが掴む。
「強化ガラスだ。銃弾は通らない。窓を開けさせるのが、敵の狙いだ」
ゾッと、背筋に寒気が駆けた。
藤弥さんの判断がなければ、俺は……
(あなたを!)
「喪いはしない」
熱い胸に抱 かれる。
「お前を失いはしない」
苦しいほど。
狂おしいほど。
あなたの腕が、
屈強な腕が、俺を抱きしめる。
このまま壊れてしまうくらい、強く強く。
きつく
熱く
「お前の居場所は、ここだ」
意識が……落ちる……
霧の成分には、眠り薬の効果が含まれている。
動けない。
動けなくするのが、敵の目的だ。
分かっていても。
分かっているのに。
あなたを………
俺は、あなたを………
意識が溶けていく。
あなたの胸に溶けていく………
目を覚ました俺のそばに、あなたはいなかった。
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